提言119:東日本大震災7年 被災地の現状や今後の課題

 

はじめに

 東日本大震災から、2018年3月11日で7年が経過した。東日本大震災による避難者は、復興庁の「東日本大震災からの復興に向けた道のりと見通し(2018年2月時点)」によると、大震災直後の約47万人から、2018年2月には、7万3千人まで減少した。

 東京電力福島第1原子力発電所(以下「原発」という)事故の影響が続く福島県では、今なお3万3千976人(2018年3月15日時点)が県外での避難生活を余儀なくされている。一方、福島県内の仮設住宅等での避難者は1万3千393人(2018年3月30日時点)である。県内外の避難者の中には、65歳以上の高齢者が多い。高齢者の心により添った支援体制をどのように進めるかが課題となっている。

 2018年3月11日、被災地では亡くなった人々に祈りをささげた。東京では、発生時刻の午後2時46分に合わせて政府主催の追悼式が催された。仮設住宅や沿岸でも復興を願うイベントや追悼式が行われた。

 被災地では土地のかさ上げや防潮堤の建設が進み、復興住宅や商業施設も相次いで完成している。しかし、医療サービスや雇用、環境汚染など様々な不安から「ふるさとに帰られない」という避難者は多い。

 被災地の住民一人一人の暮らしや被災者の心身のケアはどこまで進んだか、被災者の想いや考えを十分に聞き入れた上で、山積している課題を解決していくことが重要かつ必要である。なお、学校の復旧・復興と学校教育については、次の提言で述べることにする。

 本稿では、東日本大震災と三陸地方における過去の大震災などについても記述し、被災地・被災者の状況や復興の現状、新たに浮上している課題等について、筆者の見解を述べてみたい。

 

1.三陸地方におけるこれまでの大震災

 三陸地方は津波の常襲地帯として知られている。過去には幾度となく地震や津波によって、大きな被害を受けてきた。明治時代以降、三陸地方を襲った大津波は、「明治三陸地震」「昭和三陸地震」「チリ地震津波」「東日本巨大地震」など、4つ発生している。それ以前にも、現存している資料から判断すると、平均で46年に一度の割合で、大津波が発生していたことが明らかになっている。

(1)明治三陸地震

 明治三陸地震は、1896(明治29)年6月15日午後7時32分、岩手県上閉伊郡釜石町(現 釜石市)の東方沖200kmの三陸沖を震源として起こった地震である。マグニチュード8.2の巨大地震であった。東日本巨大地震前までは、我が国における観測史上最高の遡上高(陸上での潮位)は、海抜38.2mを記録する大津波であった。

 明治三陸地震では、震度は5程度であったと推測されている。揺れがこの程度で済んだのは、震源が遠かったからである。しかし、三陸沿岸を中心に死者は約2万2千人、流出・全半壊家屋1万戸以上という我が国津波災害史上最大の被害が発生した。明治三陸地震後、津波を防ぐ防波堤の建設や避難に関して、次の①~④が教訓として認識されるようになった。

① 迅速な避難が生死を分けること

② 避難の際には出来るだけ高い土地に最短距離で到達すること

③ 避難の道筋を平素から確認しておくこと

④ 高台が付近になければ頑丈な建物の高層階を利用すること

(2)昭和三陸地震

 昭和三陸地震は、1933(昭和8)年3月3日午前2時30分、岩手県上閉伊郡釜石町(現 釜石市)の東方沖約200kmを震源として発生した地震である。沿岸一帯の震度は5程度であったが、大津波が三陸沿岸に襲来、岩手県・宮城県北部沿岸のリアス式海岸地帯を中心に大被害を及ぼした。死者・行方不明者は3千64人となった。

 震源地は、三陸沿岸から沖合に200kmほど離れており、明治三陸地震とほぼ同じ場所である。震度は5程度で明治三陸地震と同じ程度であったと推測されている。気象庁の推定による地震の規模はマグニチュード8.1の巨大地震であった。

