提言45: 中学校・高校で情報教育を徹底しよう

〜 大学入試におけるサイバーカンニングを教訓にして 〜  (2012/1/23 記)

 2012年の大学入試センター試験が1月14日から2日間の日程で行われたが、昨年2月下旬、京都大学での「英語」の試験中に電子機器(このときは携帯電話)を使ってWeb掲示板に試験問題を投稿したうえ、寄せられた回答をもとに答を書いた事象が公になり世間を驚愕させた。このほか早稲田大学など3つの大学の入学試験問題が試験の最中にインターネット上の質問掲示板「ヤフー知恵袋」に投稿され、その数分後に解答が掲示された事象が明らかになり大きく報道された。

1. 大学入試で大胆なサイバーニカンニング
 京都大など4大学の入試問題がネットの質問掲示板に投稿された事件で逮捕された19歳の予備校生は「ネット投稿がバレると思わず、騒動になって驚いた」と供述している。
まったく罪悪感がないように受け取れる。「騒動を起こした」という低レベルにしか思考できない京大受験者の倫理観の欠如に怖い気がする。入試のカンニングを刑事事件として扱う初のケースとして注目されたが、京都地検は3月24日予備校生が投稿を軽い?気持ちで実行したと判断し、刑事罰は求めず家裁送致とした。軽い気持ちだったで終わらせてよいのだろうか。試験監督者の目を盗んで、電子機器をあれほどの迅速さで駆使できるスキルを身に付けているのだから、過去にもかなりの場数を踏んでいたと推測できよう。

2. 社会問題化したサイバーカンニングの時代背景
 2004年に韓国の大学入試センター試験において、受験者約300名の不正行為が判明して大きな社会問題となり世界的にも注目を浴びた。
 今回の事件で驚いたのは、若者の情報リテラシー(活用力)の歪みである。ネットの「知恵袋」を開けてみれば答えやヒントが直ぐ分かる。超便利なのだ。ネットが簡単に不正(カンニング)の道具として使われることだけでなく、自分の頭で考えることを避けてネットの向うに安易に答を求める者が多いことに気付く。
 この19歳の若者は2ケ月の間に21回も入試問題などについて「知恵袋」で質問してぃるのだ。この頻度は他の利用者に比べ突出しているわけではない。ヤフーによれば、試験勉強や宿題を質問する「知恵袋」のコーナーは人気が高く、「数学」だけでいうと2004年開設以来、27万件以上の質問が寄せられたという。このツールを使えばたしかに便利だが、答を出すに至るまでの努力や喜びを知らずに大人になってしまう恐れがある。
 一昨年も小中高校生の詩や短歌のコンクールにおいてネットからの盗作が相次いで発覚し、賞を取り消された事例、また学生がネットから論文などを盗作する事例が急増しているという。このことは途中での試行錯誤を嫌い、手軽に結果を得ようとする風潮があるといえる。若い世代は、いとも簡単にブログやプロフに名前、写真、住所、アドレス、校名など個人情報をサイトに書き込む傾向がある。また、コピペ(コピー&ペースト)の横行でネット上の情報からの盗作(論文、詩歌、作文など)が増加しているという。盗作は悪事・悪行であり、触法行為である。図書館や書店で、自分が欲しいページを破り取る、盗撮するなどの不道徳な行為が増加している。また学校の電源コンセントから,平気でケータイの充電をする感覚が拡大している。

3. メディアの報道姿勢
 京大の入試問題ネット投稿事件についての報道では当初、実行犯が複数あるいは組織的なものも視野に入れた取材内容だった。まもなく容疑者が特定され、一人の予備校生が逮捕された。少年犯罪の場合、大人の犯罪とは異質な部分が注目を浴び、教育問題として大々的に報道するケースが多い。これは読者や視聴者に強く印象付ける効果があるからだ。19歳の少年の犯行と分かってから報道姿勢が入試監督の甘さを問う声や危機意識が乏しいなどの見出しが目立った。逮捕された男子予備校生は、「一人でやった」と供述して、入試会場で断続的に携帯電話を操作していたようだ。それにしても大腿部間や袖口の中で操るスキルには驚く。かなり前からこの手口を使っていたことが推測される。
 入試の公正さに対する信頼を大きく損なった事件として扱った記事や受験生への心理的影響を書いた新間は少なかったように感じた。
 「大学の試験会場によって不正行為がし易かつた」という予備校生のコメントに不正は悪事であり、やつてはいけないことだという文言が記事の中になかった気がする。この事件報道の終盤に入って各紙は、入試実施側(大学)の監督不行き届きに焦点を絞って報道していた。報道記事にリアクション(抗議や反論など)を起こすのが比較的弱いとされる教育機関側の足元を見ているのではないか。これまでも数え切れぬほどの例がある。教師の指導を無視して事故や事件を引き起こした場合、未成年だということもあろうが、本人や保護者の責任などを問う内容はごくわずかである。「学校の安全管理、指導監督に問題はなかったか」というフレーズが必出される。いつからこのようは記事スタイルになったのだろう。保護者の養育姿勢・監護に問題はなかったか」というフレーズも書いて欲しいものだ。

