提言14: 新しい発想を付加した総合的な学習の時間
中教審は、答申の中で「総合的な学習の時間において、補充学習のような専ら特定の教科の知識・技能の習得を図る教育が行われたり、運動会の準備などと混同された実践が行われたりしている例も見られることや学校間・学校段階の取組みの実態に差がある状況を改善する必要がある」と指摘している。
このような実態は多くはないと考えるが、一部とはいえ、このような実態を放置することはできない。ぜひ改善する必要がある。そこで、当然のことではあるが、教科学習との連携を強化することが強調されるようになった。人が学ぶとは、具体的な自然や社会と交流し、そこで課題を発見し解決を目指し、情報を操作する心の活動をいう。とすれば、教科で学習した知識や理論なしに学習は成立しないこととなる。
新学習指導要領「第1章総則 第1教育課程編成の一般方針」に示されているように「各学校においては、法令及び学習指導要領に示すところに従い、地域や学校の実態・児童生徒の心身の発達段階や特性を考慮して、適切な教育課程を編成するもの」とされている。
この指摘は、特に総合的な学習の時間に当てはまる。昨今、学力向上への熱い期待もあり、総合的な学習の時間の学習が縮小されるのではないかという声がないわけではない。しかし、人が生涯にわたって学ぶ意味は、人間らしく毎日を生きる力を身に付けることであり、そのためには、具体的状況においてすでに獲得している知識を活用することが必要である。知識を活用して、人間らしく生きるための学習をすることを基本とする総合的な学習は極めて重要な学習になる。
ただ、その学習は、地域により学校により独自性を持っており、各学校での創意工夫が大いに期待されるのである。
改訂の基本について、中央教育審議会答申は次のように示している。
「改善の基本方針」
教科等の枠を超えた横断的・総合的な学習、探究的な活動となるよう充実を図る。
以上の記述から、「総合的な学習の時間」に関する改訂の基本は、教科横断型の総合的な学習活動、探究的な活動を充実することであると考える。
また、同答申は、「5.学習指導要領改訂の基本的考え方」において、学力の重要な要素として次の3点を示している。
【1】 基礎的・基本的知識・技能の習得
【2】 知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等
【3】 学習意欲
この観点から、総合的な学習活動を充実する方策として、教科横断型の学習の必要性を感ずる。教科では、系統的な知識・技能の習得に力を入れている。しかし、知識・技能は習得だけでは意味がない。それを活用する学習が必要である。現行の学習指導要領では、その知識・技能を活用する学習を全教育活動で展開するという方針であるが、特に総合的な学習の時間に期待している。
従来、ややもすると、知識・技能の習得と探究的な学習と相対立するもの二者択一的なものと理解されがちであったが、両者は活用という意味において密接に連動している。各学校において、教育課程の編成に当たって、教科学習と総合的な学習活動との役割分担・連携にきめ細かく配慮する必要がある。
新学習指導要領には「指導計画の作成と内容の取扱い」について、次の諸点を新たに指摘している。
≪小学校・中学校≫共通
(1)教科等の枠を超えた横断的・総合的な学習、探究的な学習であること。
(2)日常生活や社会との関連を重視すること。
(3)自分自身に関することや他者や社会とのかかわりに関することなどの視点を踏まえること。
(4)地域の人々の暮らしや伝統と文化などを重視すること。
(5)道徳の時間との関連に配慮すること。
(6)教師が適切な指導を行なうこと。
(7)他者と協同して問題を解決しようとすることを重視すること。
(8)言語により分析し、まとめたり表現したりすることを重視すること。
(9)各教科、道徳、外国語活動、特別活動との相互の関連に配慮すること。
(10)情報に関する学習を多面的に配慮し、積極的に推進すること。
(11)特別活動の学校行事に掲げる各行事の実施に替えることができること。
≪中学校≫
職業や自己の将来に関する学習を重視すること。
上記の諸点に関して、本会はどのように解釈するかを参考までに以下に示す。
1)教科等の枠を超えた横断的・総合的な学習、探究的な学習であること。
これまで、総合的な学習を、毎日の生活に基づく体験だけを基本として考える傾向があったが、今回の改訂では、教科学習との関連を重視している。各教科でも、実際の生活に立脚した体験・経験を重視しているが、同時に教科としての体系的な知識・技能の学習を重視している。このような各教科の学習をクロスさせることを基本にして、総合的な学習の時間の学習をより充実しようとしているように考えられる。この発想は、イギリスで必修化されているクロス・カリキュラー・アクティビティーズの考えと共通するものを感じる。
2)日常生活や社会との関連を重視すること。