(3)チリ地震津波

 チリ地震津波は、1960(昭和35)年5月23日午前4時すぎ(日本時間)、チリ南部でマグニチュード9.5という観測史上最大の超巨大地震が発生した。この地震によって生じた大津波は、平均時速750kmという高速で太平洋を横断し、22時間半後の5月24日未明、最大で6.1mの津波が三陸海岸沿岸を中心に襲来し、日本各地に被害をもたらした。死者・行方不明者は142人であった。

 

2.東日本大震災の状況

  2011年3月11日14時46分、マグニチュード9.0という「千年に一度」ともいわれる東日本巨大地震が太平洋三陸沖を震源として発生した。

 東日本巨大地震は、巨大な津波を引き起こし、津波の遡上高は明治三陸地震の38.2mを超える43.3mを記録した。また、1923(大正12)年9月1日の相模湾北西沖を震源として発生した関東大地震のマグニチュード7.9、1995(平成7)年1月17日の阪神淡路大震災のマグニチュード7.2をはるかにしのぐ巨大地震であった。

 東日本大地震のエネルギーは関東大地震の14.5倍に当たる。地震のマグニチュードは0.1上がるごとに約1.4倍ずつエネルギーが大きくなる。東日本巨大地震は、巨大な津波を引き起こし、東北地方の太平洋沿岸地域を中心に未曾有の被害をもたらした。また、原発では大量の放射性物質の放出を伴った原発事故が発生した。

 首都圏でも住宅やビルが損傷、火災も発生した。交通網も広域で麻痺し、自宅に戻れない「帰宅難民」が大量に出た。電話回線も携帯電話を中心に東北地方から関東地方にかけて通じにくい状態が長時間にわたって続いた。

 

写真-1東日本大震災(出典:時事ドットコムニュース)

(1)東日本大震災による人的被害

 東日本大震災による犠牲者は、2011年4月5日時点で、死者は1万2千321人、行方不明者は1万5千347人となった。そして、東日本大震災6年後、死者は1万5千894人、行方不明者は2千546人(警察庁のまとめ:2017年12月8日時点)、となった。また、避難生活による体調の悪化などによる「震災関連死」は3千647人(復興庁のまとめ:2017年9月末時点)となり、「震災関連死」を含めた東日本大震災による死者と行方不明者は2万2千人を超えた。

 2018年3月7日、大津波で大きな被害を受けた宮城県女川町の女川湾沖合で、宮城海上保安部による震災行方不明者の捜索が行われた。宮城海上保安部巡視船「くりこま」の潜水士8人が捜索に当たった。同湾付近での捜索はこれまで50回以上実施されてきた。 同町では2018年2月9日時点で、253人の行方が不明となっている。この日の捜索は午前と午後で計約1時間、潜水士らは海に向かって黙祷し献花をした後、水温6度の中、直径20mの範囲を捜索した。午前の捜索では水深約20m地点で車1台が見つかり、ナンバープレートなどが引き上げられた。捜索終了後、同船潜水班の藤田伸樹班長は「まだまだ手掛かりはあることを再認識した。今後も可能な限り捜索したい。」と語ったように、今後も被災地における捜索活動は行われると考える。被災者の心に寄り添った捜索活動が続けられることを心から願わずにはおられない。

(2)東日本大震災による家屋等の被害

 総務省消防庁(2011年時点)によると、東日本大震災によって、全国で全壊した建物は、約13万棟となっている。一方、国土交通省の浸水区域を対象とした調査(2011年8月4日時点)によると、約12万棟の建物が大津波により全壊した。

 建物被害は住宅に限らず、公共建築物や商工業建築物全般に及び、被害形態も地震動による倒壊や破損に加え、大津波による流出・破損・浸水、津波到達後に発生した火災による焼失、地滑りや崖崩れによる倒壊・破損、さらに地盤の液状化に伴う沈下・傾斜・破損など多岐にわたって被害が生じ拡大した。

