提言15: 学習意欲の喚起・育成について
昨年のOECD PISAの結果を見ても分かるように、日本の子ども達の学習に対する意欲や関心の低さは、学力低下よりも深刻に受け止める必要がある。学習意欲の喚起や育成について数回に分けて提言したい。
学習意欲を育むには、子ども達が、学ぶことで「わかる喜び」「できる喜び」を味わう必要がある。
教師は、「意欲的な行為」の特徴について、次の2点を理解しておく必要がある。
1 学習意欲を育む授業の雰囲気について
意欲はヒトの情意に深く関わるものであり、情意に基づく行為は、他から強制される性質のものではなく、極めて主体性が強い行為である。従って、学ぶ意欲を育成するには、授業をすすめるに当たって、子どもの主体的な行為を発揮しやすい雰囲気をつくる必要がある。
子どもの自発的学習を促進する学習環境を応答的環境という。ムーアが提唱した概念である。ムーアは応答的環境を、5つの条件を満たす環境と定義。
@) 子どもが自由に探索できること
A) 子どもの活動の結果がすぐに子どもに知らされること
B) 子どもが好む自由な進度で活動できること
C) 環境内の諸関係を見出すために、あるいは問題を解決するために、子どもは自分の能力を十分に発揮できること
D) 発見された構造(知識)が、他に応用できる一般性を持つこと
「応答的環境」の下で学習活動を進めるには、以下の諸点に留意する必要があろう。
(1) 受容的な態度で子どもに接する。
子どもの目を見ながら聞く、うなずいて聞くなど、子どもの心の動きをわかろうとする態度をとる。(教師が、受容的な態度を身体で表現する必要がある)
(2) 子どもの反応を支持し励ますことばかけや態度をとる。
「いいね、もう少し、がんばれ、なるほど」などのことばかけや微笑み、温かい眼差しなどの態度をとる。
(3) 子どものペースで授業を進める。(ゆとりのある授業)
(4) 授業のねらい、進め方などを、子どもにも知らせる。
(5) 子どもがつまずいたとき、子どもの考えに即した適切なアドバイスを与える。
(6) 学習に関する子どもの反応に、適切なフィードバック(KR情報[knowledge of results])が与えられる。
フィードバック情報は、教師からの場合と子どもからの場合がある。
(7) 教師が指示するときと、子どもが活動するときの区別を明確にする。
(8) 子どもの悪い態度等をすぐに点数化したり、皆の前で公表しない。
(9) 子どもの主体的な活動(自由に調べたり、試したりすること)が許される。
(10) 学習活動に関わる子どもの行為が他から批判されない。
(11) 誤答が許される。やり直しがきく。
(12) 「分ける」「まとめる」などの、子どもの主体的な活動に結びつく操作活動や体験的な学習活動を多く取り入れる。
2 外的動機づけについて
一般に褒めたり罰したりして、考える行為を外から強制する「外的動機づけ」はよくないとされているが、ときとして外部から強制して考える行動を起こさせる必要もある。
外的動機づけには、次が考えられる。
@) 賞罰を適切に与える。
賞罰については、以下がいわれている。
ア) 賞罰の効果は、与えられた賞や罰を子どもがどの様に解釈するかによる。
イ) 賞は罰より効果が大きい。賞は行為の正しさを示す。これを賞の認知的効果という。
特に、内向的な子どもや幼児には賞が効果的である。
ウ) 関心のない学習に対する賞罰は効果がない。
エ) 罰は個人的に与える。(人前で与えない)
オ) 賞罰はできるだけ早く与える。(遅くなるとフィードバック機能が失われる)
カ) 賞罰は首尾一貫したやり方で与える。
キ) 報酬の効果は、子どもの報酬に対する期待水準に関わる。従って、成果を認めて欲しいと思う子どもに対しては十分に認めることが大切である。
賞罰は、具体的な行動に焦点を当て褒める、あるいはしかるときに、その効果を発揮する。
「気をつけなさい」、「勉強しなさい」といった、一般的な注意の喚起はあまり意味を持たない。「〜に注意しなさい」、「〜を調べなさい」というように、具体的に指示する、あるいは「〜をしたからよかった(悪かった)」、「〜をしないことが、この結果をもたらした」というように、具体的な行動を褒め、あるいは注意することが大切である。
A) 協力や競争を用いる。
ただし、過度の協力や競争は、焦りや不安を引き起こす。その度合には留意する必要がある。
B) 集団の圧力を用いる。
子どもに集団の一員であるとの意識(所属意識)があり、その集団に考える雰囲気があると、子どもは、自分も考えざるを得ないと感じるようになる。学級が課題解決に向けて、行動を一にするとき、その学級に属する子どもは、課題解決に励むようになる。
