提言4: 21世紀、新しい発想から教師の専門職性を高めよう
生涯学習の時代に加えて、至る所にコンピュータのユビキタス社会の到来で、学校教育独自の
役割やその在り方が大きく変化しようとしている。それにつれ、教師の専門職性についての考えも
転換しつつあるように見える。教師は必ずしも専門家である必要はないという見解さえもある。
しかし、われわれ東京都教育会は、学校教育独自の役割・教師の専門職性は今後ますます重要に
なると考える。ただ、その在るべき姿は時代の変化に応じ転換することが求められる。
そこで、われわれは、新しい発想からの教師の専門職性を皆で検討し共通理解を得たいと考え、
ここに問題提起をすることとする。
【かつての教師の専門職性】
教職は専門職だという発想が普通であった。この考えは,外国でも一般的だったようである。
例えば、アメリカのリーバーマンは、著書“Education as a Profession”(1956年)の中で、
教職の「知的専門職性の特質と意義」について8点に即し述べている。
その趣旨は次の通りである。
(1)ユニークで限定的なかつ必要な社会的奉仕活動である
(2)その奉仕を遂行するために、知的なテクニックを重視している
(3)長期にわたる特別なトレーニングを必要とする
(4)個人としてまた活動遂行のための組織全体としての両面における幅広い自主・自律性を、
持っている。
(5)専門的な自律性として許容される範囲内でなされる判断・行動について、広範な個人的責任
を認めている
(6)遂行する側の経済的な利益は考えない。それより、実行グループに委託された社会的奉仕
の遂行・組織化の基盤づくりに力点を置く
(7)実行者達に総合的な自治組織を認める
(8)倫理綱領を持っている。それは、具体的な事例に即し、あいまいなかつ疑問のある点を、
明瞭にしているし、きちんと解釈もしている
これは当時としては多くの人に支持された発想であったし、現在の教員の在り方を考える上でも
参考になる。しかし、時代の変化に応じ新しい発想が必要になっている。
【新しい教師の専門職性】
T 国の施策
現在、国は、新しい考えから、教員の資質能力の向上のため各種施策を講じている。その趣旨を
理解し、各学校においても教員の資質能力の向上のため各種の活動を展開することが期待される。
国の施策は、およそ次の通りである。
<魅力ある優れた教員の確保>
1 教員の資質能力の向上
(1) 教員の養成・採用・研修における取組み
@)教員養成
A)教員採用
B)教員研修
(ア)初任者研修、10年経験者研修
(イ)学校組織マネジメント研修
(ウ)長期社会体験研修
(エ)大学院修学休業制度
(2) 新たな教員養成・免許制度について
(3) 教員の実績評価と処遇等への反映など
(4) 指導上の問題がある教員への厳格な対応
@)いわゆる「指導力不足教員」への対応
A)教員採用非違行為を行う教員に対する厳正な対処
(5)学校教育における社会人の活用
@)社会人講師の活用等
A)民間人校長の活用と民間人教頭制度の創設
(平成18年度文部科学白書。第2部・第2章・第3節)
教育基本法が改正され、「学校教育においては体系的な教育が組織的に行わなければな
らない。」(第6条第2項)という規定が設けられた。さらに、中央教育審議会答申「教
育基本法の改正を受けて緊急に必要とされる教育制度の改正について」(平成19年3月
10日)があり、これを受けて、各学校に、副校長・主幹・指導教諭を置くこととされた。
そのことによって、教員の指導力の向上が一層推進されることとなった。
ここで、教員の指導力の内容が課題になるが、ちなみに、東京都では、「公立学校にお
ける校内研修(OJT)を通して教員の指導力向上を図ろうとしているが、その際、指導
力としては、「●使命感、熱意、感性 ●児童生徒理解 ●統率力 ●指導技術(授業展
開) ●教材解釈、教材開発 ●『指導と評価の計画』の作成・改善」を考えている。
U 新たな視点からの教師の専門職性(案)
(1)教育課程編成の力
初等中等教育は、国民全体に対し国家として責任を持って推進するというのが、近代国
家の公教育の基本理念である。
そこで、学校には、国の基準としての学習指導要領に即して教育課程を編成する責任が
ある。同時に、児童生徒の実態に即し、校長の責任において創意工夫を加えた教育課程を
編成することが要請される。この点についての見識・力量が教師の専門職性として重要に
なる。
(2)児童生徒理解能力
発達心理学の成果は尊重すべきであるが、その範囲だけで、現代社会の課題を背負って
生きている人間としての児童生徒をとらえることはできない。
教師は、児童生徒についての総合的な理解が必要で、そのため、インターディシプリナ
