提言38: 【緊急提言5】 東日本大震災の復興と学校の取組みを考えよう

(2011/7/27 記)  

 東日本大震災から4ヶ月余りが過ぎた。全国各地に避難した被災者は10万人に上り、うち約24,000人は依然として、学校などの避難所で生活を続けている。福島第一原子力発電所の事故の収束のメドも立たず、本格的な復興への道筋はまだ見えない。
 2011年4月14日、「東日本大震災復興構想会議」がスタートした。東日本大震災復興構想会議は、「未曾有の複合的大災害である東日本大震災からの復興は、単なる復旧ではなく未来志向の創造的な取組みが必要である」ことを趣旨として、これまで12回の会議(2011年6月25日現在)を重ねてきた。そして、6月25日、「東日本大震災復興構想会議」は、「復興への提言〜悲惨の中の希望〜」を首相に答申した。
 復興への提言は、復興構想7原則を基本として構成されている。その中で、大災害を完全に封じる「防災」ではなく、被害を最小限にする「減災」としている。減災とは、「自然災害に対し、被害を完全に封じるのではなく、その最小化を主眼とすること。そのため、ハード対策(防波堤・防潮堤の整備等)、ソフト対策(防災訓練、防災教育等)を重層的に組み合わせることが求められる。」と、復興への提言前文の中で記述されている。
 一方、今回の大震災の復興に関して、環境保全や安全教育、地域活性化・まちづくり、原子力発電所の事故や節電等に関連した、ライフスタイル等を見直していくことが求められている。  
 
 1.東日本大震災の復興計画は過去の災害から学ぶ
 1923年(大正12年)の関東大震災で甚大な被害を被った東京を復興させたのは、帝都震災復興計画だった。都心の道路、区画、水道、ガス、公園、学校等はこの復興計画によって大きく近代化した。一方、第二次世界大戦後の戦災復興計画は、1945年(昭和20年)12月30日に、「戦災地復興計画基本方針」が閣議決定され、その方針に基づいて、日本の都市の理想像が示された。
 「阪神・淡路震災復興計画」は、単に震災以前の状態を回復するだけでなく、新たな視点から都市を再生する「創造的復興」を成し遂げることを基本方針として、復興が進められた。
 東日本大震災の復興は、「東日本大震災復興構想会議」が提言した復興構想7原則に基づいて行われる。その中でも重要な理念は、「被災地域の復興なくして日本経済の再生はない。日本経済の再生なくして被災地域の真の復興はない。この認識に立ち、大震災からの復興と日本再生の同時進行を目指す。」と記述されているように、復興と日本再生を目指している。このことは、被災地を中心とした復旧に止まらず、新しい地域づくり、社会づくりを日本全体で構想していくことである。また、過去の災害復興を教訓として、被災地の県・市・町・村等が、国の基本方針に基づきながらも、各地域の特性を最大限に活かし、住民一人一人が復興に参画していけるようにすることが重要である。

 2.被災地における学校の復興
 東日本大震災の影響で、幼稚園から大学まで数多くの学校・教育機関に支障が発生した。特に、被災地では、多くの学校が大きな被害を受けたり、地域住民の避難所となったりしたため、式典、試験、授業等を取り止め、もしくは延期になる等の措置がとられた。
 被災地の学校は、5月中旬までに授業を再開した。しかし、完成した仮設校舎はまだ僅かである。避難所・他校との同居や、複数の学校に分散しての授業が続き、学習は遅れがちである。また、校庭への仮設住宅建設、放射能による校庭の汚染等で、校庭が使えず運動もできない児童・生徒も多い。今も教育危機は続いている。

 (2-1) 児童・生徒の声に耳を澄ました教育の復興
 被災地においても教育活動で、授業をおろそかにはできない。授業の充実を図ることは当然のことである。しかし、児童・生徒の笑顔を取り戻す活動を最優先としたい。そのためには、スポーツ、文化活動、ボランティア活動等できることは何でも工夫して取り入れていくことが必要である。
 教師が、児童・生徒の声に耳を澄まし、小さな声、弱い声に耳を傾けることが、教育復興への出発点である。この認識に立って教育活動を推進することが求められている。 
 巨大震災によって、心に傷を負った児童・生徒にとって、学校は友だちや教師と語り合い、励まし合える貴重な場所だからである。児童・生徒を守り育てていく取組みは長期戦となる。できるところから手を付けていくことが必要である。

 (2-2) 被災地における児童・生徒の心の健康
 被災した児童・生徒の中には、精神的に大きな打撃を受け、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と呼ばれる症状が見られ、心の健康上の問題が強く懸念されているという報告が相次いでいる。被災地の学校や被災地から避難した児童・生徒を受け入れている学校では、児童・生徒の心の健康上の問題を把握し、それへの適切な対応を進めていくことが必要である。