4. カンニングの語源とその手口
 ▼ 語源 = 英語 CUNNING「ずるがしこい」の意からきている。正しい意味を表わすのはHEATING「不正行為」。生徒・学生が学校などでの試験の際、良い成績をとるために試験監督者の目を避けながら他人の答案や、隠くし持ったノート、参考書を見るなど、不正を行なう行為のこと。戦前からこのカタカナ用語は流布していた。
 ▼ 手口
 (1) カンニングベーパーという用語が昔からあるように、紙の小片に数字・記号や文字を書き込んで置いて、試験時に盗み見したり、他者に渡したりする。
 (2) 消しゴムや鉛筆に数字・記号や文字を書き込んで置いて、試験時に盗み見したり、渡したりする。
 (3) 受験者の手のひら等にあらかじめ書き込んだ情報を盗み見る。
 (4) オブラート紙に数字・記号や文字を書き込んでおき、試験時に見て、発覚しそうになったら飲み込む。
 (5) 隠し持つた参考書やノート盗み見する。
 (6) 前後、横にいる者の解答を覗く、または覗かせる。
 (7) 音による暗号で解答のヒントを与えたり、得たりする。
 (8) 事前に不正な手段により試験問題を入手する。
 (9) 小型FM発受信機やミニトランシーバー等で外部と交信し、解答を得る。
 (10) 携帯電話、スマートフォン等の電子機器で、解答を得る。
 (11) その他 今後、電子機器技術の開発による、想定外の手口による。

5. 学校における具体的対応
 (5-1) 全教育活動で正義感、倫理観等を醸成する
 進学校を卒業した当該の予備校生は日常の学校生活において善悪の区別はつけられたのだろうか、楽したいからついやってしまう、ズルは悪いことだと認識していたのだろうか。多分その両方だろう。「こんな騒ぎになるとは思っていなかった」では済まされないのだ。やはり幼少時から「ズルは悪だ !」「卑怯なことはやってはいけない I」と徹底して教え込むべきだろう。中学・高校で扱う「情報」ではインター,ネットの使い方ではなく、善悪の問題を考えさせる情報モラル教育が欠かせない。多分、当該少年はネット上の通信記録から追跡されるほどの「悪事」だという感覚を持っていなかったのだろう。
 文科省は3月30日、2012年度から使用される中学教科書の検定結果を発表した。各教科とも内容は基礎基本の反復、発展的な学習を共に増やし、情報を使いこなす力、考える力、表現力の向上も重視している。国語科や社会科では、1つの事象を新聞、書籍、インターネットなど異なる情報源で調べる「情報を比較しよう」などのコーナーを充実した。指導に当たる教師は、様々な情報を得る心構えの中にモラル・エチケットを基盤に据えてもらいたい。

 (5-2) 情報教育の充実。徹底に努める
 中学校では、技術・家庭科で「情報」を扱っている。教科書を取り出してみると、T社の技術分野の場合、全体が243頁構成になっていて、そのうち「情報」関連は89頁を占めており、実に約37%にあたる。主な内容を挙げると次のような項目である。
 ● 情報社会と自己責任(8頁) ・情報社会人としての責任 コンピュータウイルス、不正利用の防止、チャットのメリット/デメリット、
 ● 情報社会の光と影(2頁) .携帯電話のトラブルとマナー、電子掲示板からの被害、著作権の侵害
 ● 情報伝達の安全性とマナー(6頁)・ネット利用上の安全対策、ネットショッピングやオークション、著作権、個人情報の保護、知的財産権、電子掲示板の利用上の注意点
 以上のような情報社会におけるマナーや自己責任、安全性に触れた内容が16頁分に記載されている。残りの頁には、コンピュータを中心とした電子機器の原理・機能、リテラシーについて書かれている。しかし、これらの内容を3学年末までに履修できるかという懸念を持つ。
 文科省は2003年度、ICTにかかわるモラルとリテラシーを高校生に身に付けさせるために学習指導要領で「情報」の授業を必修化した。だが、この「情報」という教科は、3年後の調査で「世界史」「地理」と同じように受験に必須な「数学」「英語」などに転用されていることが明らかになったのである。ある高校の教師は「現場では目先の受験が優先されて情報教育はなおざりにされている」と話す。そのような現場で育った受験生が今回のような驚きの事件を引き起こしたのである。加えて、情報教育の担い手が不足している現状もある。また2009年度の文科省調査によれば「情報モラルを指導する自信がない」とする教員は約30%だった。コンピュータによって大量の情報が瞬時に処理される高度情報化時代では、まもなくその規模が大きく拡大されるクラウドコンピューティング時代に突入することは明らかである。その使い方を誤って、ネット社会に翻弄されないために、高校生や大学生などの若い世代に対する情報教育の充実が不可欠である。

 (5-3) 学校における試験実施上の対策
 学校の教師はネット質問掲示板の存在をどのくらい認識しているのか、いささか心もとない。おそらく塾の教師を除いて少ないと思う。教師として悲しくも寂しいことだが、性悪説で臨まなければならないと考える。留意点は以下に示す。
 Œ テスト監督者は試験開始前に口頭で「カンニングという不正行為は悪事、悪行であり、絶対やつてはいけない。発覚した場合には、答案用紙没収、退室、処分等がある」を徹底する。
  筆記用具は机上に置かせ、机の中のもの、ケータイなどの電子機器もカバンまたはバッグの中に入れさせる。
 Ž 座席列の位置を毎時程で変えるようにする。
  テスト監督者は、前方の椅子に座らず後方に立ったりして、絶えず机問巡視をする。
  生徒側は不正行為がやり易い位置、やり易い教師を特定することもある。
  採点時に座席の前後の解答用紙で、少し気になる表現(同一な文言・記号)には要注意である。
 我が国の中学校や高等学校の定期テストなどにおいては、カンニングが発覚した時点で当該教科・科日、もしくはそれまでに受験した教科・科日の全て、またはテスト期間中における全試験の点数が0点(無得点)とされることも過去にはあった。
 高度デジタル技術は時々刻々変化・進化する。それを吸収会得する能力は格段に若い世代が優れている。彼らを指導・育成する教師は、ぶれることのない信念を持って「バレる、バレないに拘らず、ズル(不正)は悪行だ!」を子ども達の頭に刷り込んでもらいたい。
以 上   

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