1 国際学習到達度調査
OECDは、2007年12月4日、57の国・地域(OECD加盟30カ国、非加盟27カ国・地域)の15歳男女約40万人を対象にした2006年国際学習到達度調査(PISA)の結果を世界同時発表した。日本からは高校1年生(対象となる高校を国公私立ごとや、大学進学率のランク別に分けたうえで、それぞれのランクから無作為で185校を抽出し、その中から約6000人が無作為で選出)が参加した。
3回目の今回、日本は「科学的応用力」が6位(2000年2位、2003年2位)、「数学的応用力」が10位(2000年1位、20003年6位)、「読解力」が15位(2000年8位、2003年14位)と全分野で、順位を下げた。学力が世界のトップレベルから転落していることが明確になった。
1-1)科学的応用力
科学的能力の3領域では、「科学的疑問を認識する領域」と「科学的証拠を用いる領域」ではニュージーランドが1位、「現象を科学的に説明する領域」では、フィンランドが1位、日本は7位、3位、12位であった。
日本は大半の問題では正答率が上位にある。しかし、調査の問題文から、問題を把握し、解答を記述していく問題では正答率が低い。地球の平均気温の上昇と二酸化炭素の排出量の増加を題材とした「温室効果」の問題、二酸化炭素以外にも、温暖化に影響を及ぼす可能性のある要因については、正答率が18%で、OECDの平均(19%)を下回っている。上位のオランダやフィランドの30%台と比べて、その差は非常に大きい。
科学的応用力では、順位だけではなく、得点でも差が拡大した。トップのフィンランドの563点に対し、日本は531点である。しかし、文部科学省は、「フィンランド、香港に次いで、カナダから韓国まで、統計的な有意差がないため、上位グループに位置していると言える」としているが、疑問を感じる。
学力調査と同時に行われた生徒への意識調査では、「科学に興味がある」との質問に対して、「そう思う」と解答した日本の生徒は50%で57ヵ国・地域中52位、「理科の勉強は役立つ」との回答も42%で56位である。科学への関心や意欲の低さが際立って低い。 この結果に対して、授業時間を減らした「ゆとり教育」の影響で、授業を通して考えたり、実験や観察を行ったりする時間が少なくなり、学ぶことの楽しさを感じられなくなったとの指摘もある。
OECD平均を大きく下回った意欲や関心の低さは、学力低下よりも深刻に受け止める必要がある。「生きる力」の理念に基づいて、学習意欲の向上や学習習慣の確立を図っていかなければ、学力の向上を推進していくことは難しい。
1-2)数学的応用力
今回の調査結果では、2003年と共通出題の48問中40問で、正答率が56%から53%に下がった。OECDの平均はほとんど変化していないが、日本は5ポイント以上正答率が低下した問題は10問に達している。
この10問のうち6問は、電話の通話時間と電話料のデータを使った設問など、実生活で使う数量に基づいた問題である。いずれもグラフや表を読み取るだけでなく、それを生かして数式を作り、与えられた課題を解答することになっている。この調査結果から、数式や計算を、実生活で活用していくことができないという日本の生徒の弱点が明確に示されたことになる。
為替レートに関する問題では、正答率は43%でOECDの平均(40%)を上回っているが、何も記述のない無答率が22%に達している。これは、OECD平均を5ポイント上回っている。
OECD平均を大きく上回った無答率は、意欲や関心の低さとも関連していると考えることができる。学校や家庭など様々な生活場面で、獲得した知識や技能を活用して問題を解決していく意欲を育成することが急務である。
数学では実社会の問題を見い出したり、意欲的に解決を図っていくという問題解決への意欲を育成していくことが求められている。
1-3)読解力
読解力の日本の得点は498点(2003年498点、2000年522点)で、OECDの平均492点を6点上回っている。しかし、1位の韓国とは58点差である。韓国、フィンランドなどなどのトップグループに大きく引き離されている。
文章や図表から情報を読み取り、自分の考えをまとめたり、その情報を利用したりする「読解力」で目立ったのは、何も解答しなかった生徒が多かったことである。日本の無答率の平均は14%で、OECDの平均10%を上回っている。無答率が40%を超える問題もあった。
日本の生徒は文章や図を論理的に解釈したり、論述したりする能力が低下しているとともに、読解力においても無答率が高いという現状が明確に示されている。