 (2-3) 被災地の児童・生徒に対する健康診断及び健康相談の実施
 従来から、降灰防除指定地域や災害地に所在する公立の義務教育諸学校に在籍する児童・生徒の健康の保持増進を図るため、特別健康診断を行ってきた。今回は、福島県内の学校等で屋外活動の支障となっている放射性物質を含む校庭の表土等が問題となっている。 文部科学省が示した校庭などでの屋外活動を制限する放射線量の基準値は「年間20ミリシーベルト(毎時3・8マイクロシーベルト)」であるが、これを超える放射線量が検出されたことも報告されている。被災地の児童・生徒の心の問題及び健康問題に迅速に対応するため、被災地の児童・生徒に対して、健康診断及び健康相談も実施されたが、今後も継続して行っていくことが必要である。

 (2-4) 災害時の心の健康に関する校内研修会の実施
 災害教育について、児童・生徒に対する教員等の指導力の向上を図り、かつ、災害時に心に大きな傷を受けた児童・生徒の心の問題に適切に対処できるよう、災害教育・災害時の心の健康についての校内研修会を実施することが重要である。

 (2-5) 教師一人一人の心身のケアに心がけよう
 被災地には、家族や同僚を亡くした教師、まだ避難所生活を余儀なくされている教師も少なくはない。そういった教師も、児童・生徒の教育活動に尽力している。そのため、健康に不安を感じ、心身共に疲れ切っている教師が増えていることが報告されている。
 被災地で懸命に取組んでいる教師への心身のケアを、早急に進めなければならない。1日に1時間でも2時間でも、教師自身が自分の時間を作ることも必要である。心身に滋養を与えなければ、児童・生徒を暖かく見守って指導していくことは難しくなる。

 3.持続可能な社会の構築を目指して 
 東日本大震災に直面した日本は、今、大きな転換の時期を迎えている。大震災からの復興に当たって、環境・経済・社会のすべての分野で深刻かつ複雑な問題が発生し、その解決策、社会の在り方が問われているからである。いかにして持続可能な社会を構築するかが復興の課題である。
 それには、「日本における持続可能な社会とは、どんな社会なのか」というビジョンを、明確にすることが重要である。被災地を中心として復旧に止まらない、新しい地域づくり、社会づくり等を日本全体で構想していかなければならない。
 2002年12月の国連総会において、2005年から2014年までの10年間を「国連持続可能な開発のための教育(Education for Sustainable Development『ESD』)の10年」とすることが決議された。
 このことは、東日本大震災及びそれに起因する原子力発電所事故、電力不足の状況、日本におけるESDの実施の在り方にも大きな影響を及ぼすものである。
 学校では、ESDをどのようにデザインし、教育活動を実施するか、その準備を早急に進めていくことが重要である。

 (3-1) 「持続可能な開発のための教育」の推進
 ESDの目標は、「すべての人が質の高い教育の恩恵を享受し、また、持続可能な開発のために求められる原則、価値観及び行動が、あらゆる教育や学びの場に取り込まれ、環境、経済、社会の面において持続可能な将来が実現できるような行動の変革をもたらすことであり、その結果として持続可能な社会への変革を実現することである。」と「我が国における『国連持続可能な開発のための教育の10年』実施計画」に記述されている。
 文部科学省は、この実施計画を受けて、新学習指導要領(小学校2011年度、中学校2012年度、高等学校2013年度から完全実施)において、ESDの観点を盛り込んだ。そして、教育基本法と新学習指導要領等に基づいた教育を実施することにより、ESDの考え方に沿った教育を行うことができると強調している。特に総合的な学習の時間では、各教科等で学んだことを活かして、自ら調べたり、考えをまとめ発表したりする等、ESDに関する学習を一層深めることが重要である。
 今回の大震災を通じて日本国と日本社会は、大きな変化を余儀なくされた。大量生産大量消費を前提とするような社会、物質至上主義から、どのように国の仕組みを変えていくのか。自然と共生して生きてきたはずの日本社会が、その本来の姿を取り戻すためには何が必要なのか。ESDの視点から、環境保全や健康福祉、地域活性化・まちづくり、原子力発電所の事故や節電等に関連した、ライフスタイルの見直し等について、教育現場である学校から発信していくことが重要である。

 (3-2) 大震災からの教訓を「持続可能な開発のための教育」に活かす
 今回の大震災は、自然災害への万全な備えが、持続可能な発展のために必要な条件であることを、改めて気付かさせられた。これまで以上に、自然への理解を深めること、自然との共生の在り方について考え直さなければならなくなった。また、今回の大震災及びそれに起因する原子力発電所事故、電力不足の状況等に直面したことにより、多くの人々がエネルギーの供給と利用の在り方を含めて「持続可能な社会像」を明確にしなければならないことに気付いたはずである。
 大震災による被災地の状況は、4ヶ月を経過した現在もかなり厳しい状況にある。安心した日常生活を取り戻すには、まだかなりの時間を要するに違いない。しかし、大震災や原子力発電所事故等を教訓として、ESDの実施計画に反映させることが重要である。

