平成27年の学習指導要領一部改正により、従来の「道徳」が「特別の教科 道徳」になり、その改善・充実の方向が示された。改正の要点は、いじめ問題への対応の充実や発達の段階をより一層踏まえた体系的なものとするための内容の改善と、多様で効果的な指導方法の工夫、一人一人のよさを伸ばし、成長を促すための評価の充実等である。
これからの道徳教育は、生徒に特定の価値観を押し付けたり、主体性をもたずに言われるままに行動したりするような指導ではないことや、生徒が多様な価値観の、時に対立がある場合を含めて、誠実にそれらの価値に向き合い、道徳としての問題を考え続ける姿勢を大切にすること、また、答えが一つではない道徳的な課題を生徒が自分自身の問題と捉え、向き合う「考える道徳」「議論する道徳」へと転換することが求められている。
また、これからの時代に生きる生徒は、様々な価値観や言語、文化を背景とする人々と相互に尊重し合いながら生きていくことが今まで以上に重要となっている。そして、一人一人が、高い倫理観をもち、人としての生き方や社会の在り方について、多様な価値観の存在を認識しつつ、自ら考え、他者と対話し協働し、よりよい方向を模索し続けるために必要な資質・能力を備えることが求められている。
こういう中で、生徒が道徳的諸価値について理解しながら、自己を見つめ、他の人と対話を重ね、人間としての生き方についての考えを主体的に深めていく道徳授業が必要である。
今後、道徳科の授業を改善するための指導方法の工夫と評価の在り方について述べたい。
生徒の現状を考えた時、学校では道徳教育を十分に行っていないのではないか、学校によって道徳教育に温度差があるのではないか、という指摘が今までもあった。
これまでも、道徳教育に熱心な学校や研究会で道徳授業の在り方の研究はされてきた。しかし、積極的ではない学校や教師との差が大きいことも確かである。そして、各教科等との関連を意識した指導が不十分であること、指導方法に不安を抱える教師が多いこと、学年が上がるにつれて生徒の受け取めがよくないこと、振り返らせたり具体的にどう行動すればよいかを考えさせたりすることに関する指導が不十分なことなどの課題が指摘されてきた。
特に、授業改善の視点からは、教師の一方的な指導や一問一答の繰り返しなど、生徒が自分自身についてより深く考えたり人間としての生き方について深く考えたりすることができていないということが課題である。
中学生は、自分の生き方について迷い、葛藤する時期である。そして、人生に関わるいろいろな問題についての関心が高くなり、人生の意味をどこに求め、
いかによりよく生きるかという人間としての生き方を主体的に模索し始める時期である。この中学生に生きる上で大切なことを考えさせ、自分を生かす道を歩めるようにしていくことが我々大人の役割である。生きる上で大切な道徳的
諸価値について、我々は、生徒に語りかけてきたか。そして、その生徒が自分の可能性を伸ばして生きていく力を付けてきたか。今後は、更に主体的に判断し、自立した人間として他者と共によりよく生きる力の基盤となる道徳性(道徳的判断力、心情、実践意欲と態度)を身に付けられるようにしていく必要がある。
生徒が生きる上で大切なこと(道徳的諸価値)を自覚し、自己を見つめ、人間としての生き方について考えを深める道徳授業の改善に向けて以下のことに留意しながら努力したい。
主体的に学ぶ道徳授業とは、生徒自らが考え、理解し、主体的に学習に取り組む授業のことである。 生徒自身が進んで考え、課題に向けて主体的に取り組み、人間としての生き方について考えを深められるようにする必要がある。
(1)道徳的価値を自分との関わりで捉える
主体的に学ぶ学習を行う上で大切なことは、道徳的価値をどう自分との関わりで捉えさせ、自覚できるようにするか、である。また、生徒同士が体験や意見、思いを伝え合い、話し合い、そのことを通して人間としての生き方について気付くことも大切である。
例えば、読み物教材を使用する時には、登場人物の心情理解に終始するのではなく、自分との関わりで道徳的価値について考える授業を行うようにしたい。決まりきったことを言い、書くのではなく、自分との関わりで考える授業を行う必要がある。特に、登場人物の言葉や行動の理由や背景に迫り、それを支えている価値について話し合うことが深い学びにつながる。
(2)自分自身の課題や目標を見付ける
