提言47: 2012年全国学力テスト「理科離れ」の実態把握はできるか

 全国学力・学習状況調査が2012年4月17日、2年ぶりに実施された。小学6年生と中学3年生が対象である。国語、算数・数学に、今回から理科が新たに加わった。   
 新学習指導要領の全面実施(小学校2011年、中学校2012年)によって、理科は中学校で33%、小学校で16% 授業時間が増えた。国が理科教育に力を入れる中、児童生徒の理科の学力や、いわゆる「理科離れ」の実態を把握するため、今回から3年に1回程度、理科が学力テストに追加されることになった。
 今回の全国学力テストは、理科の追加や、応用力や問題解決の力を重視した出題など、これまでのテストに比べて、新たな挑戦が多かったと考えられる。文部科学省の調査結果報告が注目される。 
 本提言では、全国学力・学習状況調査の「小学校理科」についての見解を述べてみたい。

  1.2012年度理科問題の特徴
 今回から理科を加えた背景には、国際的な学力調査で科学的応用力の順位が下がったことや理科離れの懸念があったためと考えられる。   
 国語と算数・数学では「知識」に関するA問題と「活用」に関するB問題に分類されているが、初めてとなる理科は、「知識」と「活用」を一体的に問う形の調査になっている。   
 また、実社会や国際的な学力調査、新学習指導要領で重視された「問題解決の力」の実態を把握しようとする意図が設問の中に多く見られる。全設問で実験や観察記録のイラストが多く使用されている。その上で、実験内容では身近なものを教材として選び、小学校では梅ジュースの作り方やサクラの開花の観察、中学校では白熱電球とLED電球の省エネ効果について考察させる設問となっている。これらのことは、新学習指導要領で実験と観察に重点が置かれていることを示したものと考えられる。    
 学力テストの結果は夏ごろに公表される予定である。学校では、学力テストの成績のみを云々するのではなく、「問題解決の力」や「活用する能力」の実態を明らかにし、それに基づいた理科の授業をどのようにデザインするかを考えることが重要である。

2.小学校理科の問題
  小学校理科では、「A 物質・エネルギー」、「B 生命・地球」の分野から出題された。   
問題は「1:物質」「2:生命」「3:エネルギー」「4:地球」のように、各分野から1問ずつ4問で構成されている。   
 (2-1)2003年国際数学・理科教育動向調査に類似した問題   
   「1:物質」の問題は、質量保存についての設問である。設問は次の通りである。(2012年4月18日読売新聞から引用)
   
  <よし子さんは、氷砂糖を使って、その重さやとけ方について調べました。>   
 (1)下の図のように、氷砂糖1個とビニルぶくろの重さをはかると、22 gでした。
次に、水にとかしやすくするため、氷砂糖をビニルぶくろに入れて細かく割りました。そして、もう一度全体の重さをはかりました。         

Science experiments
 
  氷砂糖を細かく割った後の全体の重さは、( )   
     1. 22gより軽くなっていました。
     2. 22gと変わっていませんでした。
     3. 22gより重くなっていました。
     4. ビニル袋の重さだけになっていました。
    正答 2 形は変化しても重さは変わらない(質量保存の法則
  この「氷砂糖を割る前と後で重さに変化があるか」を問う設問は、2003年国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)で、「積み木の質量」で出題された設問「同じ積み木を、下の絵のように、ちがった3つのむきにして、はかりの上におきます。はかりがしめす重さはどうなりますか。(図は省略)」に類似している。   
  この設問で日本の4年生児童の正答率は66%(国際平均値は72%)で、25カ国・地域中19位である。  
  2003年TIMSSでは、全設問におる日本の成績は543点で25カ国・地域中3位である。2007年TIMSSでは、全設問におる日本の成績は548点で36カ国・地域中4位である。このように2回の全体的な結果では、日本の成績は上位である。しかし、設問によって、それぞれの点数に差がある。例えば、2003年TIMSS「物質の性質の設問:ある3つの物の特ちょうをくらべたものです。それらは木、岩、鉄のどれですか」のように、知識・理解に関する設問の成績は2位である。一方、「ロウソクの消える様子の設問:ロウソクはそれぞれ大きさのちがうガラスのようきでおおわれています。どのロウソクのほのおが一番最後にきえるでしょうか。」のように、思考に関する設問の成績は22位である。前述の「積み木の質量」と併せて思考に関する成績は、非常に低い。   

