提言20: これからのカリキュラム・マネジメント (2009/4/30 記)
企業経営論で、マネジメントという場合、「組織体としての企業の目的を達成するには、企業の持つ資源を有効に活用することが必要で、そのための組織の効率化に焦点化した工夫」というような意味において用いられている。
この場合の資源・資産としては、旧来は一般に「ヒト・モノ・カネ」をいっていたが、近年はこれに加えて、「情報」「知識」を資源・資産として重視をする。人によっては、企業の「伝統・文化」をこれに加える。更に最近、経営を論ずるとき、「暗黙知」の重要性を主張する流れもある。このような多様な側面から、「資源・資産」を見ていくことが必要であろう。
特に学校校教育で、教育活動の計画・実践に着目してマネジメントをいう場合、「ヒト、モノ、カネ」だけでは不十分で、「情報、知識、伝統・文化、暗黙知」をも加えるのが適切であろう。また、学校という組織を学校内だけに限定するのかどうかも課題になるが、教育活動の計画・実践においては、学校外の資源の活用も重要であり、学校外の「ヒト、モノ、カネ、情報、知識、伝統・文化、暗黙知」も対象にする必要がある。
T. カリキュラム・マネジメントの目的・基本
1-1)学習指導要領・教育委員会の基準
カリキュラム・マネジメントの目的・方法の基本は学習指導要領に示されている。これを遵守する必要がある。なお、近年、教育活動を地域の期待に応ずる形で充実すべきだという意見も強く、教育委員会作成の基準・指示・指導も、この点について充実してきている。このことについても十分配慮する必要がある。
1-2)校長の意思決定のプロセス
学校経営の責任者としての校長の意思決定が、カリキュラムについて明確になされなければならない。ただ、意思決定に至るまでの多様なステップが現実にはある。およそ次のようなステップを踏むのが一般的である。
(1)児童生徒の学習の実態・成果の把握。
(2)地域の生活・文化の実態把握。
(3)保護者の期待要望の把握。
(4)学校内の指導の実態把握。
(5)校長の基本理念の提示。
(6)全教職員の多様な形での教育課程についての研修。実践情報の収集・解析。
(7)全教職員の昨年度の見直し・新しい活動の構想のまとめ。
(8)副校長の指示・指導のもと(4)をもとに主幹・主任等による検討・整理。
(9)教務担当主幹・主任教諭を中心に、教育課程の原案の作成。
(10)原案を副校長の指示・指導のもと、主幹・主任等により検討。
(11)校長の指示により修正し、校長が決定。
U. 教育資源
2-1)学校内
(1)人材(ヒト)
各学校には、多様な力を持った教員がいる。専門とする教科でも得意分野・不得意分野があり、専門以外に力を持っている教員もいる。また、教員以外の職員にも多様な力を期待できる。この多様な力の組織的活用での工夫が必要になる。なお、ここでひとつの課題は、カリキュラム・マネジメントに、児童生徒をどう参加させるかということである。何らかの関わりが必要になるのではないか。
(2)施設設備・予算(モノ・カネ)
多様な特色ある活動を展開するに必要な施設・設備の整備が必要である。例えば、体験活動に必要な条件の整備、ICTに関する機器の整備など創意工夫をこらすことが必要になってきている。このような動向を踏まえ、最近、教育委員会としても学校の計画に応じ、弾力的な予算配分を考えるようになってきている。
(3)情報
例えば、各教師の実践での創意工夫に関する情報、各自の研究・研修成果に関する情報、児童生徒・保護者の動向・要望等に関する情報、危機管理情報、教育活動改善についてのアイディア等の活用が重要である。
(4)知識
教育に関する研究は各国で推進され、また、OECD・CERIを中心に国際的にも情報の交換がなされている。各学校でのカリキュラム・マネジメントでも、この点での知識が必要になる。例えば、学習意欲はどう高めることができるか、学習内容の選定・構成をどういう理論で行なうべきか、学習形態はどうあるべきか、評価はどう行なうべきか、その他各種研究がある。その成果に関する知識を相互に交換することが有意義である。