3 内発的動機づけについて
考える行為そのものに価値を見出し、考えを続けることが内発的動機による行為である。
例えばパズルのように、ねらいがはっきりしていて、しかもそれを解くための手段が手元にあり、解ける可能性が感じられるとき、ヒトはその解決に向けての行動を起こす。
内発的動機には以下がある。
1)知的好奇心
ヒトは、自分の持っている知識や信念などとの間に葛藤、不一致、不協和を起こす情報が与えられると、それらを解消しようとする欲求が生じ、その原因の探索に走る。認知的ズレが知的好奇心を生み、それが探索行動を生むのである。
知的好奇心を生むのは適度の認知的ズレである。あまりにも大きなズレは不快感や恐怖心を起こし、逃避行動を引き起こす。動機づけには知的好奇心を駆り立てる適度の認知的ズレが大切である。
知的好奇心を起こすのは認知的ズレだけではない。例えば自然の美しさや神秘など、ものやことに感動する心が知的好奇心を駆り立てる。
学習意欲を育成するには、知的好奇心を、持続性のある興味へと育てることが大切である。自分の持っている知識や考え方と、新しい情報の間にズレを感じ、あるいは美しさや神秘性に感動し、そこに知的好奇心を感じ、探索行動が生まれ、新しい情報を探索する。その探索行動を通して新しい情報に親しみが生まれ、興味が芽生える。芽生えた興味により、新しい情報に知的価値を見出し、それが持続性のある関心に発展する。
知的好奇心を、教材提示の方法や発問などなどの工夫により持続性のある関心に高める必要がある。
2)課題解決力
一般に、難しすぎる課題や易しすぎる課題は避けられ、難しいが自分の力で何とか解けそうだと思える課題がもっともやる気をそそる。課題に対する解決力の自覚が、学習意欲につながる。
自分は意欲的に学習できるという自信の育成には、学習に関する行為の結果を正しく認識し、それを適切に評価する力が必要であり、この力は、自己を客観的に見つめる反省と、周囲からの適切な指導・助言や承認・激励などにより培われる。そして学習に対する自信が獲得されると子どもは意欲的に学習に取り組み、その経験を積み重ね、学ぶことに満足感をもつようになる。
3)課題解決の原因帰属
学習意欲を高めるには、子どもに学習成果の原因を自分の内的要因に求めてもらう必要がある。すなわち成功は安定要因である能力とそのときの努力に、失敗はそのときの努力不足に求めてもらうことである。能力は取り組む課題により変化するものではないが、努力は変化するものであり、自分で統制することが可能であるからである。もちろん、子どもの能力に適した課題での成功や失敗に対する指導や助言であることはいうまでもない。能力を超える課題での失敗は、その原因を課題の難しさに帰属させる指導は正しい。
4)学習意欲をかき立て、積極的な学習態度を培うための留意点
@) 学習では、子どもの主体的な活動を保証することを指導の基本とする。
A) 子どもが学習のねらいを的確に把握できるようにする。
そのためには、学習のねらいや内容の明確化、具体化を図る必要がある。
B) 子どもがねらい達成の見通しを持つようにする。
学ぶねらいや内容を具体的に示すことが学び方に結び付き、そして学び方がわかることがねらい達成の見通しを立てやすくする。学び方に戸惑いを感じている子どもに、学習の内容や方法を具体的に指導・助言する必要がある。
C) 子どもが学習の流れ(進め方)を理解する。
そのためには、下位目標を適切に設定し、次ぎに何を学ぶかがわかるようにする。さらに学習の過程でつまずいている子ども、戸惑いを感じている子どもに対して、適切な指導・助言を与える。
学習状況についての情報提供や学習の結果に関する情報(KR情報 [knowledge of results])を適切に与えることにより、子どもは学習の進め方を理解し、その進め方に自信を持ち、意欲的に学習するようになる。
教師が留意しなければならないのは、「度重なる失敗は、課題に対する消極的な態度を育て、学習意欲を減退させる。」ということである。
指導に当たる教師は、以上述べてきた項目の中から、それぞれ必要と思われる項目を選んで、授業を実施する際の留意点としたり、授業評価に活用したりして欲しい。そうすることにより、子どもたちの学習意欲が確実に育まれるはずである。
先生方のご意見、ご感想を東京都教育会まで発信していただければ幸いである。
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