 国土技術政策総合研究所と建築研究所が連携して行った「被災地調査に関する報告書」によると、建物の被害状況について次のようなことが分かった。

 ① 地震動により被災した建物の建築年度を調べると、旧耐震基準で設計された建物に被害が多い。

 ② 適切な耐震補強・改修が施された建物の多くは被害を免れている。

 ③ 地盤構造による地震動の増幅に起因すると判断される被害や、杭基礎構造物(注1)の傾斜被害

   も多くみられた。

 ④ 新耐震基準で設計された建物は、構造部材に軽微なクラックや、コンクリート落下などはみられ

   たが、主体構造の被害はほとんどなかった。

 復興に当たっては、①~④の事項を教訓として、建築物の耐震構造化を図り、家屋等は津波被害のない高台に建築し、コミュニティとして機能できるような「まちづくり」を基本とすることが重要かつ必要であると考える。

(3)世界最強の防波堤の崩壊

 三陸沿岸を襲った大津波は、世界有数の規模を誇る岩手県釜石港湾口防波堤(最深63mの海底に東京ドームの7倍に当たる700万m3の巨大なコンクリート塊を沈め、その上部に全長2km、海上に高さ8m、厚さ20mのコンクリート壁)のほとんどが崩落してしまった。

 釜石港湾口防波堤は、「明治三陸地震」「昭和三陸地震」「チリ地震津波」などの教訓を活かして、マグニチュード8.2の揺れや三陸地方沿岸で相次ぐ津波災害に対処するために建設された。国の直轄事業として、1978年から30年間をかけ、1500億円余りの巨費を投じて2009年3月に完成したしたばかりであった。

 「世界最強」として、ギネス記録に認定されていたが、東日本巨大地震のマグニチュード9.0は、明治三陸地震の7倍のエネルギーには、耐えられなかったものと考えられる。

 世界有数の規模を誇ってきた釜石港湾口防波堤は、誰もが崩壊するはずはないと考えていた世界最強の防波堤であった。しかし、瞬時に崩壊した。まさに安全神話の崩壊である。

 この惨状を目にした人々は、自然の美しさに触れ、自然と親しむ「自然への畏敬」とは全く逆の自然の巨大な力「自然への畏怖」をもったに違いない。しかし、この惨状を嘆き悲しんでいるだけでは何も解決できない。

 復興に当たっては、国民一人一人が自然災害を克服していく意欲と知恵を創出し、被災者の支援を積極的に続けていくことが、最も重要な課題であると考える。

(4)東京電力福島第一原子力発電所の事故

 東日本大震災による原発の事故は、巨大地震と大津波が直接的な原因である。安全性では世界最高水準と評された日本の原発が、無惨な姿を晒しているのは紛れもない事実である。

 東日本大震災に引き続いて発生した原発事故は、原子炉3機のメルトダウン(炉心融解)、メルトスルー(炉心貫通)など、大量の放射性物質の放出という、未曽有の大事故となり、原発周辺の環境汚染が拡大した。

 原子炉の損傷や放射性物質の放出・拡散による住民の生命・身体の危険を回避するために、国は原発事故直後から避難指示を出した。事故の深刻化に伴い徐々に避難指示区域が拡大された。その後、2015年の6月、帰還困難区域(注2)を除いた区域の避難指示を2017年3月までに解除する方針を示した。しかし、2017年4月1日現在、大熊町、双葉町の全域と浪江町の一部は、帰宅困難区域を解除されていない。

 

図-1福島第1原発原子炉建屋の構造号機(出典:毎日新聞 福島原発図説集)