 (2-2)観察・実験の結果を考察する設問
  問題2 の(5)の設問は、実験の正しい手順のほか、結果を科学的に分析して、事態の改善につなげる「問題解決の力」を問う設問である。スイカを受粉させる実験に失敗した例を示し、改善策を考えさせる構成になっている。「受粉をさせる」ための知識を単に問う設問とは、大きな違いがある。この設問から、学校では理科の授業をどのようにデザインしたら良いかを、学び取ってほしいものである。新学習指導要領の「問題を計画的に追究する活動を通して」に基づいて、学習内容の習得状況を把握できる設問である。   
  問題3 は、エネルギーに関する問題である。実験結果から、問題点を明らかにし、目標達成に向けて何をどのように工夫するか等、設問の(1)〜(5)までが問題解決の過程を辿る構成になっている。実際の授業であれば、児童は意欲的に取組み、問題解決の力を習得していくはずある。学校では、理科の授業における問題解決の過程をデザインする上で、参考になると考えられる。      
  問題4 は、「1日の太陽の位置と木の陰の動きや長さ」に関する問題である。知識を問う設問は(2)のみで、他の4問は、観察記録を考察し、判断する設問である。しかも、授業では1日を通して観察し、それを記録にまとめ、考察・判断する設問であることから、学校での指導状況を捉えることもできる。   
  今回の学力テストの問題は、これまでの教育課程実施状況調査の問題と比較しても大きな違いがある。   

 (2-3)観察・実験とは何か
  理科の授業は、児童が自然の事物・現象との出合いからスタートする。出会った対象を既習事項と比較したり、関係付けたりしながら、どのように解釈するか、そのことに基づいて、観察・実験が計画されていくことが重要である。    
  では、「観察・実験とは何か」と問うと、その受け止め方は人によって程度の差がある。 「観察・実験とは何か」について、早稲田大学教授 露木和男氏は、初等理科教育2012年6月号論説において、「実験も観察も全ては『観察』である。視点をはっきりさせて、あるいは条件を明確にして意図的に行なう観察のことを『実験』と呼ぶのであり、全ては『観察』である。観察こそが理科でも最も大切にされなくてはならない営みである。観察と言ってもただ観ることではない。そこには『察する』という行為が付随しているのである。察するとは目に見えないものまでも見ようとする行為である。このよく観、よく察するという活動が同時的にあって初めて『観察』であり、理科の授業はその『観察』によって対象を解き明かしていこうとする営みである。」と述べている。    
  今回の学力テストでは、設問のほとんどが「観察・実験」で構成され、論理的思考力を問う設問が重視されている。このことの意義は非常に大きい。

3.理科離れはあるのか
 「理科離れ」が、教育界で論議され、マスコミ等でも頻繁に取り上げられるようになってから、かなりの年月が経過した。そして、今なお「理科離れ」に危機感を強く抱いている人々は多い。   
 今回の学力テストでは、「理科の勉強は大切だと思いますか」「自然の中で遊んだり自然観察をしたりしたことがありますか」等の質問も設けられた。児童生徒の理科への意識を把握し、「理科離れ」について分析するためである。   

 (3-1)「理科離れ」とは 
  理科に対して、児童生徒の興味・関心が低くなったり、授業における理解力が低下したり、日常生活において重要と思われる基礎的な科学的知識を持たない人々が増えていたりすると言われる一連の議論である。科学的思考力や問題解決の力の低下により、特に学年か進むにしたがって、授業の内容を理解できない児童生徒が増え、専門的知識・技能を有する人材の育成が難しくなることが問題として指摘されている。   