今回の国際学習到達度調査結果で深刻なのは、2000年までトップグループであった「数学的応用力」と「科学的応用力」が大きく落ち込んだことである。2003年の調査結果から、今回の調査に至るまで、理数系の低迷と学力低下は何も改善されていない。この事実をしっかりと受け止め、それぞれの関係機関が連携して取り組んでいくことが重要である。
2 子どもの学ぶ意欲を引き出し学力アップを図るには
文部科学省は2007年4月に全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)を実施し、その結果を2007年10月に公表した。調査結果は、計算などの基本的知識は身についていたものの、表現力や思考力を十分に身につけていない子どもが多い実情が明確になった。今回の国際学習到達度調査結果と共通している。
また、文部科学省は「読解力」が14位から15位になったことを受け、「我が国の学力は世界トップレベルではない」との認識を示し、「ゆとり教育」からの転換を目指す次期学習指導要領で、思考力・表現力など言語力の育成や、理数の授業時間増を盛り込む予定をし、「教育課程部会におけるこれまでの審議のまとめ」を2007年11月7日に公表した。
中央教育審議会は、2008年1月17日、小中学校の主要教科の授業時間を1割以上増やすことや、小学校での英語活動の実施などを盛り込んだ次期学習指導要領の最終答申を、渡海文科相に提出した。答申は、昨年10月に公表された中間報告「審議のまとめ」をほぼ踏襲したものになっている。「ゆとり教育」による学力低下の反省から、国語、算数・数学などの主要教科の授業時間を増やす一方、「ゆとり教育」の象徴だった総合学習の時間を削減し、小学5年から英語活動の時間を新設した。小中学校の授業時間が増加するのは30年ぶりである。
OECD PISAの結果と1月17日の中央教育審議会の答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善」を受けて、文部科学省は学習指導要領等の改訂を行うが、日本の子どもの学力をアップするにはどうするか、文部科学省、教育委員会、教育現場、それぞれの立場から取り組んでいかなければならない。
2-1)学ぶ意欲や論理的思考力の育成
日本の子どもの低迷している学力は、論理的思考力である。今、何を知っているかという知識の量だけを学力とするのではなく、既有の知識や経験を駆使して、それらを関係づけたり、意味づけたりしながら、新たなものを創造する能力や論理的思考力こそが、学力とする学力観に捉え直さなければならない。したがって、これからは「学力の質」の転換を図る教育の創造を目指していくことが重要であると考える。
急速に変化する社会に対応するには、基礎的・基本的な知識・技能の確実な習得を重視した上で、思考力・判断力・表現力等を育成していかなければならない。このような確かな学力の育成によってこそ、予測もしていなかった問題やトラブルが発生した場合、沈着にその実体を把握し、既有の知識や経験を活用して解決していく資質能力が培われる。つまり、基礎的・基本的な知識・技能の確実な習得があってはじめて、それらを有効に活用することができるのである。
思考力・判断力・表現力等を確実に育成するには、まず、各教科の指導の中で、基礎的・基本的な知識・技能の習得とともに、観察・実験やレポートの作成、論述といったそれぞれの教科の知識・技能を活用する学習活動の構成とその充実が必要である。対象との関わりを通して、何ができるか、問題を明確に把握し、論理的に考えたり、主体的に行動したりする力を育成することが、「生きる力」の育成にも繋がっていく。
学力の重要な要素である学習意欲やねばり強く課題に取り組む態度の育成も重要である。分かる喜びは学ぶ意欲に繋がる。学ぶことの楽しさや分かる喜びを培っていくには、習熟度別・少人数指導や補充的な学習といったきめ細かい個に応じた指導を図っていかなければならない。
今回、明らかになった日本の子どもの学習への関心や意欲低下は、家庭学習も含めた学習習慣の確立など、学校だけではなく社会全体で考えていくことも必要である。
2-2)授業の質の転換
学ぶ意欲や考える力を育てるには、授業を変えなければならない。授業の中で考えたり、討論したりすることの楽しさを、実感できる授業づくりを教師一人一人が真剣になって取り組んでいくことが必要である。