 原発では山側から海に流れ出ている地下水のうち、1日あたり約150トンが原子炉建屋に流れ込み、新たな汚染水となっている。このため、「汚染源を取り除く」「汚染源に水を近づけない」「汚染水を漏らさない」という3つの基本方針に基づいて、万が一、汚染水が港湾内へ流れ出るリスクや、貯蔵タンクから汚染水が漏れ出るリスクに対し、様々な対策が実施されてきた。

  2016年3月には、汚染水の増加を抑制する「凍土壁」の凍結が開始された。凍土壁は、建屋の周囲に約1500本の凍結管を差し込んで一30℃の冷却液を流し、土壌を凍らせて壁を作る。全長は1.5km、壁の深さは30mで、流れてくる地下水をせき止め、汚染水の増加を抑制する目的で設置された。

  東京電力は、凍土壁も含めた複数の対策の結果、2015年12月からの3ヵ月間と2017年12月からの同期間を比較した場合、1日約490トンだった汚染水発生量が約110トンまで減少したと発表した。凍土壁による汚染水発生量の抑制効果は、1日約95トンと結論付けた。しかし、一方では原子力規制委員会も含めて、凍土壁の効果に疑問を投げかけている専門家も多い。

 

3.東日本大震災の復旧・復興の現状と課題

 復興庁は、2017年11月、「東日本大震災からの復興の状況に関する報告書」をまとめた。その報告書には、「復興期間を2020年度までの10年間と定め、復旧・復興に向けて、総力を挙げて取り組んできた。」と記述されている。

 これまでの取組の結果、「岩手県釜石港湾口防波堤」「大船渡湾口防波堤」が完成した。地震・津波被災地においては、生活に密着したインフラの復旧はほぼ終了し、産業・生業の再生も進展しているとされている。また、高台移転の宅地は80%が完成し、2018年度には、おおむね完了するとしている。しかし、完成した高台、例えば岩手県大槌町の高台移転(6ページ「岩手県大槌町赤浜地区」の写真)の状況をみると、再建された住宅は少なく、空き地が散在している。避難者の高台移転には、ブレーキがかかっているように考えざるをえない。いまだに約7万3千人の避難者は、東日本大震災前に生活していた居住地に戻れない状況が続いている。

(1)岩手県釜石港湾口防波堤の完成

 釜石港湾口防波堤災害復旧工事が、2012年2月26日に始まり、工事着手より6年1カ月の歳月を経て、2018年3月27日、鋼と鉄筋コンクリートの合成構造による釜石港湾口防波堤が完成した。総延長1960m(北堤990m、南堤670m、開口部300m)の釜石港湾口防波堤である。防波堤上に高さ6mの鋼製セルを据付け、プレパックドコンクリート(注3)による構造となり、大震災前の機能を回復した。

 

写真-2釜石港湾口防波堤の完成(出典:釜石港湾事務所)

 釜石港湾事務所の下沢治所長は「防波堤の完成で、港をより安全に使うことができるようになった。物流が増えて復興の後押しになることを期待したい。」と話したように、防波堤は湾の入り口にあり、津波の流量を抑えるとともに、外海の潮流や波を遮断し、港内を穏やかに保ち、安全な港湾環境が整い、復興や経済活性化につながることが期待される。

 釜石港湾口防波堤の完成に先だって、大船渡湾口防波堤も2017年3月19日完成した。5年掛かりの災害復旧工事であった。

(2)生活に密着した公共インフラの復旧・復興の状況

 被災地域の安全を確保するための各種インフラの復旧・復興は、被災者が安心して住める「まちづくり」の基盤である。被災者支援や生活に密着した公共インフラ復旧・復興や「新しい東北」の創造に向けて、復興庁が2018年1月末時点で示した「道路」「鉄道」「水道施設・下水道」「学校、病院」など、公共インフラの本格復旧・復興の進捗状況は、下記の通りである。