学習の導入の段階に、生徒自らが学びたいという課題意識や課題追究への意欲を高め、学習の見通しをもたせることが大切である。そして、展開の段階で教材や生徒の生活体験などを生かしながら、道徳的価値を多面的・多角的に捉えることができるようにする必要がある。さらに、理解した道徳的価値から自分の生活を振り返り、自らの成長を実感したり、これからの課題や目標を見付けたりできるようにすることが大切である。
また、教材の特質を生かすとともに、一人一人が意欲的で主体的に取り組むことができる表現活動や話合い活動を行い、学んだ道徳的価値に照らして、自らの生活や考えを見つめるための具体的な振り返り活動を工夫したい。また、授業の導入、展開前段と展開後段で、心情円盤やネームカード等を使って自分の気持ちや考えを表示するなど、自分の考えがどのように変容したかが分かるような活動を工夫することも、自分の考えを深めることにつながる。
(3)問題解決的な学習
問題解決的な学習とは、教材や日常生活などから道徳的な問題を見付け、道徳的価値や道徳的価値の意味や意義を考える学習のことである。道徳的価値について自分自身はどうであったかを振り返り、問題を見付け、主体的に解決をしていく。その時には、自分で考えるだけでなく、他の人の見方や考え方から学び、考えていく授業をすることにより、生徒は生き方についての考えを深めることができる。
また、問題場面について考えの根拠を問う発問や、問題場面を実際の自分に当てはめて考えてみることを促す発問、問題場面における道徳的価値の意味を考えさせる発問を工夫することも大切である。
(4)道徳的行為に関する体験的な学習
道徳的諸価値を理解するためには、具体的な道徳的行為の場面を想起追体験し、実際に行為することの難しさとその理由を考えさせ、弱さを克服することの大切さを自覚させたりすることが有効である。また、道徳的行為の難しさについて語り合ったり、反対に生徒が見聞きした素晴らしい道徳的行為を出し合ったりして、考えを深めることもできる。
また、読み物教材等を活用した場合には、その教材に登場する人物等の言動を即興的に演技して行う役割演技など擬似体験的な表現方法を取り入れた学習も考えられる。
このような学習を通して、生徒が体験的行為や活動を通じて学んだ内容から道徳的価値の意義などについて考えを深めることができる。
道徳科の授業では、生徒一人一人がしっかりと課題に向き合い、自分の考えをもつことが大切である。更に自分の考えを深め広げるためには、教師や他の生徒との対話や討論などを通じて、他の人の考えを聞き、自分を振り返り、熟慮することが必要である。
学級で生徒がそれぞれの考えを伝え合うことを通じて、いろいろなものの見方や考え方があることに気付き、それぞれの考えの根拠や違い、特徴などを捉え、自分の考えを多面的、多角的な視点から振り返って考えることができる。このように生徒同士、教師と生徒が対話をすることによって、人間としての生き方について考えを深めることができる。
ペア学習、グループ学習、バズ学習など他の生徒と対話ができる場を工夫し、自分では想定していなかった異なる考え方や、自信がもてないでいたことを後押ししてくれるような考え方など、多様な考え方があることに気付くことができる。また、この対話や、自己内対話を重ねることで、自らの道徳的なものの見方、感じ方、考え方を吟味、軌道修正していけるようにしたい。この話合い活動の目的を押さえて、対話的に学ぶ道徳授業を行いたい。
多くの授業では、ねらいとする道徳的価値についての理解を深めるだけの授業となっていることが見られる。例えば、「思いやりは大切だ」と頭で分かるだけではなく、実際に自分なりに発展させて考えたり解決したりして、自分なりの結論までにいき、行動に生かしていけるようにする必要がある。それには、思いやりの大切さは分かったが、このことを生活や生き方の中でどう生かしていけばよいのかと考えることが必要である。切実な自分事として道徳的価値に向き合うことができるように、発問や学習活動を工夫する必要がある。
そして、生徒が道徳的な学びを自分自身がよりよい生き方を送る上で大切な課題であることを自覚し、課題追究のために自分や級友等と対話し、生き方についての考えを深め、主体的に道徳的実践を行っていけるような学習を工夫していきたい。
生徒の周りには、様々な社会的課題がある。身近な社会的課題を自分との関係において考え、その解決に向けて取り組もうとする意欲や態度を育てることは、人間としてこの社会でどう生きるかという考えをもつために必要である。
情報モラルに関する学習では、情報化の進展により、生徒の中で様々な問題が起きており、情報社会で適正な活動を行うための基になる考え方や態度を育てる必要がある。授業のねらいを考える時は、教材の内容と道徳科の指導内容との関連を考えて指導案を作成する必要がある。関連する指導内容としては、自主、自律、節度、節制、思いやり、感謝、礼儀、友情、遵法精神等がある。
