文部科学省は、小中学校の新学習指導要領を2008年3月28日付官報で告示した。小学校は2011年度、中学は2012年度から完全施行するが、理数は授業時間を前倒し2009年度から実施されている。また、新たに「外国語活動」が加えられた。
2010年度は、小学校2011年度、中学校2012年度の「新学習指導要領」の完全実施が円滑に進められるように、校内研究や研修も含めて学校の体制を確立していく重要な1年である。
1.校内研究・研修体制の確立
これまで、学習指導要領が改訂される度に、教育内容の精選が進められてきた。特に、前回の改訂では、完全学校週5日制が実施されることに伴う土曜日分を縮減した授業時数にするため、各学年の年間授業時数が大幅に削減された。また、それに伴う教育内容も厳選された。
このようなことから、教育現場では、学習指導要領改訂の度に、「削減内容は何か」「移行内容は何か」「新規の内容はあるか」などが、話題の中心で、新たな理念や構造については、あまり関心がもたれなかった。
しかし、今回の新学習指導要領の改訂では、新たな理念や内容の構造が明確に示された。いわゆる、教育基本法の目標や「知識基盤社会」の根本的な精神、中央教育審議会の答申「新しい時代の義務教育を創造する」などである。
授業時数では、小学校においては、国語・社会・算数・理科・体育の授業時数が6学年合わせて350時間増加した。この他に「外国語活動」70時間が新たに設けられた。
中学校においては、国語・社会・数学・理科・外国語・保健体育の授業時数が400時間増加した。
このような学習指導要領の改訂に伴う教育現場において、各学校では、「新しい時代の義務教育を創造する」ことを目指して、校内研究や研修を充実し、教員一人一人の資質の向上を図るとともに、学校の教育力を高めていかなければならない。
新学習指導要領に明記されている「確かな学力」を、子ども一人一人が獲得していくためには、授業の改革が何よりも重要である。それには、例えば「習得・活用・探究」型の授業の在り方、カリキュラムや授業のデザインなど、多様な課題に対して、学校の英知を結集して取り組んでいくことが必要である。
2.研究内容や研究推進の改善
校内研究や研修の推進は、教員の資質の向上や学校教育の改善と充実を目指すことであり、大変重要なことである。しかし、校内研究や研修の進め方については、工夫と改善が必要である。これまでの校内研究や研修の在り方を根本的に見直す必要がある。特に研究方法・推進と研究内容の深化について考慮することが重要である。
教育委員会の研究協力校や研究指定校としての研究を推進する場合、研究の全てをゼロからスタートする学校が多い。子どもや学校の実態が異なり、研究主題も異なるということから考えると、ごく当たり前のことかも知れない。しかし、このことは、視点を変えてみると、医学界と教育界の違いにあるようにも考えられる。
医学界では、新しく開発された技術や研究は、直ちに取り入れられ、応用されるのが普通である。しかし、それが教育界にあっては、先進的な研究や他校の研究が積極的に活用されているとは限らない。模倣だけでは意味はないが、他校の研究から学ぶことは多くあるはずである。活用できることは、活用するという発想が研究の効率化を図り、発展させることになるからである。他校の研究から何を活用するかは、研究の目標や研究主題、そして自校や子どもの実態によって決まってくることである。
3.教育研究を科学的な体系に
研究は理論と実践とが融合したものでなければならない。実践の背景には理論があり、理論は実践を通して明確化されていくことが必要である。つまり、研究は実践と理論の両面から追究し、それに基づいて一般化を図ることが重要である。
これまで多くの研究発表会に参加してきたが、単なる実践の発表に終わっていることが少なくない。研究に実践はつきものであり必要である。実践のない研究などはあり得ない。しかし、単なる実践のみで、これが研究と言えるか?と、疑問をもたざるを得ないものが多くあるのは何故だろうか。
その要因の一つは、理論と実践が遊離していることである。二つ目には研究内容が科学的な体系を有していないことである。
教育研究が科学的な体系を有し、一般化されるためには、研究方法や推進の仕方などを含めて、研究計画を構造化し、それに基づいていたものに改善していかなければならない。
研究発表校の多くは、「子どもや学校の実態把握 研究主題の設定 研究目標と内容に基づいた仮説 研究内容の考察
