提言25: 「習得・活用・探究」型の教育をデザインしよう!  (2009/11/22 記)

 平成17年10月26日、中央教育審議会(以下、中教審)は、「新しい時代の義務教育を創造する」を答申した。その答申の第1章「義務教育の使命の明確化及び教育内容の改善」(2)教育内容の改善 ア 基本的な理念・目標の中で、「習得型の教育」と「探究型の教育」についての基本的な考え方を示した。それが新学習指導要領の教育目標・内容改善の基本方針となった。
 一方、教育現場における「習得・活用・探究」型の教育についての受け止め方は、学習指導要領に基づいている。しかし、教育基本法で示されている目標や中教審の答申で示した「知識基盤社会」の根本的な精神までは、明確にされていない。
 学習指導要領に基づいて、学校の教育目標や内容の改善を図ることは当然のことであるが、ここでは、教育基本法や中教審で答申した根本精神を基盤に、カリキュラム等のデザインを図っていくことの重要性について提言したい。

1.新学習指導要領改訂の基本方針
 新学習指導要領は、平成20年1月17日の中教審答申を踏まえて、同年3月28日に改訂された。答申は学習指導要領の改善について、次の基本的な考え方を示している。

(1-1)中教審答申の基本方針
 平成17年の中教審答申(「我が国の高等教育の将来像」)では、21世紀は、新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化をはじめ社会のあらゆる領域での活動の基盤として飛躍的に重要性を増す、いわゆる「知識基盤社会」の時代であると指摘している。
 「知識基盤社会」の特質としては、
 Œ 知識には国境がなく、グローバル化が一層進む。
  知識は日進月歩であり、競争と技術革新が絶え間なく生まれる。
 Ž 知識の進展は旧来のパラダイムの転換を伴うことが多く、幅広い知識と柔軟な思考力に基づく判断が一層重要になる。
  性別や年齢を問わず参画することが促進される。
 などを挙げている。
 このような知識基盤社会化やグローバル化の時代においては、確かな学力、豊かな心、健やかな体の調和を重視する「生きる力」をはぐくむことがますます重要になる。
 他方、OECD(経済協力開発機構)のPISA調査など各種の調査結果から、我が国の児童生徒については、例えば、次のような課題が見られるとしている。
 Œ 思考力・判断力・表現力等を問う読解力や記述式問題、知識・技能を活用する問題
  読解力で成績分布の分散が拡大しており、その背景には家庭での学習時間などの学習意欲、学習習慣、生活習慣
 Ž 自分への自信の欠如や自らの将来への不安、体力の低下
 このような状況にあって、中教審は平成17年4月から審議を開始し、教育の根本にさかのぼった法改正を踏まえて2年10ヶ月にわたる審議を経て、学習指導要領等の改善(20年1月17日)について答申をした。
 この答申においては、上記のような児童生徒の課題を踏まえ、次の基本的な考えを記述している。
 Œ 改正教育基本法等を踏まえた学習指導要領改訂
  「生きる力」という理念の共有
 Ž 基礎的・基本的な知識・技能の習得
  思考力・判断力・表現力等の育成
  確かな学力を確立するために必要な授業時間の確保
  学習意欲の向上や学習習慣の確立
  豊かな心や健やかな体の育成のための指導の充実 

(1-2)学習指導要領の改訂の基本方針
 今回の改訂は、教育基本法や学校教育法の規定に基づき、中教審会答申を踏まえ、次の基本方針に基づいて行われた。
 Œ 教育基本法改正で明確となった教育の理念を踏まえ、「生きる力」を育成すること。
  知識・技能の習得と思考力・判断力・表現力等の育成のバランスを重視すること。
 Ž 道徳教育や体育などの充実により、豊かな心や健やかな体を育成すること。