身近な社会的課題として、生命倫理、社会の持続的発展、食育、福祉に関する教育、伝統文化教育、国際理解教育等がある。これらを、各教科、総合的な学習の時間、特別活動等での学習と関連付けて取り組むことも大切である。そして、多様なものの見方や考え方があることを理解させ、答えが定まっていない問題を多面的・多角的に考え続ける姿勢を育てることが大切である。
評価は、教師が、生徒一人一人の道徳的な成長を温かく見守り、共感的な理解に基づいて、よりよく生きようとする努力を認め、勇気付ける働きをもつものでなければならない。このような評価をすることにより、生徒は更によりよい自分や生き方を求めて道徳的に成長しようとする。評価は、生徒の人間的な成長を支援するものでなくてはならない。
また、教師は、一人一人の生徒の道徳的な成長について振り返りながら、指導計画や指導方法を評価し、その結果を指導の改善に生かす必要がある。このことがさらなる生徒の成長につながる。
このような評価の意義を押さえることが大切である。
(1)評価のねらい
生徒にとっては、自分の成長を振り返り道徳的成長を実感し、更によりよい生き方を求めて努力する意欲をもてるようにするためである。また、教師にとっては、指導計画や授業の改善に役立てるためである。
(2)評価する事柄
評価する事柄は、「中学校学習指導要領道徳 第3指導計画の作成と内容の取扱い」にある「生徒の学習状況」や「道徳性に係る成長の様子」である。
学習状況を把握する場合は、道徳科の目標である4つの観点で生徒の学習状況(よさ・成長)を見取るとよい。それは、以下のとおりである。
①道徳的諸価値について理解を深めることができたか。
②道徳的諸価値の理解を基に、自己を見つめることができたか。
③物事を多面的・多角的に考えることができたか。
④自己の生き方についての考えを深めることができたか。
これらを基にした学習状況を把握するとともに、道徳性(道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度)に係る成長の様子を見取る。
(3)評価の基本
道徳の評価は、一人一人のよさを伸ばし、道徳性に係る成長を促すための評価である。また、他の生徒との比較による相対評価ではなく、生徒がいかに成長したかを積極的に受け止め、励ます個人内評価である。したがって、他の生徒と比較して優劣を決めるような評価ではないことに留意する必要がある。
基本として、以下のことがある。
①記述式とする。
②一人一人の生徒が、以前よりどれだけ道徳的成長があったかを見取り、励ます評価を行う。(他
の生徒と比べるのではなく、個人の中でどれくらい変化があったかを評価する個人内評価である)
③1回1回の授業ではなく、長い期間で見取る。学期や年間にわたって生徒がどれだけ成長したかと
いう視点を大切にする。
(4)評価の方法
評価は、生徒自身が道徳的な成長を願い、更に成長していこうとする気持ちや態度がもてるようにすることが重要である。そこでは、生徒自身が自己を見つめ、人間としての生き方を考える場をもつことが必要である。そのために、生徒自身が自己評価を行うことを大切にしたい。例えば、授業でワークシートに生徒自身による自己評価の場をもつ。そして、ワークシートなどをファイルして記録を積み重ねる。また、授業者がメモや録音、録画、板書の写真をとるなどする。このように、評価を工夫することも大切である。
学校によっては、副担任を含めて、全教員が授業を担当できるようTTやローテーションを組んで授業を行い、多くの目で生徒の評価を行うことも始まっている。このことが、教師自身の授業での指導力を高めることにつながり、学校の道徳授業全体の向上にもつながる。
<ワークシートの自己評価の例>
1 授業に意欲的に取り組むことができたか。 A B C D
2 「 」について理解を深めることができたか。 A B C D
3 自分の問題として考えることができたか。 A B C D
4 いろいろな考え方にふれることができたか。 A B C D
5 自分の生活や生き方に生かそうと思ったか。 A B C D
♦ 参考・引用文献
1 教育再生実行会議第一次提言「いじめ問題等への対応について」
2013(平成25)年2月26日
2 「中学校学習指導要領 第3章特別の教科 道徳」(文部科学省)
2015(平成27)年3月
2018年4月2日 山田佳子