提言29: 2009年のOECD国際調査の結果と課題を読み解こう!

(2010/12/25 記)  

 東京都教育会は、これまで学力問題について2回提言をした。1回目は「提言U:これから求められる学力」、2回目は「提言Y:学ぶ意欲を引き出す教育を−OECD PISA結果の考察を踏まえて− 」である。
 世界の15歳を対象にした2009年の国際学力調査結果が、2010年12月7日発表された。日本の子どもたちの学力が「読解力」で、2000年水準にほぼ改善したことが明らかになった。   
 日本は無作為に抽出された高校生約6千人が参加した。参加65カ国・地域の中で、読解力が8位と前回2006年調査(57カ国・地域参加)の15位から大幅にアップした。数学的リテラシー(知識活用能力)は10位から9位へ、科学的リテラシー(知識活用能力)は6位から5位へと僅かに順位を上げた。

1.国際調査結果とその分析    
 PISAは2000年に始まった。3年ごとに実施され、毎回3分野のうち1分野を重点的に調べる。今回は一巡して読解力が重点項目となった。    
 この調査は、教育関係者には2004年の「PISAショック」という言葉で記憶されている。初回は数学的リテラシー(知識活用能力)、科学的リテラシー(知識活用能力)は世界トップレベル、読解力も上位だった。しかし、前々回2003年の調査結果が公表され、初回1位だった数学的リテラシーが6位になるなど、成績が軒並みダウンしたことが判明した時である。
 文部科学省は「わが国の学力は世界トップレベルとは言えない」と危機感を強めていた。そして、ここ数年、「読解力向上プログラム」の策定(2005年)、PISAと類似問題を出す「全国学力調査」の開始(2007年)などの政策を打ち出してきた。高木義明文科相は同日談話を発表し、一連の政策と学校での取り組みが読解力の順位上昇に効果を上げたとの認識を示した。

(1-1)読解力   
 読解力の定義が、「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考し、これに取り組む能力」(下線:新たに加えられた部分)となった。   
 読解力は2000年以来の重点調査対象になり、次の3つの能力を調べた。@「情報へのアクセス・取り出し」(4位)、A「統合・解釈」(7位)、 B「熟考・評価」(9位)、総合では8位である。   
 今回、日本の子どもは文章から必要な情報を見つけるのは得意だが、知識や経験と関連付けて考え判断するのが苦手という結果が出ている。また、記述式設問で相変わらず無解答率が高いのも気掛かりである。   
 さらに、はっきりしているのは低学力層の多いということである。得点分布を8段階に分けた読解力では、上位2段階の割合は成績上位の国・地域と同程度であるが、下位2段階ではそうした国・地域より割合が多い。   

(1-2)数学的リテラシー(知識活用能力)    
 数学的リテラシーとは、「数学が世界で果たす役割を見つけ、理解し、現在及び将来の個人の生活、職業生活、友人や家族や親族との社会生活、建設的で関心を持った思慮深い市民としての生活において確実な数学的根拠に基づき判断を行い、数学に携わる能力」としている。   
 今回の調査結果では、2006年と共通の35問のうち、24問で正答率が改善した。35問の平均正答率も54.4%と前回を2.5ポイント向上した。また、普段目にする平均値やグラフなどから何が読み取れるか、その結果言えることは何かといった「関連付け」と言われる18の問題中、3問で、正答率が10ポイント以上改善したのが目立つ。また、共通問題中19問で、問題に対して答えない無答率が減少した。   
 このような今回の結果から、「PISAショック」をバネにして、PISA型の試験や能力を意識した指導が学校現場で行われるようになってきたと考えられる。   
 PISAの問題は、文章を読み取ることや計算することを相互に関連付けているのがポイントで、読解力が重要である。   

 (1-3)科学的リテラシー(知識活用能力)    
 科学的リテラシーとは、「疑問を認識し、新しい知識を獲得し、科学的な事象を説明し、科学が関連する諸問題について証拠に基づいた結論を導き出すための科学的知識とその活用」「科学の特徴的な諸側面を人間の知識と探究の一形態として理解すること」「科学とテクノロジーが我々の物質的、知的、文化的環境をいかに形作っているかを認識すること」「思慮深い一市民として、科学的な考えを持ち、科学が関連する諸問題に、自ら進んで関わること」としている。  
 今回の調査結果では、日本の平均正答率は61.8%で、OECD平均(53.8%)を上回った。全体では5位であるが、上位10か国を習熟別にみると、日本は下位層の割合が4番目に多く、これが大きな課題である。   
 問題は53で前回と共通である。正答率が5ポイント以上変化したのは16問で、15問は今回の方が高い。しかし、17問ある論述形式では3問で平均を下回り、無答率が高くなっている。今回の全体の無答率は6.48%でOECDの平均と同じであるが、論述になると、OECDの平均12.8%より約3ポイント高かった。
 このように、前回より改善したことは、2007年に全国学力テストが始まり、教育現場が学力向上に努力したと捉えることはできる。しかし、論述形式の出題では無答率が依然として高く、自分で考えて表現することがまだ不十分であるという課題がある。

