提言33: 【緊急提言1】 学校における危機管理と安全教育を徹底しよう

(2011/4/9 記)  

 平成23年3月11日14時46分、マグニチュード9.0という「1000年に1度」の東日本巨大地震が、太平洋三陸沖を震源として発生した。
 東日本巨大地震は、平成7年1月17日の近畿地方を直撃したマグニチュード7.2の兵庫県南部地震、大正12年9月1日の神奈川県相模湾北西沖を震源として発生した関東大地震マグニチュード7.9等をはるかにしのぐ巨大地震であった。
 東日本大地震のエネルギーは関東大地震の14.5倍である。(地震のマグニチュードは0.1上がるごとに約1.4倍ずつエネルギーが大きくなる。)
 東日本大地震は、巨大な津波を引き起こし、東北地方の太平洋沿岸地域を中心に未曾有の被害をもたらした。巨大震災による犠牲者は、3月27日現在、死者は1万901人、行方不明者は1万7649人となっている。また、東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う野菜や水道水の放射線濃度の上昇、原子炉の冷却作業を行った作業員の被曝(3月24日)、事故の長期化による地域住民の遠隔地への避難等、放射線被害は拡大している。
 大災害や事故が発生すると、まず何をするか、その手順や方法が問われる。今回の東日本大震災は、大地震による津波対策や原子力発電所の安全確保等、根本的な見直しや危機管理体制の確立等、早急に取り組むべき課題が表出した。今回の巨大震災を教訓として、学校における危機管理や安全教育の在り方を抜本的に見直すことが必要であると考えて以下のことを緊急提言する。 

1.学校の危機管理
 兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)後、「危機管理」という言葉が新聞やテレビ等マスコミをはじめ、いろいろなところで使われるようになった。
 危機管理とは、本来国内での自然災害や人為的な非常事態、あるいは国際的な紛争が核戦争等の危機に発展するような事態に的確に対処するため、事前に立案しておく行政的、外交的対策であった。しかし、最近では学校においても、危機管理に対する具体的な方策の確立が必要となっている。
 これは、学校事故における「独立行政法人日本スポーツ振興センターの災害共済給付」の対象が平成20年度は190万件を超すという現状、あるいは、学校における無差別殺傷事件や地震、火災が発生した場合等、被害をどのようにして、最小限に止めるかが重要な課題となる。
 学校では、災害や事故に備えて、安全計画を立て施設・設備の日常的な安全点検に努めている。また、児童・生徒の健康管理のために保健室を整備している。さらに、校内の連絡体制とともに、校外の緊急連絡網を用意している。しかし、それらがいざというとき、どれだけの効果を発揮するか、日常の備えが問われることになる。
 学校を取り巻く危機には、学校内に起因するものと、学校外に起因するものとがある。学校内に起因するものは、日常の学校経営を通して、ある程度予測できる。そのため危機が現実の問題となる前に、その解消を図ったり、それなりの対策を講じることができる。それに対して、学校外に起因するものは、前もって予測をすることは困難である。したがって、非常事態が発生した場合、学校としてどのように対応するか万全の備えを講じておかなければならない。これが学校における危機管理である。
 これまで、学校の防災計画や安全管理の計画は、当然のことながら災害の起こることを予測して策定されている。しかし、その災害によって、児童・生徒、学校、教職員にどのような危機が起きるか、その想定を最悪な状況まで突き詰めているかどうかは疑問である。大きな危機に発展してほしくないという心理的な働きが、最悪の状況の想定を抑制していないかと考えるからである。しかし、災害は必ず起きる。そしてその災害によって引き起こされる危機は、非常に大きなものであるという認識に立って、最善の方策を講じることが、何よりも重要である。特に、東日本巨大震災を教訓として、大震災時には、児童・生徒の安全と教育活動の確保とともに、学校施設を地域の防災拠点として整備することを、新たな課題として考えなければならない。
 学校が避難場所となった場合を想定した食料や飲料水の備蓄、避難者に対する対応や教職員の役割などを中心に見直しを進めることが必要となっている。
 学校の危機管理は、災害に対するものだけではない。様々な事件や事故が多発している。いじめを苦にした子どもの自殺、プールでの子どもの溺死、部活での子どもの怪我、教職員による体罰、交通事故、猥褻行為等について、新聞や週刊誌がネタにし、市民団体や住民が抗議の対象にするものもある。運動会や文化祭での騒音、児童・生徒のマナーの悪さ、ありとあらゆること、あることないことが取り上げられ、記事、投書、抗議、ビラ、面会強要、訴訟等、多様な方法がとられている。
 これらはすべて学校にとっての危機である。危機が表面化し、社会的に注目され、問題視されるようになってから対応するのでは、遅すぎるだけではなく、言うに言われぬ苦労があり、教育活動にも大きな支障をきたすことになる。失われた信用や評判、混乱や対立を復旧するには、多大な努力と時間が必要となる。
 したがって、事件や事故が起きないよう予め手を打つという事前防止的な危幾管理を確立しておかなければならない。また、事件や事故が起きた場合、素早く対応し、危機を最小限にするための事後処理的危機管理についても確立しておくことが重要である。