(5)文化・伝統
学校創立以来の教育理念、独特の教育活動での工夫、独自の教育的雰囲気いわゆる校風、校訓等が各学校にある。人間教育という意味において、この分野も重要である。ただ、社会は急激に変化しつつある。文化・伝統を大事にしつつ、変化に柔軟に応じていく配慮も必要である。
(6)暗黙知
20世紀後半、世界の企業で、知識経営の重要性が強調されてきているが、その際、形式知と暗黙知に二分し、その両方を重視している。特に、近年、形式知よりも暗黙知を重視する論がしきりに論じられるようになってきた。暗黙知の定義としては、例えば、「言語化しえない知識」「経験や五感から得られる直接的な知識」「身体経験を伴う共同作業により共有、発展増殖が可能」(註1)その他の解釈がある。カリキュラム・マネジメントを考える時、「(4)知識」と併せてこの発想が重要になると考える。
2-2)学校外
(1)人材(ヒト)
地域には多様な人材が生活している。特に教育活動が、PISA型の学力観に示されているように日常生活との関連を重視するとなると、地域の人材活用が重要になる。ただ、どのような人をどうやって選定するかの検討課題もある。また、具体的な教育活動においてどのような役割を担当してもらうべきか、更に、個人情報の保護などの検討課題もある。
(2)施設設備(モノ・カネ)
カネは、特に公立学校の場合、外部からの支援は想定外であろうが、モノは、多様に地域にある。教育活動に活用できる施設・設備などを積極的に活用することが、豊かな学習活動を展開する上で有効である。
(3)情報
地域の自然・生活・文化に関する情報を、組織的に集め研究し、教材化することが必要になっている。教育委員会を中心としつつ、地域校長会・教育研究会などでカリキュラム開発などの情報の収集・整理をすることが必要である。
(4)知識
地域住民は多様な経験を積んでおり、多様かつ豊かな知識を持っている。例えば、地域の産業や地域の自然についての知識、職業で獲得した知識、外国での生活で得た知識、その他、魅力的な知識が多くある。この点についても、「(3)情報」と同様の収集・整理が必要になる。人には独自の認知スタイルがあると言われている。それは、毎日の生活を通して自然に形成されるものであり、その意味から、学校での学習において地域での生活の知識を活用することが非常に重要になる。
(5)文化・伝統
地域には魅力的な文化・伝統が多くある。文化という言葉の意味するところは曖昧であるが、『後天的に学習され、集団成員によって分有され、世代を通して継承されてゆくような行動様式と価値観』というのが、文化人類学での伝統的な文化の定義である。」(註1)としている。各自の個性・独自性を尊重することは大切である。しかし、人間は地域社会の一員として学びつつ人間的に成長していくのであり、資源として地域文化という視点は欠くことができない。学校として、この文化活用についての研究が期待される。
(6)暗黙知
地域には、多様な暗黙知が存在している。独自の経験をもとに独自の技術や感性を持っている人も少なくない。このような人の力を活用したい。
V. 計画・実践
3-1)設計(デザイン)
一般にPlan(プラン)と言っているが、20世紀後半からデザインという言葉がしきりに用いられるようになってきている。デザインとは、「人が人間らしく生きようとすれば、自分と自分をとりまく環境との関係について、自身で、他の人の支援を得ながら、修正・加工を加えていく必要があり、この修正・加工そして全体構造作成の行為」を言う。
こう考えると、人の学びこそ、まさにデザインされるべきであり、そのために、専門家たる教師が、多様な資源を活用して組織的に当たる必要がある。
3-2)操作(オペレーション)
一般にDo(ドウ)という言葉が使われているが、ここでは、オペレーションという言葉を用いたい。その意味は、「よく使われるのは、製造業における生産管理業務全般をオペレーションと呼ぶ使い方である。この場合は効率的に品質の良いモノづくりを行なうことをさしている。」「オペレーションの本来的な役割は、持続的な競争上の優位性を生み出すためのシナリオである競争戦略を遂行し、収益を企業にもたらすこと」(註3)