2.PISAで明らかになった課題への対応
  「PISAショック」からの立ち直りを目指して、文部科学省をはじめ、教育委員会、教育現場、それぞれが学力向上を目指して必死になって努力をしてきた。その結果、前回より成績が上がった。
 しかし、決して楽観はできない。日本は学力下位層が多く、格差も解消されていない。今回、地域として初参加した中国の上海がいきなり3分野ともトップに立つなど、アジア勢の躍進が目立つ。上海や韓国などアジアの学力向上熱は高い。世界に目を向け、日本が人材育成の国際競争から脱落することがあってはならない。まずは地に着いた実践を真摯に続けることが大切である。
 PISAで明らかになった課題をどう解消するか。子どもたちが知識や技能を習得し、鍛え上げることができる教育現場を地域や学校、家庭でどう創りり出すか。教育政策についても十分に論議を尽くしていかなければならない。  
 文部科学省、教育委員会、教育現場が一体となって、PISAで明らかになった課題へどのように対応していくか、その構造を明らかにすることが急務である。 

(2-1)文部科学省の教育改革施策の構築
 文部科学省は2003年調査での順位急落を受け、「読解力向上プログラム」の策定(2005年)をした。
 2007年から小学校6年と中学3年生全員を対象に始まった全国学力テストでは、「A問題」のほかPISAが測る学力を意識した「B問題」で応用力をみる政策を打ち出してきた。学力向上には指導方法の検証と改善が欠かせない。その意味でPISAと同じ応用力を問う問題が出される全国学力テストは有効であった。しかし、現政権は学力テスト方式を、コスト削減を理由に抽出方式に変えた。教育の成果を適切に評価する取り組み姿勢に欠けていると言わざるを得ないという見方もある。全員参加方式に戻すべきである。
 2009年度から先行実施された小中学校の新学習指導要領で理科と算数・数学の学習内容や授業時間が増えたことも、教育現場への刺激となった。
 2011年度以降、学習内容が大幅に増加した新学習指導要領が全面実施される。いわゆる、「教育基本法の目標」や「知識基盤社会」の根本的な精神とした、新たな理念や内容の構造が明確に示された。特に、習得型・活用型・探求型の教育の推進を掲げている。これはPISAの学力観に基づいた教育の推進でもある。
 今回の国際学力調査においても、改善されていない課題は、「社会生活を営む上で支障があるレベル」とされる低学力層の割合が、日本は三つの分野とも10%を超えていることである。上位10か国・地域の中では目立って高い。成績の良い子と悪い子の二極化が依然目立つということである。家庭の経済力の差が学力差に結びついているとの見方もある。それが事実とすれば、手をこまねいていていることはできない。
 文部科学省は、現政権の文教政策に振り回されずに、21世紀に生きる日本人の育成を目指した教育改革を着実に推進するための施策を構築しなければならない。

(2-2)教育現場     
 今回の調査結果は、低迷から脱する取り組みが現れている。特に、「PISAショック」をバネにして、PISA型の能力や問題解決を重視した教育活動行ってきたことが読み取れる。生徒へのアンケートも同時に行われ、小説、新聞をよく読む生徒の方が、読まない生徒より読解力の平均得点が25点以上高いという結果がでた。このことは、始業前に本を読ませる「朝読書」や、自分の考えを書かせる機会を増やすなど、教育現場の努力の結果である。学力向上の観点から新聞や読書を見直し、上手に授業などに取り入れていく方法なども考えてみる必要がある。

(2-3)教師の資質向上
 2005年に「習得」と「探究」の基本的な考え方が公表された。それ以来教育現場では、習得型・活用型・探求型の教育について、論議が積み重ねられてきた。これらについてもさらに論議を深め、授業構造のデザインを教師自身が積極的に進めていかなければならない。それが教師の資質向上に繋がっていく。
 小中学校では来春以降、学習内容を充実させた新学習指導要領に基づく初めての教科書が使用される。2000年度と比べると、平均ページ数は全体で43%、理科と算数で67%増である。このように、大幅に増加した新しい教科書の内容をすべて教えようとすれば、子どもの学習能力を超え、過去の「詰め込み」に逆戻りしかねない。これを防ぐには、教師が授業をどう工夫するか、教師の力量がますます問われる。子どもの理解度を把握しながら授業をデザインする力量を一層高めていくことが求められる。

以 上   

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