 ① 道路

     主要な直轄国道の99%に当たる1.159kmが復旧し、県市町村が管理する被災道路の6.2

  93路線の95%に当たる5.951路線が復旧した。また、復興道路・復興支援道路(570k

  m)として着工した道路の52%が完了した。

 ② 鉄道

   被災した鉄道路線延長2千350.9kmの97%に当たる2千274.7kmが復  旧し、既

  に運行を開始している。JR常磐線は、2019年度末までに全線開通予定になっている。

 ③ 水道施設・下水道

   水道施設は97%が完了し、未完了の施設は現在工事が行われている。通常処理に移行した下水

  処理場は100%完了した。

 ④ 学校・病院

   学校施設は2千340校のうち2千301校が復旧し、病院施設は182か所のうち、177か所が復旧した。

(3)住まいとまちの復興

 復興庁によると、避難者の住宅の受け皿の一つとなる「災害公営住宅」の完成率は、昨年の90%から、2018年1月時点では94%、移転して自宅を再建するための高台移転の宅地は80%が完成し、2018年度内には、おおむね完了するとしている。

 今後、帰還者が増えるとしても、その中には高齢者の割合が多いはずである。高齢者や障害者が、住宅から商業施設や公共施設、医療施設などへの移動が容易にできる か、被災者が安心して暮らせる「まちのにぎわい」、高台移転が高齢者や障害者の付加にならないバリアフリーなど、被災者一人一人の心により添ったサービスが考慮された再生になっているかを改めて考える必要がある。

 また、住宅・生活再建に関する相談支援など、孤立を防ぐ仕組みや生きがいづくり、被災者一人一人の心により添ったサービスが考慮された「心身のケア」、新たなコミュニティの形成などの支援体制が確立しているか、改めて見直しをしていく必要がある。

(4)産業・生業の再生

 復興庁の「東日本大震災からの復興に向けた道のりと見通し」によると、営農再開可能面積は89%(18年1月末時点)、水産加工業施設の再開は95%(17年12月末時点)まで復旧した。

 また、復興庁が被災地における早急な事業再開を支援するための仮設工場・仮設店舗の整備やグループ化補助金による施設の復旧・整備等の支援の結果、仮設店舗から本格店舗への移行、商店街の再建などにより、販路の回復・開拓が進んできた。しかし、被災者の生活再建や地域経済の立て直しなどへの対応はどのようになっているか、改めて見直す必要がある。特に、福島県の農林水産業の再生に向け、風評の払拭を「官・民」一体となって、取り組んでいくことが重要であると考える。

 今後、被災地の産業復興を更に進めるに当たっては、復興のステージの進展に応じて生じる課題に対して的確に対応するとともに、被災地により多くの人や企業を呼び込み、地域の活力の底上げを図る取組が重要である。また、被災地の自立につながり、持続可能で、地方創生のモデルとなるような復興を実現するため、事業者の経営力を高め、自立を促す取組が必要である。特に、福島県の原発災害からの復興に当たっては、被災者の方々の帰還に向けた環境を整えるための取組も進める必要がある。

 また、観光については、東北の外国人宿泊者数を2020年には150万人宿泊できることを目標に掲げ取組を強化しているが、東北の復興の状況を多くの外国人に理解してもらうための具体的な取組を早急に進めていかなければならない。

(5)被災者支援

 2018年2月13日、復興庁は双葉・浪江町の住民を対象とした、「原発事故による避難者等に対する住民意向調査」の結果を公表した。

 調査結果によると、帰還するかどうかの住民意向は、「まだ判断がつかない」との回答が双葉町で26.1%、浪江町で31.6%となり、ともに1年前の前回調査から3ポイント余り増えた。一方、「戻らない」との回答が双葉町で61.1%、浪江町で49.5%となり、1年前の前回調査から双葉町で1.2ポイント減、浪江町で3.1ポイント減となっている。また、原発事故の避難指示が昨年春に一部で解除された福島県の4町村のうち、富岡町と浪江町の住民の約半数が帰還しない意向を示している。医療面や原発への不安、買い物の不便さなど理由はさまざまで、避難先での生活の定着が進んでいる実態も浮かんできたと考えられる。