研究の成果と今後の課題」などを項目ごとに記述し、一見してうまくまとめられている。つまり、研究計画に基づいて研究を推進したということであろうが、平板的であって、必ずしもダイナミックに構造化された研究計画になっていないものが多い。研究計画の構造が、理論と実践とが融合するようにデザインされておらず、単にパターン化しているからである。また、研究が深まり成果が上がったとしながらも、その内容は科学的な体系に形成しておらず、客観化もされていない。
理論は、それぞれの研究実践を関係付けたり、意味付けたりする過程において創られていく。そのように創られた理論は実践によって検証され、はじめて理論と実践とが融合したものになると考える。つまり、科学的な体系は、理論と実践とが融合した学問となっていかなければならないのである。
教育現場である学校の研究の特色は、授業に基づいた研究であることが必然である。したがって、授業観を確立し、授業研究を積み重ね、研究を深化させていくことが重要である。授業の構成と展開、研究の内容・方法、研究の仮説、研究の成果と今後の課題などを総合的に明確にした上で推進していくことが必要である。
授業とは何かを明確にし、その授業構成や展開についての理論構築をし、それに基づいたカリキュラムや授業をデザインしたものでなければならない。そして、それらを授業によって精査し、一般化していくことが最も重要である。研究を単にマニュアル化して推進することを避けなければならない。
研究が実践だけに終わっているという指摘は、教育研究が科学的な体系になっていないということでもある。研究主題や研究仮説に基づいた実践の結果から何が言えるのか、何が明らかになったのか、それらについて、十分に考察を加え、さらに理論構築をし、一般化することによって、科学的な体系としての価値が付加されると考える。科学的体系として通用する研究は、どんな学校においても十分に活用できるであろうし、さらにそこから新たな発想が生み出されるはずである。
例えば、「授業」を「教材を媒介とした子どもと教師による創造活動」と捉えて、理論と実践の融合を図る研究を推進するとするならば、次の3点についての研究計画の理論と実践の構造化のデザインが必要である。
子どもと教材の関係:子どもの学習の対象である教材(自然、社会、文化)と子どもとの関係を明確にする。
教師と教材の関係:教師と教材(子どもの発達と教材性の追究)やカリキュラムデザインとの関係
子どもと教師の関係:子どもの発達と問題解決の過程の追究を明確にし、授業による検証
このような視点に基づいて、研究計画を創り上げ研究を深化することによって、教育研究は科学的な体系をもつものと考える。
4.研究による教員の意識改革と管理職の責任
研究を通して、教員一人一人の意識改革がなされなければ、教育の専門家になることは難しい。
幼・小・中の教員の多くには、教育現場は実践を主体とした研究、理論は大学や研究所に任せておけばよいという考えがある。この考え方は正しくない。教育現場の研究が、科学体系として通用するように、各学校の研究を価値のある研究に高めていくことが求められている。
幼・小・中の教員は、日々子どもと接し、子どもを本当に知っているということでの専門家である。「子ども理解」においては、大学や研究所の教員には、決して真似のできない資質を獲得しているはずある。この最大の武器を、教育研究に最大限生かすことによって、教育研究が科学体系として成立することを認識していかなければならない。
管理職である校長・副校長は、校内研究を通して、教員一人一人の授業改革への意識が高揚し、授業が変革したかどうかを、子どもの変容を通して捉えること、また、教員一人一人が自信に満ち、意欲的に教育活動に取り組んでいるかどうかなどを、実感を通して捉えていくことが重要である。その上に立って、校内研究や研修の在り方をさらに練り上げ、リーダーシップを発揮しながら学校経営を推進していくことが、管理職の責務である。
5.研究成果の発信
研究内容や成果を広く発信するようにしたい。校内研究の内容や成果を広く発信することによって、その研究についての多様な情報を収集し、謙虚に受け止めていくことが重要である。外部からの情報に基づいて、改めて研究結果を精査し科学体系として、「一般化できること」「一般化できないこと」それぞれを考察し、理論と実践の融合を図っていくことが、次の研究の深化に繋がっていく。また、教育研究が科学体系への道筋を辿っているかどうかも見えてくるはずである。
教育研究が科学体系として通用するかどうかは、教員一人一人の資質の向上を目指した校内研究と研修にかかっている。