提言1: 良い授業をつくろう
今、学校教育改革が進行している。その改革の中に教師の資質・能力・指導力の向上という問題がある。確かに学校教育は、教師の資質・能力・姿勢によるところが大きく、教師の資質に関心が集まるのは当然である。教師の資質というと、何より授業の計画・実践の力が重要になる。残念ながら、「指導の不適切な教員」が問題になっているし、授業中、緊張した雰囲気がなかなか維持できない実態も一部にあると言われている。良い授業を展開することが学校教育の緊急の課題になっている。幸い、日本の学校教育では各学校に、優れた実践の積み重ねがある。近年アメリカでも日本の授業研究に関心が集まっている。このような日本の良き伝統を大事にしつつ、新しい発想から良い授業を追求したい。
【用語解説】
「授業」━授業とは、学校での計画的な学びを言う。時間が定められ、専門家である教師の計画により、教科書その他の教材をもとに、集団で教室という場を基盤に、児童生徒の自発的な探究活動を重視して展開される教授・学習活動である。この教師の計画性の重要性が、今、あらためて強調されている。教師としては、実践力も重要だが、まず、優れた授業計画を校長の指導のもとに作成することが重要である。
1. 良い授業を考えよう!
[基本的条件]
中央教育審議会答申「新しい時代の義務教育を創造する」(平成17年10月26日)では、学力観について次のように示している。
「現行学習指導要領の学力観について、様々な議論が提起されているが、基礎的な知識・技能の育成(いわゆる習得型の教育)と、自ら学び自ら考える力の育成(いわゆる探究型の教育)とは、対立的あるいは二者択一的にとらえるべきものではなく、この両方を総合的に育成することが必要である。」(第1章)その後、両者をつなぐものとして、「活用型の教育」という発想も出てきた。この三者の融合が、良い授業を計画するにあたっての最大の課題だと考える。
[具体的観点]
(1-1)単元学習の展開
一年間通して、教科書の学習内容を順次消化していくという発想を転換する必要がある。学習主題を設定し、それを一定の学習時間において探究し結果として教科書の記述に即した学習が展開される学習、つまり単元学習が重要になる。人間の本来の学習活動は、ある課題と出会い、学習者の興味・関心を原動力として追求していくという姿が基本である。それを、デザインしたものが単元構想ということとなる。
(1-2) 学習の場の構想
学習の場も、閉ざされた自教室の中だけでない。他教室との交流学習・合同学習があるし、学校外での学習もある。例えば、理科の学習で地域の植物を観察する、社会科の学習で市役所を訪問してその活動を直接観察するというような学習は多くの学校ですでに行われている。
(1-3) 学習材の作成
教材・学習材の作成が教師の専門性として重要になる。個人として作成する場合もあるが、基本は学校としての組織的な作成・開発が期待される。その際、児童生徒のそれまでの学習の実態、また、児童生徒の毎日の生活との関連も考慮することが必要になる。その上で、児童生徒の興味・関心を誘発するような児童生徒の学力から見て,すれすれの難しさに一種の葛藤(ズレ)を用意することが期待される。つまり、児童生徒が「あれどうしてかな、不思議だな」という気持ちになるよう、自然や社会を加工することも必要なのである。
(1-4) 学習集団の構成
教室内の固定された場所に置かれた個別の机に向かって教科書をもとに学習するという学習形態は、今、大きく変わろうとしている。学習も必要に応じ集団で行なう学習集団は、同じ学級内でも、例えば、興味関心が共通しているなどで小学習集団を編成したりすることが一般的になっている。学級・学年を超えて編成される場合もある。この点での工夫が必要である。
(1-5) 指導体制の整備
学校内において、学年・教科を超えての指導体制の整備が要求される。総合的な学習の時間での活動はもちろん、教科学習においても他教科・他学年の学習との関連に配慮することが必要な場面は少なくない。また多様な形態の学習を推進するため、ティーム・ティーチングによる指導体制の整備が要求される。さらに、地域の人材活用も要求される。
(1-6) ICTを活用しての学習
ICT(Information and Communication Technology )の学校の学習活動での活用は、世界中で、今、急速に推進されつつある。この点、日本の授業でも積極的に推進する必要がある。そのため、施設・設備の充実も必要であるが、授業展開での活用の在り方についての工夫・研究の推進が各学校に期待される。人が思考するとは、具体的状況で課題を把握し、その解決のため必要な情報を各自の既得の知識を活用して操作する心身の活動を言う。そうなると、学習の基本は情報の操作と言うこともできる。その意味で、情報機器としてのコンピュータ抜きの学習は成立しないのである。
(1-7) 秩序の維持
@) 人間関係への配慮━座席の配置・グループの編成・リーダーや係の選定などにきめ細かな配慮が必要である。
A) 学習活動の切り替えの明確化━小グループでの討論や作業学習では自由に活発に活動することが期待される。しかし、いったん教室全体への発表・教師の説明等になった場合には完全に静粛になるよう日頃から指導することが肝要である。
B) 想定外の行動への指導━立ち歩きや多動等の行動をとる児童生徒については、一人ひとりの実態に合わせた指導が必要になろう。ルールを無視するような問題行動には、そのような行動に走る背景を教師が理解した上で的確な指導をすることが必要である。
C) 緊張した楽しさ━学習は遊びとは違う。緊張した雰囲気の中に楽しさがあることを実感させることが有効である。
(1-8) 個別指導の充実
個別に指導・支援をしないと学習に参加できない場合がある。そこで、学校全体で外部の人材活用も視野に入れ、組織的に対応するよう指導体制を整備する必要がある。家庭教育との関連への配慮も当然必要になる。
(1-9) 習熟度別指導
習熟度に違いが生ずるのは現実問題としてやむをえない。その場合、習熟度の不十分な児童生徒には、特別の指導計画を用意して、教科学習としての共通の目標を達成できるよう配慮する必要がある。同時に、目標を達成し,さらに進んだ学習を希望する児童生徒には、特別な学習の機会を用意することも必要であろう。このような特別な指導の時間を、土曜日・長期休業日に用意する。また、そのための指導体制として保護者・地域住民・その他の人材を活用するなど校長の経営力が期待される。
(1-10) ポートフオリオ
ポートフオリオとは、学習のプロセスで、学習者自身が教師の指導を得ながら、自己の学習活動・学習成果に即し具体的に反省し、次の学習活動の改善を図る一連の活動を言う。評価の観点としては、作品・学習活動の記録・発表や討論の内容・ペーパーテスト・教師の指導等多様なものがある。最終的に教師が総合的に評価し、それを児童生徒・保護者に的確に伝達し、以後の学習活動の改善を図る必要がある。
(1-11) 週案を大事に
単元学習の展開構想は、更に、「週案」という形で具体的な活動計画に編成され、校長に提出することとなるのが一般的である。校長は、これについて必要に応じ担当教師と話し合いをし、指導・助言することが、良い授業づくりということからも、また、教師の指導力向上という意味からも有意義である。
2. 授業研究を充実しよう !