2.学校における安全教育
 学校における安全教育は、児童・生徒の生命に関する教育であり、学校教育の中で不可欠で最も重要な教育であると言うことができる。
 小学校教育の目的の1つとして、学校数育法第21粂第8項に、「健康、安全で幸福な生活のために必要な習慣を養うとともに、運動を通じて体力を養い、心身の調和的発達を図ること。」と、明記されている。そして、この目標は中学校や高等学校においても、これをさらに達成されることが求められている。
 したがって、安全教育は生命尊重教育でもある。安全教育を通して、人権を尊重する精神や生命に対する畏敬の念を培うことは、生命を何物にも代えがたいものとして尊重する心を養うことであり、豊かな心をもち、たくましく生きる児童・生徒を育成することでもある。

(2-1)安全教育プログラム
 平成21年2月19日、東京都教育委員会は、すべての子どもたちに、危険を予測し回避する能力や他者や社会の安全に貢献できる資質・能力を身に付けさせる安全教育を推進するため、“全国初”の総合的な指導資料である「安全教育プログラム」を作成した。
 主な特色は、次の通りである。
 Œ「必ず指導する基本的事項」の明確化
 子どもの発達段階に応じて具体的にどのような内容を指導するのかを明確にするため、子どもたちが身に付ける「必ず指導する基本的事項」を示した。
  総合的な年間指導計画
 安全教育の三領域(「生活安全」「交通安全」「災害安全」)を系統的・計画的に進めるため、3領域を総合的に扱った年間指導計画を学校種ごとに示した。
 Ž 指導方法の改善
 「必ず指導する基本的事項」を確実に身に付けられるようにするため、教員が一声かける「日常的な安全指導」、「定期的な安全指導」及び「特設する安全学習」を相互に関連させた安全教育の指導方法を示した。
 ) 問い合わせ先:教育庁指導部指導企画課/ 電話: 03−5320−6836 

(2-2)安全管理
 学校における安全管理は、児童・生徒の安全を守るための対策である。事故の原因となる校舎内、校舎外の施設・設備の破損や不備、児童・生徒の学校生括における危険な行動等を早期に発見し、原因となる危険な状態を速やかに除去することに努めなければならない。
 安全管理を展開するためには、児童・生徒自身の行動が原因となってひき起こされる人間側の管理、つまり対人管理が必要である。一方、児童・生徒を取り巻く物的環境が事故の原因となることも多く、対物管理も必要となる。
 学校における安全管理としては、対人管理と対物管理の2つの側面の徹底を図ることが重要である。
 学校における安全を確実に確保するためには、安全指導との密接な関連を保った活動を展開する必要がある。
 このようなことから、学校では、学校環境の安全管理、学校生括の安全管理、通学途上・災害時の安全管理等を、年間の計画にしたがって適切に行っていくことが必要である。

(2-3)学校安全計画の立案
 学校の安全計画は、安全教育の内容と安全管理の内容、そして両者の活動が円滑に組織的に推進されるための組織活動を包括する総合的な計画にしなければならない。
 計画の立案に当たっては、東京都教育委員会が示した「安全教育プログラム」、学校の教育目標・方針・重点目標・学校安全の実態と重点・実践の総合評価、地域社会の状況等を十分に配慮することが必要である。また、学校保健法及び同法施行規則の関係条文、消防法等の趣旨を十分認識しておくことが重要である。

3.災害発生時における対策
 火災、地震、風水害等による災害が発生した場合は、それぞれの災害の特質に応じた対策が早急にとれるよう、防災の組織を整え、万全の体制がとられていなければならない。特に、火災や地震は突発的に起こることが多いため、日頃のそれらに対する訓練が必要である。
 平成7年7月18日に中央防災会議において、新しい防災基本計画が決定した。その基本計画には、「国や自治体だけに頼る防災には限度がある。自らの安全は自ら守る自覚をもつことが『防災の基本』」と記述している。したがって、学校の安全教育の目標は、児童・生徒の生命と安全の確保とともに、「自分の生命は自分で守る」という自覚をもって、行動できるようにすることが重要である。