PISAでは、学力として日常生活で必要な判断力を重視している。この発想は、1970年代以来、アメリカの認知心理学・認知科学で重視された学力観であり、日本でも、人が学ぶ意味をこの発想から考えるようになってきている。知識基盤社会において、人は常に具体的な状況において情報を正確に判断することが求められる。その際、人間社会がこれまでに築いてきた体系的な知識を活用することが必要である。新しい総合的な学習はこの発想を基盤にしているように見える。
3)自分自身に関すること、他者や社会とのかかわりに関することなどの視点を踏まえること。
「肯定的な自己理解と自己有用感の獲得」(「キャリア教育の推進に関する総合的な調査研究協力者会議報告書」平成16年1月28日)の必要性が強調されている。「肯定的な自己理解と自己有用感の獲得」が達成できない児童生徒は、引きこもりがちになる、社会的なルールを無視する、いじめに走るなど、自己防衛的な不適切な行動に走ることも憂慮される。
4)地域の人々の暮らし・伝統と文化などを重視すること。
巷間、ローカル・コミュニティの崩壊が言われている。しかし、われわれは、身近な人々によって形成され、親近感を基盤に日常生活において相互支援の関係にある地域社会を、教育の基盤として大事にしたい。また、日本が伝統的に形成してきた日本文化を大事にしたい。日本文化の特徴として、豊かな自然環境を基盤に形成された豊かな人間性がある。また、ややもすると閉鎖的な文化と目されがちであるが、多彩な外国文化との交流によって作られた豊かな国際性もある。このような日本文化への理解と郷土愛を大事にしたい。
5)道徳の時間との関連に配慮すること。
人は本来、善・正義を判断できる理性の力とその善を遂行しようとする心情・意欲・態度を持っている。この人間への信頼感に依拠する道徳教育と総合的な学習の時間の学習とは緊密な関係にある。両者の関連に配慮した学習活動の構想と実践での創意工夫が期待される。
6)教師が適切な指導を行なうこと。
総合的な学習について、体験活動・児童生徒の自発的な学習を重視するあまり教師が指導をためらう傾向があったという反省がある。学校での教育活動は、教師の計画・指導で展開されるべきものであり、教師が適切な指導を行なうことはもちろん重要である。この点も、授業研究などで具体的に追究していくことが期待される。
7)他者と協同して問題を解決しようとすることを重視すること。
自己有用感を獲得することの必要性は、(3)において述べた。一方、他者との協調の大切さも指摘されている。日本の子ども達に強い孤独感があるというのは各種調査等でも明らかになっている。自分らしさを大事にしつつ、他の人と交流し協調できる社会性・コミュニケーション能力の育成が期待される。この考えから、最近、アサーションの意義が強調されている。これについては、本HPの「最先端の教育情報」を参照していただきたい。
8)言語により分析し、まとめ、表現することを重視すること。
今回の学習指導要領改訂のひとつのポイントは、言語活動の充実ということである。この点については、本HPにおいて、すでに提言しているところであり、総合的な学習を構想するに当たっても参照して欲しいと考える。人が課題に直面し思考するとは、既得の知識(知識とは、自然現象・社会現象を言葉によって整理し体系化したもの)を活用して、情報・データ・記号つまり言葉を操作することであり、言語抜きに思考はありえない。
9)各教科、道徳、外国語活動、特別活動との関連に配慮すること。
この視点が、今回の改訂の基本であると考える。前述のように、教科等の枠を超えた横断的・探究的な学習が総合的な学習活動の基本である。
10)情報に関する学習を多面的に配慮し、積極的に推進すること。
至る所にコンピュータが配置され、世界中の情報が即座に入手できる、いわゆるユビキタス社会が現実化してきている。ICTを活用しての学習活動の展開は世界的に進行している。特に探究活動を展開する総合的な学習においてはこの発想が重要になる。
11)特別活動の学校行事に掲げる各行事の実施に替えることができること。
探究的・体験的学習を基本とする総合的な学習活動において、特別活動との関連は重要である。しかし、総合的な学習活動は知的な活動であり、活動の遂行の後での知的な整理の段階が必要である。学習過程で、この点の位置付けを明確にすることが望まれる。
殊に中学校では、前述の通り
職業や自己の将来に関する学習を重視すること。
人が人間らしく生きるためには、どういう職業について、いかに働くか、どのように学習を展開するか、どのように家族を構成するか、社会の一員としてどのように責任を果たすかについて、生涯にわたり不断に考える必要がある。特に、いかに生きるかを現実的に考えるようになる中学校段階で、この点についての指導を展開する必要がある。その役割が、総合的な学習の時間に期待される。
以上、新しい発想を加味した総合的な学習の充実について、東京都教育会としての考えを掲載したが、一校の責任者である校長先生方はどのように考えて教員を指導しておられるのか、ご意見をいただければ幸いである。