授業充実のために最も有効な方法は、授業研究の実施である。近年、保護者にも呼び掛け、授業研究を実施する事例が増えつつあるが、これも有意義な授業研究の方法である。ここでは、一般的に各学校で行われている教職員全員による授業研究について考えてみる。
[研究授業実施の手順]
(2-1) 研究主題の決定
単に授業のテクニックを研究するのではない。その時点で学校で抱えている課題に焦点化することが必要である。例えば、各教科において基礎的な読解力が不十分、興味関心を喚起する必要がある、児童生徒の生活との関連に配慮した学習活動を展開したい、ICTの活用を図った授業をしたい、グループ学習の在り方・作業学習の在り方・発表の在り方等を検討したい、総合的な学習と教科学習との関連を図りたい、その他、各学校の実態に即し多様な課題がある。
(2-2) 担当者の決定
例えば、今回は経験豊かな教員が長年の経験で身に付けた指導力を提示する。次回は、若い教員の新しい学習観に基づくアイディア豊かな授業を展開する。また、次はティーム・ティーチングでの実践を提示する。このように、多様な観点から担当者を決定する。
(2-3) 授業研究会の実施
《その際の検討の観点》
@) なぜこの学年・教科・科目・学習主題に決定したのか。その課題意識。
A) グループ編成・グループ学習での工夫。
B) 知識の習得と主体的探究活動との融合を図るための配慮。
C) 導入の工夫。雰囲気づくり、興味関心の喚起と焦点化。
D) 学習材提示・情報提供・説明。
E) 主体的な学習活動への指示。
F) 探究すなわち、観察・体験・作業・討論・発表。これへの教師の指導。
G) 学習のまとめとしての教師の説明。
H) リフレクション(反省)。つまり、学習全体への学習者自身の反省と教師の評価・支援・指導。
I) 学校内外の教育資源を活用しての指導体制の整備。
(2-4) 校長の指導
総括的に校長が指導する。
(2-5) 記録
多様な方法で授業の記録・授業研究会の記録を取り、教務などを中心に管理職等の指導をえて解析を行い、必要に応じ、保護者などにも公表する.
3. 校長は授業観察・指導をしよう !
校長が、各教員の授業を観察して、それをもとに指導する教員と話し合うという活動は各学校で展開されている。この活動は、学校教育活動充実の観点からもまた教員の資質向上・指導力開発の意味からも重要である。多くの教員が、この活動を有効なものとして評価している。
(3-1) 授業観察の観点
授業は計画に基づく活動であるが、その計画の適否を実践観察をもとに考えたい。
@) 児童生徒の学力の実態を正確に把握しているか。
A) 学力の実態に基づき、この学習で必要な知識・技能の育成を図っているか。
B) 説明すべきところは明確に説明しているか。
C) 秩序維持について的確な工夫・指導がなされているか。
D) 児童生徒の学力の実態に適合した課題を持った学習材が構成されているか。
E) ICTが計画的に活用されているか。
F) 習得と探究を融合させる工夫が授業展開の中でされているか。
G) 経過での評価が、ポートフォリオ・ルーブリックの発想も考慮されて的確になされているか。
H)地域教育資源の活用が有効になされているか。
I) 学校内の教育力の活用により、指導体制の整備がなされているか。
(3-2) 教員への指導上の留意点
@) ゆっくり話し合う。結果の一方的伝達ではなく授業者の考えを聞きアドバイスする。
A) 副校長・主幹・指導教諭等の役割・関与の在り方を校長が決定する。
B) 授業計画の適否と指導技術の問題の両側面から評価し指導する。
C) 指導力を高める研修の在り方について、自己の経験にも触れたりして指導する。
D) 個別指導の他に、学校全体に対しても観察結果をもとに指導する。
E) 観察結果をもとに、学校全体としての授業研究を実施する。
F) 観察結果をもとに、主幹・指導教諭等を指導する。
G) 時には校長自身が実践して見せる。
H) 長年の自己の研究・研修の成果を示す。
I) 保護者にも実態とその成果について説明する。
以上、専門家である教師が自信と誇りをもって、自らの力量を発揮するよい授業づくりを支援する校長のあり方にも触れて提言した。
児童生徒にとってのよい授業づくりを今まで以上に真剣に論議する必要があると思うが、いかがであろうか。ご意見をいただければ幸いである。
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