 4.環境や地域社会の復興・エネルギー・放射線に関する学習の充実を図ろう 
 東京都教育会ホームページ「提言7:日本の環境教育」で、「地球温暖化や廃棄物問題、身近な自然の減少等、現在の環境問題を解決し、持続可能な社会を作っていくためには、行政のみならず、国民、事業者、民間団体等が積極的に環境保全活動への取組が必要である。」と提言した。しかし、今回の大震災は、被災地の環境、まち、その地に住む人々が営々と築き上げてきた文化や歴史等までを一瞬にして破壊してしまった。

 (4-1) 自然の巨大な力を認識し復興支援へ −地域の復興計画案を資料として−
 学校では、東日本大震災の状況を、児童・生徒に事実として受け止めさせ、「人間の思惟を超えた容赦のない圧倒的な自然の力」について学ぶことが重要である。その上に立って、教師は、まちづくり、地域の活性化等の復興に関わる学習をデザインしていくことが必要である。その際、例えば宮城県知事 村井嘉浩氏が提案している「県の復興計画原案:三陸地域では住居を高台に移し『高台移転・職住分離』、仙台湾南部地域では盛土した道路や鉄道で津波を防ぐ『多重防御』、復興住宅全戸への太陽光発電装置や、民間企業の漁業参入を促す『水産業復興特区』の導入等」を資料として活用することが重要である。

 (4-2) エネルギーに関する学習の充実を図ろう
 今回の福島第一原子力発電所の事故は、巨大地震と大津波が直接的な原因であるが、安全性では世界最高水準と評された日本の原子力発電所が無惨な姿を晒しているのは紛れもない事実である。
 事故の収束作業は難航し、他の原子力発電所の地元も安全性に疑念を抱いている。浜岡原発を首相の要請で停止した影響や、全国の原子力発電所を対象に実施するストレステスト(耐性検査)等、安全性の新基準に関する統一見解を巡る混乱、さらに、関西電力大飯原子力発電所の4号機の定期検査(2基目)をはじめ、定期検査に入る原子力発電所が続く。しかし、定期検査を終えた原子力発電所の再稼働を拒否する自治体が増えている。
 このような状況において、自然エネルギーの導入が課題として急上昇している。
 小学校では、本年度から完全実施となった新指導要領理科6年生で、「A 物質・エネルギー」で、「電気の利用」が新しく設定された。「エネルギーの変換と保存」「エネルギー資源の有効利用」、例えば、手回し発電機などを使って、電気をつくり出したり、蓄電池などに電気を蓄えたりすることができることを学習する。また、再生可能な自然エネルギーとして、風力、太陽光、太陽熱、地熱等での発電についても学習するであろう。

 (4-3) 原子力に関する学習の充実を図ろう
 これまで、中学校・高等学校では、放射線について詳しく学ぶ機会はなかった。スーパーサイエンスハイスクールに指定されている高等学校でさえ、「放射線」と「放射性物質」の違いを正しく理解している生徒は少ないようである。
 2012年度より完全実施の中学校新学習指導要領では、理科で放射線の記述が復活した。来春から使用される中学校の教科書は既に検定済みであるが、理科の教科書の「放射線・放射性物質」に関する記述は、「触れる」程度で、その内容は十分とは言えない。このようなことから、文科省は最近になって、放射線の基礎知識を学ぶ新たな副読本を作成することを決めた。(文部科学省及び経済産業省は、原子力に関する副読本を平成22年3月2日に制作済み)
 学校では、新たな副読本を活用して、放射線に関する基礎知識の教育の充実を図っていくことが必要である。

 (4-4) 節電を契機にライフスタイル見直させよう
 7月に入り、東京電力、東北電力管内の大口需要家に電気事業法に基づく電力使用制限令が37年ぶりに発動された。制限令で、政府はピーク時の電力使用量を昨年の夏より15%削減するよう義務付けたが、同様の削減は一般家庭にも求めている。他の電力各社も企業や家庭に節電を要請している
 15%削減のために、勤務時間を繰り上げて夕方以降の照明等の電力消費を抑える「サマータイム」を取り入れた企業、土日に操業し木金の平日休業を開始した企業、これに合わせ、首都圏では始発を午前4時台にした鉄道会社もある。一方、中小零細企業や自営業者は、こうした変化が急であり、対応に苦慮している。
 日本の高度経済成長は、大量生産大量消費を前提として、豊かな生活をもたらしてはきたが、節電は、様々な形を取りながら人々の生活に大きな影響を与えている。
 このような状況におかれている今だからこそ、学校ではこれまでのライフスタイルを見直し、持続可能な社会を構築するためのライフスタイルの在り方や、それに基づいた復興支援についての学習を充実させることが必要である。

以 上   

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