学校教育は、必ずしも競争をするものではないが、目標を効率よく達成するために、組織としての生産活動を有効に遂行するという発想が重要ではないか。
3-3)診断(ダイアグノシス)
一般にCheck(チェック)と言っているが、単に観点を定め、数値で成果を把握し、それを合計したものが、組織全体の評価として科学的だという判断は企業でももはや取らなくなっている。まして、人間形成という超複雑な活動を推進している学校の活動の成果は、観点別に数量化したものだけでは図れない。今、健康についても、観点を決め数値で把握するだけではやっていない。その数値を活用して、現に活動している人間として総合的に判断することが求められている。これが医学でいう真の診断だという発想が一般化しつつある。教育こそ、診断(ダイアグノシス)であるべきだ。
3-4)革新(イノベーション)
診断の結果をもとに、調整をして新しい一歩を踏み出すことも当然求められが、変化の激しい時代、学校教育でも時に大きな転換が必要である。ここで、イノベーション(革新)が重要になる。つまり、組織全体を再構成して、新しくエネルギッシュな活動を展開することが求められる。
【 マネジメントを進める上での留意事項 】
(1) 効率性も意識する
マネジメントでは、効率性が重要な要素になる。学校教育も目的達成を目指す組織の活動であり、効率性という視点も無視できない。しかし、その際の効率性は、ベルトコンベアのスピードをどう決めるのが生産性の向上に連動するかという発想とは少々異なる。人間性豊かな児童生徒を育成するという目的達成において、いかなる活動が有意義であるかを現実に考えて、効率性を考えるべきである。
(2) 診断の重要性を自覚する
経営診断はデータを根拠に総合的に行なうのであるが、その際、冷静な客観性が重要になる。学校教育活動は、基準としての学習指導要領・教育委員会作成の基準に準拠しつつ、児童生徒の実態に即し独自の創意工夫をこらすことが期待されている。それだけに、当事者の自主的な評価も重要になる。データとしては、数値だけでなく、事例の蓄積というような側面も重要になる。
(3) 多くの関係者の知・アイディアを活用する
カリキュラムは、複雑な要素が関係してデザインされるものである。特に、児童生徒の実態に応じ、有効なアイディア豊かなカリキュラムをデザインするには、多くの人の知・見識・アイディア・実践事例等を集約する必要がある。協力的雰囲気の中での意見交換・共同研究をすることも重要である。
(4) 外部の意見に謙虚に耳を傾ける
保護者はもちろんのことであるが、地域住民の期待・要望にも耳を傾けることが必要である。生涯学習の時代、教育・学習活動は、垂直・水平に連携すべきであり、学校教育の専門性・公教育の責任を重視すべきだが、カリキュラム・デザインに当たっては、同時に学校外との連携にも配慮すべきである。
(5) 多様なプロセスを経て、校長が決定する
以上のプロセスを経て、最終的に校長が決定することとなる。今、世界的に人間社会が大きく変わろうとしている。将来の人間社会の在り方がだれにも予想できなくなっているように見える。しかし、児童生徒にとっては、毎日毎日がかけがえのない一日である。教育内容・方法の決定者としての校長の責任は極めて重い。
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(註1)
(1)「知識経営のすすめ ━ ナレッジマネジメントとその時代」野中郁次郎/紺野登著。ちくま新書。1999年 105頁)
(2)中央教育審議会答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について」(平成20年1月17日)の学習指導要領改訂の基本的な考え方において「形式知のみでなく、いわゆる暗黙知も重視すべきである」と述べている。
(註2)「文化人類学を学ぶ」米山俊直・谷泰編。世界思想社。1991年7頁)
(註3)「企業経営入門」遠藤功著。日経文庫。2005年168頁)経営