 (3-1)避難訓練
 学校での避難訓練は、教育課程にきちんと位置づけられ、毎月一回実施することになっている。学校は、どんな事態に直面しても、児童・生徒の安全を確保し、生命を守ることを最優先しなければならないからである。
 毎月実施している避難訓練が、いざというとき、本当に生かされるかどうかは、訓練の内容と方法によって決まる。毎月同じような訓練の繰り返しからは、生命を守ることも、安全を確保することもできない。
 児童・生徒には、生命を守る避難訓練は学校で最も大切な学習、すなわち、「生命を守る学習」であることを意識させ、常に真剣な態度で訓練に臨むようにしなければならない。
 非常事態が発生すると人の心は動揺し、判断も誤りがちである。したがって、教職員一人一人が、訓練は実践であること、教職員の判断の適否は全児童・生徒の生命につながる重大な問題であること等を、しつかりと認識することが大切である。その上に立って、多様な避難訓練の計画と実施、その評価を踏まえて次の訓練に生かすようにしていかなければならない。状況に応じた避難経路の確認、火災時や震災時の対応の仕方、人員確認や報告の仕方、死傷者への対応の仕方等、多様で具体的な計画の中でこそ、確かな判断力が磨かれていく。そのためにも、綿密な避難訓練の計画を練り上げ、地道な実践を通して、教職員の的確な判断力を磨き、児童・生徒の生命を守るという認識を堅持していくことが、最も重要である。

 (3-2)総合防災訓練
 これまで、9月1日の防災の日に、大地震の警戒宣言発令に伴う、総合防災訓練が行われてきた。この訓練に参加する人数は毎年1300万人を超えている。本年度は、東日本巨大地震の後だけに、防災に対する関心が高く、多数の人たちが参加するに違いない。
 各自治体は今回の東日本巨大震災を教訓として、これまでの訓練内容や方法を、大幅に改善し住民の安全確保を図るものにしていかなければならない。
 都内の公立小学校で実施している児童の「引き取り訓練」についても、抜本的な見直しが必要である。今回のような大震災が東京で起きたら、都内を縦横に走る高速道路、鉄道、地下鉄等が破壊する恐れがあるからである。したがって、小学校では、保護者が各学校まで児童を引き取りにこられるかどうか、はなはだ疑問である。また、校舎が倒壊するような危険が予測された場合、各学校に指定されている広域避難場所まで、避難をしなければならない。それを想定した避難訓練を計画し実施することが必要となる。

 (3-3)防犯ブザーや携帯電話の所持
 児童・生徒が通学途上で事故や不測の事態に直面した際の連絡手段として、防犯ブザーや携帯電話がある。しかし、これらの所持についてはいろいろな議論が噴出している。安易に所持を決めるわけにはいかない。学校としてどうするか。学校の実態に即して判断をすることが重要である。
 児童・生徒に所持させるということになれば、ただ持ち歩いているということでは意味がない。なぜ所持しなければならないのか、その根拠を児童・生徒がしっかりと認識できるように指導することが必要である。そして、防犯ブザーや携帯電話の正しい使い方を十分に理解させたり、防犯シミュレーションで練習を繰り返したりするす等、危険回避能力を十分に高めておかなければ、いざというときには役立たない。

4.学校事故と救急体制の確立
 最近、学校事故に関して、教職員がその法的な責任を追及される事例が目立ってきている。学校で児童・生徒が負傷し、死亡するような事故が発生すると、被害児童・生徒の保護者が教職員に過失があったとして、その法的責任を追及するようになってきた。そして、当事者間で自主的に解決することができず、紛争を裁判所までもち込み、長期にわたって争うというケースが目立ってきている。
 このような現状から、校長・教職員間には、事故の発生を極端に恐れているという声が聞かれる。児童・生徒の活動を制限することによって、責任を回避したいとする考えが増加しているとも言われている。臨海学校や林間学校の実施には慎重にならざるを得ないという傾向、危険発生率の高い教育活動には、その指導監督責任者となることをできれば回避したいという傾向も増加しているようである。
 これでは、本来の教育活動そのものが、不当に萎縮してしまうことになる。事故発生の大小の差異はあっても、全く危険性がないという教育活動は考えられない。事故防止のために十分配慮した上で教育活動を実施するならば、事故そのものが減少するはずである。
 学校の管理下で事故が発生した場合は、早急に適切な応急処置をしなければならない。怪我をしたり、病気の発作が起きたりした場合、それ以上に悪化させないで、適切な処置ができる医師等に任せたり、保護者への連絡を速やかに行ったりすることである。状況に応じた対応の仕方を全教職員が理解し、組織的に行動できるよう、その体制を確立しておくことが重要である。

以 上   

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