 (3-2)日本の児童生徒の成績は良いが理科は楽しくないという現状  
  日本の児童生徒の理科や算数(数学)の学力は、長年にわたって国際的にトップクラスであると言われてきた。2000年のOECDによる32か国対象の学力調査でも、数学は1位、科学的リテラシーは韓国に次いで2位という結果が出ている。しかし、国立教育研究所(現国立教育政策研究所)による1989年以来の追跡調査のデータによると、「理科はおもしろい」と思う児童生徒の割合は、学年が上がるごとに減少し、高校生になると50%強にまで減少している。   
  また、1999年の国際教育到達度理科の授業で教師が児童に演示実験を行っている割合は、小学校学級担任は「ほぼ毎時間」が4%、「週に1回程度」が19%、「月に1〜3回程度」が47%である。一方児童が観察や実験を行っている割合は、小学校学級担任は「ほぼ毎時間」が19%、「週に1回程度」が45%、「月に1〜3回程度」が32%となっている。理科の授業で最も重要である「観察・実験」がおろそかになっていると言うことができる。評価学会による中学2年生を対象とした国際比較調査でも、「理科の勉強は楽しい」という生徒は21か国中、韓国に次いで低く、「理科は生活の中で大切である」「将来、理科を使う仕事に就きたい」という生徒の割合については最下位という結果が出ている。   
  さらに、2007年に実施した国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)では、「理科の勉強は楽しいと思う」と答えた小学4年は、国際平均(83%)を4ポイント上回る87%だったが、中学2年生は59%と国際平均(78%)を19ポイントも下回った。即ち、日本の児童生徒は、理科の成績は良くても学年が上がるにつれ理科をおもしろいと思わなくなり、生活や将来の職業とも結び付きにくくなっているという現状が明らかになった。   

 (3-3)教師のいわゆる理科離れ 
  新学習指導要領の理科においては、授業時数を増加し、基礎的・基本的な知識・技能の確実な定着と思考力、判断力、表現力等の育成を図るため、観察・実験や実際の場面で活用する活動等の改善を図ることになった。   
  このことは、児童生徒の「理科離れ」を克服するための方策でもある。しかし、一方では教師自身の「理科離れ」が深刻で、授業改善に対応できるかという不安もある。   
  2009年4月改訂の「小学校理科教育実態調査及び中学校理科教師実態調査に関する報告書」では、小学校で理科を教える教師の意識は、次のようになっている。   
  Œ 小学校学級担任の理科全般及び分野ごとの指導の得意・苦手の意識   
  「理科全般の内容」では、約50%の教師が「苦手」または「やや苦手」と感じている。分野別に見ると「苦手」または「やや苦手」と感じている割合が高い順に、「物理分野の内容」67%、「地学分野の内容」65%、「情報通信技術(ICT)の活用」61%、「化学分野の内容」56%、「生物分野の内容」47%となっており、約半数かそれ以上の教師が特定の分野の指導に苦手意識をもっている。   
   教職経験年数別の指導の得意・苦手の意識   
  教職経験年数別では、「理科全般の内容」についての「苦手」または「やや苦手」の割合は、「教職5年未満」64%、「5年以上10 年未満」63%、「10 年以上20 年未満」39%、「20 年以上30 年未満」44%、「教職30 年以上」46%と特に教職経験10年未満の教師に苦手意識をもっている割合が高い。   
  また、大学時代の専攻の理系・非理系別に見た「苦手」または「やや苦手」の割合については、各分野とも非理系の教師の方が苦手意識をもっている割合が高い。    
  Ž 観察・実験の状況   
  理科の授業で教師が児童に演示実験を行っている割合は、小学校学級担任は「ほぼ毎時間」が4%、「週に1回程度」が19%、「月に1〜3回程度」が47%である。一方児童が観察や実験を行っている割合は、小学校学級担任は「ほぼ毎時間」が19%、「週に1回程度」が45%、「月に1〜3回程度」が32%となっている。理科の授業で最も重要である「観察・実験」がおろそかになっていると言うことができる。   
 若手教師が子ども時代に受けた「ゆとり教育」で科学に対する興味を失ってしまったことや、理科を学ばなくても教師になれること等、「教師の理科離れ」がある。どうすれば教師の「理科離れ」を防げるのか、早急に対応することが必要である。

4.小学校教員採用選考において「理科コース」を新設
 東京都教育委員会は、小学校理科教育の一層の充実を図るため、平成25年度東京都公立学校教員採用候補者選考(平成24年度実施)において、「理科コース」を新設することを公表した。採用見込み数は50名で、採用後は、理科教育のリーダーとして活躍してもらうことや、理科の研修を受ける機会を多くし、理科の専門性を高めることができるとしている。
 この施策によって、児童生徒の「理科離れ」を防ぎ、理科の授業の充実を図ろうとする意図は理解できる。しかし、教師のいわゆる「理科離れ」を防ぐための施策が効力を発揮するためには、「理科コース」で採用された教師が、学校で主体的に活動できるような環境や校内研修の場の構成が何よりも必要である。理科の授業の研修には、本会ホームペの「提言27:新学習指導要領完全実施を目指して校内研究を充実しよう 『理科の素材の教材化』」「提言32:問題解決の授業をデザインしよう」等が活用できると考える。
以 上   

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