リー(学際的)な研修を推進することが必要になる。
(3)児童生徒に人間として迫り、指導・支援できる能力
孤独・価値観の混乱・有害情報の氾濫・将来への不安など多様な課題を抱えている児童
生徒に人間として迫り、指導し支援できる能力が教師に期待される。
教師は児童生徒と心と心で直接交流することが必要である。これは出会い(Begegnung)と
いうことができるかも知れないが、そういう関係を形成できる人間的な能力を教師の専門職
性の要素として位置付けたい。
(4)新しい指導技術活用能力
専門家は技術を軽視してはならない。その技術にも新しさが要求される。新しい学習指
導要領では、課題解決のために知識・言葉・データを活用しての考える力の育成に力を入
れている。
そうなると、ICTの授業での活用が必要になる。設備の整備も緊急の課題であるが、
ICTを活用しての授業展開の方法について精通することが新しい指導技術として教師に
は求められる。この発想から、授業研究あるいはテクノロジーについての専門的な研修の
充実がますます必要になる。
(5)経営的理解と実践力
学校教育を、経営という発想から構想し実践することが要請されている。組織としての
共通の目標を達成するため、また、児童生徒・保護者など関係者の期待に応ずるため、実
態に即しアイディア豊かな多様な方策が講じられなければならない。特色ある学校づくり
が要請され、それに応じて保護者・児童生徒が入学する学校を選択するという制度改革も
一部で推進されている。
このような流れの中で、教師は、学校・学級・ホームルームその他組織としての学校の
経営のため役割を果たさなければならない。その力量が、専門職性として要求される。
(6)保護者や地域住民と意見交換をする姿勢
保護者や地域住民と率直な意見交換をし、学校の教育活動を改善すると同時に、地域の教
育力の向上へ貢献できる態度・能力・姿勢が期待される。
新しい専門職は開かれたものでなければならない。今、学校経営に地域住民・保護者・
その他の外部人材の参画が推進されつつある。このような改革の中で、教育の専門家とし
ての幅広い教師の力量の発揮が期待される。
(7)現代の人間として悩み、誠実に生きていく態度
パーソナリティとか生き方とかを専門職性に入れるべきかどうかは微妙ではある。しか
し、リーバーマンも、「倫理綱領」を持っていることを知的専門職の特質として掲げてい
ることは前述の通りである。日本でも、教師に人間らしい生き方を期待するのは社会的な
常識にもなっているであろう。ここに教職の独自性があるとも言える。
教師は生き方において、児童生徒の模範にならなければならない。生き方は、もちろん
人によって異なるが、現代社会において誠実に生きている姿を児童生徒に見せることが望
ましいと考える。
(8)協力して職務を遂行する態度
組織は、各構成員の自由な発想や自由な意見表明を大事にしつつ、親密感を基盤に組織
としての共通性とまとまりを持つことが重要である。学校においては、一人ひとりの教
師の発想を大事にしつつ、校長の意思決定のもと全教職員一致協力して職務を遂行するこ
とが必要である。
人間を育てるという活動に対立はなじまない。協力的な雰囲気の中で、積極的に職務を
遂行する態度が教師の専門職性の中に位置付く。
(9)直面する課題に的確に対応できる力
多様な課題がある。平成18年度、東京都教育委員会・施策連絡会において、中村正彦
東京都教育委員会教育長は、「平成18年度主要施策」として次の事項を示している。
@)「人権尊重の精神」と「社会貢献の精神」の育成
A)「豊かな個性」と「創造力」の伸長
B)「生涯学習」と「文化スポーツ」の振興
C「都民の教育参加」と「学校経営の改革の推進」
これらは直面する課題解決を目指したものでもあり、この施策に即し、毎日の教育実践
を的確に推進できる力が各教師に必要になる。
(10) 研究・研修を継続する力
毎日の実践で直面する課題には、社会的背景がありその正確な認識が必要である。また、
実践を充実しようとすればその裏付けとなる理論が必要である。実践と理論の融合こそが
教師にふさわしい研究・研修である。
校内・校外の研修また集団で行う研修・個人で行う研修がある。それぞれ重要であるが、
まず校内で、直面する課題解決を目指し、教育委員会の指導なども得て、校長・副校長・
主幹・指導教諭の指導のもと研究会・研修会を開催することが期待される。やがてこのような
研究・研修に、保護者の参加も検討されなければならないであろう。
【付記】
本来ならここで、このような新しい専門職性を各学校でどのようにして高めるべ
きか、その方策が提言されなければならない。しかし、学習指導要領の改訂その他多様な
面での改革が進行中であり、この点については、それらの動向も踏まえて別途提言する。