 2018年3月7日時点では、全域が避難指示区域となっているのは双葉町と大熊町の2町である。双葉町は帰宅困難区域と避難指示解除準備区域、大熊町は帰宅困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域となっている。避難生活が長期化する中、被災者の心の健康への影響や、コミュニティの形成等、復興の進展に伴う課題にどう対応するかを考えるとともに、特に高齢者や障害者一人一人に寄り添ったケア等は早急に進めることが必要である。

 

4.東京電力福島第一原子力発電所廃炉に向けて

 原子力発電は、世界中で約50年前から行われてきた発電方式である。その特徴は、発電段階においてCO2を全く排出せずに大量の電力を安定して供給することができること、また、使い終わった燃料を再処理することにより再利用できることから、エネルギー資源小国の日本における発電方法として重要視されてきた。

 日本は、アメリカ、フランスに続いて、「54基」(世界第3位)もの原発を持つ国である。2018年4月3日時点における稼働している原発は7基であるが、2基は定期検査中である。

 2012年4月19日には、福島第一の原子炉1~4号基、2014年1月31日には、5~6号基、原発の原子炉を全て廃炉にすることが決定された。

 原発の廃炉作業は、これまで世界で経験のない困難な取り組みであり、すべての状況が把握できる通常の工事などに比べて、不確実性を内在したプロジェクトである。

 炉内は放射線量が高く、明かりがほとんどない過酷な状況である。また、進入経路がせまく障害物も多い、想定外の干渉物が存在することがあるなどの困難が伴う。

 そこで、調査にはロボットを活用し、人が直接見ることのできない建屋内部の放射線量や破損状況など、様々なデータを取得し、内部状況の把握に挑戦している。これまで、経路に応じて形状が変化するロボットや、水中を泳ぐことのできるロボットなど、状況に応じた最適なロボットを開発し、遠隔操作で調査を行ってきた。調査の結果、炉内の状況が画像で確認でき、燃料デブリ(残骸)が大量にあることが分かってきた。現在、燃料デブリ取り出しに向けた検討がされている。2021年からの燃料デブリ取り出しに向けて、内部調査や、デブリ取り出しに向けた技術開発を進めている。ロボットを遠隔操作してデブリを砕いて容器に入れ、少しずつ取り出す場合、廃炉作業の完了は、2041~2051年に完了としている。

 

5.新しい東北の創造に向けて

 東北地方は、東日本大震災前から、人口減少、高齢化、産業の空洞化等、現在の地域が抱える課題が顕著であった。したがって、大震災復興を契機として、これらの課題を克服し、我が国や世界のモデルとなる「新しい東北」を創造する取組をすることが何よりも重要である。

 それには、将来を見据えて地域の課題を解決する「工夫」や、地域やまちの魅力を引き出す「特徴」を創り上げる必要がある。例えば、まちづくりの分野において、「身近な楽しさを、家族や仲間と分かち合う暮らし」をコンセプトとして、住民自身の声を反映させながら、「住民が集まりやすい集会所」「集まりたくなる集会所」など、地域を活性化するセンターをデザインしたり、学校・幼稚園(保育園)、医療施設等を「まち」の中に建設したりするなど、被災地に戻ってきた住民が安心して暮らしていけるように、持続可能な地域経済の実現を目指した産業の復興を進めることが必要である。

 特に、観光は地方活性化が期待される産業の一つである。宿泊、交通、飲食など幅広い業種への振興につながるだけでなく、地域のブランド化による企業誘致、定住・移住促進などにも弾みがつく可能性がある。2020年東京大会を目指して、三陸地方の優れた景観の整備とともに、観光施設の復興をはじめ、観光に訪れた人々が目を見張る「まち」の姿を創りあげたいものである。