前回、前々回と各分野でトップクラスの成績を収めたフィンランドには、海外からの教育関係者の視察が相次いでいるようである。また、都内の大手書店には、フィンランド教育の特集コーナーが誕生している。それらを見てみると、「(1)フィンランドは、教育方法が学校、教師に任されている。(2)答えを出すよりも、答えを導く過程が重視されていて、教師が一方的に教える光景は見られない。(3)少人数で子ども同士が議論したり、教師と考えたりする授業が主流である。(4)フィンランドの子どもは、新しいことを知りたいという好奇心で勉強している。(5)授業時間は少ないが、授業についていけない子どもを個別指導で減らす教育が徹底されている。(6)教師の信頼が厚い。(7)家庭では家族で本を読んで話し合う習慣がある。」などと紹介されている。この中で「答えを出すよりも答えを導く過程を重視する。子ども同士が議論をする。」などは、日本の教師も行っていると思われる。しかし、そのためのカリキュラムや授業づくりが確立しているかというと、不十分と言わざるを得ないのが現状である。
「答えを導く過程の重視」(問題解決の過程)が授業の中でどう構造化するか、そのためのカリキュラムを学校全体で作成したり、組織化したりして、全教師が共通の認識に立って実践することによって、授業の質を転換することができる。
3 教師の資質の向上
「生きる力」の教育において問われているのは、子どもたちの能力だけではない。むしろ、教育する教師の力量が問われることになる。
学習指導要領の理念を実現し、教育の質の向上を図っていくためには、教師一人一人の資質の向上を図っていくことが重要である。授業の質の転換、学ぶ意欲や論理的思考力の育成とそのための授業の構成など、どれも教師の力量にかかっている。
フィンランドでは、小中学校の教師には原則、大学で修士号の資格を求めている。教師としての資質の向上を図ることによって、子ども全員の学力向上を目指すという教育理念が明確になっているからである。また、給与を改善し、教師の意欲を引き出し「教育大国」を生み出している。
今回のOECDのPISAの結果を踏まえて、早急に取り組まなければならないことは、研修等を通じた理数教育を担う教師の専門性や資質の向上を図るとともに、指導体制を確立することである。それには、小学校高学年における専科教員による理科教育の充実や理科支援員の配置なども重要である。さらに、教師の増員や教育活動に専念できる待遇改善も必要である。
3-1)研究・研修の充実
授業の充実を図り、授業の質を高めていくには、「授業研究」などの研修が必要である。
一口に「授業の中で考えたり、討論したりすることの楽しさを実感できる授業づくり」と唱えても、容易にできるものではない。子どもが何を問題として捉えるか、何を手がかりとして考えるか、それらを可能にする対象としての教材、教材を媒介とした教師と子どもとの創造活動など、授業の構成にはそれ相当の工夫や研究が必要である。また、授業を構成していくために必要なるカリキュラムなど、授業実践とそれを支える理論を研修によって、教師一人一人が獲得していかなければならない。
研修には、校内、校外、個人、集団など様々な形態があるが、まず校内で、直面する課題解決を目指した授業実践を通した研修が重要である。教材研究や授業研究、教師同士の相互評価といった取り組みは、学校の組織力を生かした校内研修が望ましいと考えるからである。
3-2)教育活動に専念できる時間の確保と教師の増員
個々の子どもたちの理解や習熟度に応じたきめ細かい教科指導、観察・実験やレポートの作成、論述といった知識技能を活用する学習活動、職場体験といった体験活動などの充実には、教師が子どもたちと向き合う時間を確保することが重要である。しかし、教師には子どもの指導に直接関わる以外の、会議・打ち合わせ、事務・報告書の作成などの学校の運営に関わる業務、行政・関係団体、保護者等との外部対応といった業務に多くの時間が割かれているというのが現状である。
学校や教師が、授業時数の確保を図りながら、各教科等の指導や生徒指導等、本来の職務と使命を十分に果たし、学力向上などに力を注げるようにしなければならないと考える。それには、教師の事務負担を軽減し、教師が子ども一人一人と向き合い、きめ細かな指導をする体制の確立が必要である。また、教師の増員を図ることも重要である。
◆ 用 語
【科学的リテラシー】
[定義] 科学的リテラシーとは、「自然界及び人間の活動によって起こる自然界の変化について理解し、意思決定するために、科学的知識を使用し、課題を明確にし、証拠に基づく結論を導き出す能力」である。
【数学テクリテラシー】
[定義] 数学的リテラシーとは、「数学が世界で果たす役割を見つけ、理解し、現在及び将来の個人の生活、職業生活、友人や家族や親族との社会生活、建設的で関心を持った思慮深い市民としての生活において確実な数学的根拠にもとづき判断を行い、数学に携わる能力」である。
【読解力】
[定義] 読解力とは「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性発達させ、効果的に社会に参画するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力」である。