(1-3)各教科等の学習指導の在り方
 平成17年10月26日の中教審の答申(新しい時代の義務教育を創造する)と同年1月26日の中教審第3期39回教育課程部会における見直しに当たっての基本的な考え方(教育内容の改善 ア 基本的な理念・目標)は、ほとんど同一内容であると捉えることができる。
 平成17年10月26日の文言は、「基礎的な知識・技能の育成(いわゆる習得型の教育)と、自ら学び自ら考える力の育成(いわゆる探究型の教育)とは、対立的あるいは二者択一的に捉えるべきものではなく、この両方を総合的に育成することが必要である。
 これからの社会においては、自ら考え、頭の中で総合化して判断し、表現し、行動できる力を備えた自立した社会人を育成することがますます重要となる。したがって、基礎的な知識・技能を徹底して身に付けさせ、それを活用しながら自ら学び自ら考える力などの『確かな学力』を育成し『生きる力』をはぐくむという、基本的な考え方は、今後も引き続き重要である。
 一方、平成19年1月26日の文言は、「基礎的・基本的な知識・技能の育成(いわゆる習得型の教育)と自ら学び自ら考える力の育成(いわゆる探究型の教育)とは、対立的あるいは二者択一的にとらえるべきものではなく、この両方を総合的に育成する具体的な方策を示すことが必要である。このため、いわば活用型の教育ともいうべき学習を両者の間に位置付ける方向で検討を進めている。」となっている。
 上記の内容から、平成17年と平成19年の違いを敢えて取り上げるなら、活用型教育に関わることである。すなわち、平成19年の1月教育課程部会(第3期39回)では、活用型の教育を習得型の教育と探究型の教育との間に位置づけて検討するという方向性と具体性を明確に示したことである。
 このことは、学習指導において、「習得」・「活用」・「探究」という区別をおいたという解釈はできるが、安易に「習得力を育てる授業」「活用力を育てる授業」「探究力を育てる授業」などと、それぞれを安易に分離した状況で、単元を構成したり、授業を創ったりすることではないと考える。
 確かな学力を身につけるために、「習得」・「活用」・「探究」を一つの単元の中で、それぞれを問題解決の過程にどのように位置づけるかが大切である。それぞれを単独にするか、あるいは組み合わせたり、融合させたりするかなど、学習の対象(教材)や子どもの活動などに基づいて、単元を構成し授業を創造していくことが重要である。
 「習得」・「活用」・「探究」内容の違いを挙げるならば、次のようになる。
 Œ 習得:基礎的・基本的な知識・技能を確実に定着させることを基本とする。
  活用:理解・定着を基礎として、知識・技能を実際に活用する力の育成を重視する。
 Ž 探究:活用する力を基礎として、実際に課題を探究する活動を行うことで、自ら学び自ら考える力を高めることが必要である。

2.「習得型の教育」「探究型の教育」を短絡的に捉えていないか
 平成17年に「習得」と「探究」の基本的な考え方が公表されて以来、例えば、理科教育においては、「先行学習」に見られるように、「先ず教えてから、考えさせる」という「習得」と「探究」を短絡的に捉えた授業が、学校現場で行われるようになった。すなわち、子どもが分からないことを教師が先ず教えてしまうということである、子どもが必ずしも必要としていないことを教師の一方的な判断によって、先ず教えてしまう。そして、その後に子どもに考えさせて授業を進めるというパターンである。
 本来、考えるということは、学習の対象から捉えた疑問や問題に対して、既有の知識や経験を駆使して、それらを関係付けたり、意味付けたりして、対象を解釈していく過程の中で成立するものである。つまり、問題を解決していく過程において生きて働くものでなければならない。したがって、獲得されていない知識をまず与えて、既に獲得したものにしようとしても意味のないことである。それでは思考力を高めたり、論理を構成したりすることには、役に立たたないと考える。
 捉えた情報を既有の知識や経験と関係付けたり、意味付けたりすることによって、論理が構成され、知的体系が創られてこそ、「知識基盤社会」と位置づけられている21世紀を生き抜く力を獲得できるのである。
 理科における基礎的な知識・技能の育成(習得型)においては、教師が知識や技能を先ず教えるということであってはならない。子どもが自然の事物・現象から捉えた情報を、どのように解釈し、何を問題として解決を図っていくかを重視した学習を進めていくことが重要である。そのためには、観察・実験や自然体験、科学的な体験を一層充実することが何よりも必要である。

 このような学習の過程において獲得した知識や技能は、子どもが自ら活用し、新たな問題に挑戦しようとする意欲の高揚に繋がっていく。したがって、教師は子どもが獲得した知識・技能を実生活で活用できるようにするとともに、科学的な思考力・表現力の育成を図る観点から、考察・説明・探究を充実する学習指導を展開しなければならない。
 子どもが自ら自然の事物・現象に働きかけて、獲得した知識・技能を実生活で活用したり、さらに構想を立て、実践し評価・改善したりすることによって、自ら学び自ら考える力など、「確かな学力」が育成され、「生きる力」がはぐくまれるのである。

 習得型と探究型の教育を二者択一的に捉えたり、教えることが「習得型」、考えさせることが「探究型」などと、安易な捉え方をすべきではない。また、「習得」と「探究」は相反する概念ではない。したがって、「習得」と「探究」のバランスを重視するということには違和感がある。
 習得型・活用型・探究型の教育は、相互に関わりながら補強し合い、融合していくにはどうしたらよいか。その学習構造のデザインをすることが教師の役割である。
 教育目標や教育内容の改善についても、学習指導要領に示されていることからのスタートではなく、教育基本法や中教審の答申まで遡って、最も根本となる精神に基づいて、明確にすることが重要であると考える。

以 上   

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