 2020年東京大会の組織委員会は、大会のテーマに「復興五輪」掲げている。聖火リレーは、被災3県は東京都外で複数の競技会場がある4県と同様、他道府県より1日多い3日間が宮城・岩手・福島県にそれぞれに決定した。また、リレー実施前には、ギリシャで採火した種火を「復興の火」として被災3県で巡回展示される。被災地をアピール絶好の機会である。東日本大震災からの復旧・復興の姿とともに、東北の創造の状況を世界中の人々に知っていただく、絶好の機会である。

 

 

♦ 注釈

  注1 杭基礎:主に軟弱な地盤における構造物の建設において、浅い基礎では構造物を支えること

    ができない地盤の場合に、深く杭を打ち込み、構造物を支える基礎

  注2 帰還困難区域:放射線量が高いレベルにあることから、バリケードなど物理的な防護措置を

    実施し、避難を求めている区域

  注3 プレパックドコンクリート:粗骨材を施工箇所に先詰めし、その粗骨材の間隙に特殊モルタ

    ルを注入することによって作るコンクリートである。特に水中で作られることが多い。

 

♦ 参考・引用文献

 1 東日本大震災からの復興に向けた道のりと見通し(復興庁 2018年2月)

 2 時事ドットコムニュース(2018年2月13日)

 3 被災地調査に関する報告書(国土技術政策総合研究所・建築研究所:2011年)

 4 東北に被害を及ぼした主な地震、津波の被害状況(国土交通省 東北地方整備局)

 5 東北に被害を及ぼした主な地震、津波の被害状況(国土交通省 東北地方整備局)

 6 警察庁緊急災害警備本部広報資料(2018年3月9日)

 7 国土技術政策総合研究所と建築研究所(2011年)

 8 毎日新聞(2018年2月16日)、産経ニュースデジタル版(2018年3月7日)、日本経

  済新聞(2018年4月6日)

 9 復興7年の現状と課題(2018年3月)復興庁ホームページ

10 東日本大震災(総務省消防庁2011年:第146報)

11 国土交通省都市局 東日本大震災による被災現況調査結果(第1 次報告:2011年8月4日)

12 我が国における原子力発電の現状(出典:経済産業省 エネルギー省 2018年4月)

13 本大震災からの復興の状況に関する報告書(復興庁:2017年4月)

14   交通省東北地方整備局 釜石港湾事務所(2018年3月27日)

15 新しい東北の創造に向けて(復興庁:2018年1月)

 

                                    2018年5月20日

 東日本大震災を起こした自然の巨大なエネルギーは、地域の環境ばかりではなく、この地域に住む人々が営々と築き上げてきた文化や歴史まで根こそぎ奪い去ってしまった。また、原発事故に伴う野菜や水道水の放射線濃度の上昇、原子炉の冷却作業を行った作業員の被爆事故や放射線被害は拡大した。地域住民の遠隔地への避難等の長期化は現在も続いている。

 原発は安全確保のため、三重の構造になっている。最も内側は原子炉、それを格納容器が覆い、外側に原子炉建屋がある。

 原発は、火力発電のボイラーを原子炉に置き換えたものである。火力発電は、化石燃料を燃焼させて得た熱エネルギーで水を沸騰させ、水蒸気の力で蒸気タービンを回転させて電気を起こす機器である。一方、原子力発電は、ウランを核分裂させて得た熱エネルギーで、水を沸騰させ水蒸気の力で蒸気タービンを回転させて電気を起こす機器である。原発の中には複数の原子炉がある。

◀岩手県大槌町(出典:毎日新聞)

 左の写真は、2018年2月16日、毎日新聞社機「希望」から撮影した「岩手県大槌町赤浜地区」の現状である。

 この現状から、帰還した住民はまだ少数に過ぎないと考えられる。完成予想では、すき間無く住宅が建ち並ぶはずが、空き地が広がっている。使用予定のない区画も多いように考えられる。