提言16: 知識基盤社会における教育
知識基盤社会という言葉が、21世紀の新しい社会・新しい教育を表す言葉として、しばしば用いられている。では、その意味するところは何で、学校教育はどうあるべきなのか。
以下に、東京都教育会の見解を述べてみたい。
1 時代的背景
20世紀末から21世紀にかけて、世界的に、社会、特に、経済が大きく変化してきた。その基本的流れは、産業社会・工業社会から知識社会・知識基盤社会への転換と一般に考えられている。これまで、人間は機械を用いて資源を加工して物を生産し、それにより経済的な利益を獲得して生きてきた。今、人間は物に代わり知識を創造しこれを活用して利益を得ようとしている。そこで、20世紀末、世界的に知識重視の発想が出てきた。
この動きの第一歩として、1999年、ブダペストで世界科学会議が開催され、ブダペスト宣言が採択された。その宣言では、「知識は人類共有財産である」、「科学技術は責任をもって扱われ、乱用されるべきではない」などが確認された。[註]
ついでEU(欧州連合)は、2000年に、今後10年間で「知識基盤社会」の建設を目指す、リスボン戦略を決定した。
2 知識基盤社会と教育改革
知識基盤社会という言葉について、文部科学白書(平成18年度)は次のように述べている。
「知識基盤社会━英語のknowledge-based societyに相当する語。論者によって定義付けは異なるが、一般的に、知識が社会・経済の発展を駆動する基本的な要素となる社会を指す。類義語として、知識社会、知識重視社会、知識主導社会などがある。」(「文部科学白書」157頁)
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知識重視の教育では、目標としては、幅広い知識・柔軟な思考力・創造性などの育成が重視される。日本では、まず、大学教育の分野でこのことが強調された。中央教育審議会答申「我が国の高等教育の将来像」(平成17年)では「知識基盤社会」の特質として次のように示している。
@. 知識に国境がなく、グローバル化が一層進む。
A. 知識は日進月歩であり、競争と技術革新が絶え間なく生まれる。
B. 知識の進展は旧来のパラダイムの転換を伴うことが多く、幅広い知識と柔軟な思考力に基づく判断が一層重要になる。
C. 性別や年令を問わず参画することが促進をされる。
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3 知識基盤社会と初等中等教育改革
この発想は、初等中等教育にも導入される。「学習指導要領等の改善について」の中央教育審議会答申(平成20年1月17日)では、「知識基盤社会」について述べている。その一部を紹介する。
経済協力開発機構(OECD)は、1997年から2003年にかけて、多くの国々の認知科学や評価の専門家、教育関係者などの協力を得て、『知識基盤社会』の時代を担う子どもたちに必要な能力を『主要能力(キーコンピテンシー)』として位置付け、国際的に比較する調査を開始している。
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これを受け、学習指導要領の改訂が行なわれた。文部科学省の「学校教育法施行規則の一部を改正する省令の制定並びに―中略―学習指導要領の全部を改正する告示等の公示について(通知)(平成20年3月28日)では、「改正の概要」において、「『知識基盤社会』の時代においてますます重要となる『生きる力』という理念を継承し、また、『生きる力』を支える『確かな学力』『豊かな心』『健やかな体』の調和を重視した・・」と述べている。
このように、知識基盤社会の教育では、単に知識の量を増やすのではなく、『生きる力』の育成を基本理念として重視している。その生きる力を構成する要素として、前述の、「幅広い知識・柔軟な思考力・創造性」などがあるのである。この『生きる力』を更に初等中等教育に焦点化すると、次の諸点を構成要素としてあげることができる。
@. 基礎・基本を身に付け、いかに社会が変化しようと、自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、より良く問題を解決する資質や能力。
A. 自ら律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性。
B. たくましく生きるための健康や体力。(平成19年度「文部科学白書」27頁)
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4 学校での対策
以上、知識基盤社会について、その時代的背景、教育改革との関係、初等中等教育との関係について見てきた。では、学校では具体的な教育活動の計画・実践でこの理念をどう具現化すべきか。この点の学校教育での基本的な留意事項について、東京都教育会の見解を次に提示する。
『知識基盤社会における学校での学習の特徴』
@. 知的好奇心・課題意識をもとに、思考し、好奇心を満足させ課題を解決する主体的な心の働きを大事にする。
A. 知的好奇心・課題意識は、現実の自然・社会との直接的な出会いを通して形成されるものであり、そのような体験を大事にする。
B. 自ら思考するとは、課題解決のため、各自の知識・認知の枠組みを基盤に情報を操作することであり、既得知識の確認と必要な補充指導は不可欠である。
C. 思考はひとりで行なう場合もあるが、学校の教育活動では、友人と共同で行なうことが基本であり、小グループ学習は重要である。
D. 各児童生徒が獲得した知識を、教師が、人類共通の知識の体系に位置付けて正確に理解にさせることを忘れてはならない。
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[註] 「
科学を育む」(黒田玲子著)中公新書(209〜210頁)