提言50: キャリア教育・職業教育を推進し充実を図ろう ! (2012/7/12 記)
産業構造の変化や雇用の多様化・流動化、様々な分野での国際競争の激化、少子高齢化の進行等、社会全体が大きく変化する中で、学校においては、「キャリア教育・職業教育」の充実を目指すことが重要であると、提言48「学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方」で提言した。
この提言を受けて、小学校・中学校・高等学校における「キャリア教育・職業教育の推進」について、見解を述べてみたい。
1.キャリア教育・職業教育の推進
キャリア教育・職業教育は、「教育基本法」「学校教育法」「中央教育審議会答申」「学習指導要領」等に基づいて推進していくことが重要である。
(1-1)2008年1月 中央教育審議会答申
2008年1月中央教育審議会答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について」の中で、社会の変化への対応の観点から教科等を横断して改善すべき事項として、「将来子どもたちが直面するであろう様々な課題に柔軟かつたくましく対応し、社会人・職業人として自立していくためには、子どもたち一人一人の勤労観・職業観を育てるキリア教育を充実する必要がある。」と指摘している。
今後、児童生徒の発達段階に応じて、学校の教育活動全体を通じた組織的、系統的なキャリア教育・職業教育の充実に取り組むことが必要である。特に、学ぶこと、働くこと、生きること等を実感させ、将来について考えさせる体験活動が重要である。したがって、各学校の教育課程への適切な位置付けが必要である。具体的には、例えば、次のような事項を教育課程に位置付ける必要がある。
◆特別活動における望ましい勤労観・職業観の育成に関する事項
◆総合的な学習の時間、社会科、特別活動における小学校での職場見学、中学校での職場
体験活動、高等学校での就業体験活動を通じた体験的な指導の推進等に関する事項
(1-2)教育振興基本計画
2008年7月、「教育振興基本計画」が閣議決定された。この計画は、教育基本法に示された教育の理念の実現に向けて、今後10年間を通じて目指すべき教育の姿を明確にするとともに、今後5年間(2008年〜2012年)に取り組むべき施策を総合的に推進するために、政府として初めて策定したものである。「教育振興基本計画:第3章 今後5年間に総合的かつ計画的に取り組むべき施策」には「地域の人材や民間の力も活用したキャリア教育・職業教育、ものづくりなど実践的教育の推進」が掲げられている。
その内容は、児童生徒の勤労観や社会性を養い、将来の職業や生き方についての自覚を促すよう、PTAやNPO等の協力を得て、キャリア教育を推進することを重視すること。特に、中学校を中心とした職場体験活動や、普通科高等学校におけるキャリア教育の推進について強調している。また、ものづくりに関する児童生徒の興味・関心を高めるとともに知識・技術を習得させるため、例えば小・中学校段階のものづくり体験や、専門高校等における地域産業や経済界と連携したものづくり教育をはじめ、産業、職業への理解を図ることが必要であるとしている。
2.各学校段階におけるキャリア教育・職業教育
学校教育においてキャリア教育・職業教育を推進していくためには、それらの教育の意義を理解するとともに、校長のリーダーシップのもと、学校経営方針にキャリア教育・職業教育を位置付けることが必要である。また、それらの教育を推進するには地域との連携が不可欠である。しがって、校外の諸機関との連携を図るとともに、適切な組織を作って推進していかなければならない。
(2-1)小学校におけるキャリア教育・職業教育
新学習指導要領では、これまで以上に小学校におけるキャリア教育の推進が求められている。新学習指導要領には、中学校・高等学校のように進路指導に直接関わる記述はないが、全教育活動を通して行う生き方の指導や勤労観・職業観の育成等に努めることが大切である。
小学校段階におけるキャリア発達の特徴
小学校におけるキャリア教育・職業教育は、全教育活動の中で6年間を通して意図的・継続的に推進していくことが重要である。小学校は、低学年、中学年、高学年と成長が著しく、社会的自立・職業的自立に向けて、その基盤を形成する重要な時期である。そのため、児童一人一人の発達に応じて、人・社会・自然・文化と関わる体験活動を、身近なところから積み重ねていくことが重要である。また、係活動や委員会活動、清掃活動、勤労生産的な活動等を通して、自らの役割を果たそうとする意欲や態度を育てていくようにする。
全教育活動における組織的・計画的な取組
キャリア教育に関することは、学習指導要領の総則で、「各教科の指導に当たっては、児童が学習課題や活動を選択したり、自らの将来について考えたりする機会を設けるなど工夫すること」と記述されている。したがって、教育活動の領域・単元の1つではなく、教育活動全体に働きかけていくことが重要である。
小学校では、既存の教育活動の中にキャリア教育・職業教育と関連する内容が多い。それらをキャリア教育・職業教育の視点で捉え直すことによって、夫々の活動の関連を明確にすることが必要である。
学級担任が全教科を見渡しやすいという小学校の利点を生かし、キャリア教育・職業教育の視点を意識して取組むことが重要である。
学校や家庭での「役割」や「役割を果たそうとする意欲」の醸成
小学校段階では、遊びや家庭での手伝い、学校での係活動、清掃活動、勤労生産的な活動や地域での活動等の中で、自分の役割を果たそうとする意欲や態度を育てていくことが重要である。また、内面的な価値観を創出することに深く関わる道徳の時間との関連を図る等、「自己の生き方」を考えることができるようにすることが大切である。
幼稚園や保育所、中学校との連携
小学校でのキャリア教育・職業教育を充実させるためには、幼稚園や保育所、中学校との連携を図ることが重要である。交流活動、授業参観などの機会を捉え、キャリア教育・職業教育についての理解を図ったり、高学年向けのガイダンスで中学校への理解を深めたりすることが必要である。
家庭や地域との連携
キャリア教育・職業教育について保護者の理解を得ることは非常に重要である。授業参観や保護者会、学校だより等を通して、学校のキャリア教育・職業教育の方針や指導内容について理解を深める工夫をするとともに、キャリア教育・職業教育の支援者として共に活動する場を提供するようにすることが重要である。
(2-2)中学校におけるキャリア教育・職業教育
中学校では、新しい集団の中で、教科担任制をはじめとして、小学校とは大きく異なる学校生活が始まる。特に中学1年時には、初めて取組む教科や定期試験、部活動等、生徒は急激な環境の変化の中に身をおくことになる。また、学校行事や生徒会活動等においても、係や委員会など責任をもって一定の役割を担う体験の機会が増し、それに伴って人間関係の輪が拡大する。
一方、職業に対する知識と勤労の意義についての計画的、系統的な学習や体験活動等により、発達段階に応じた望ましい勤労観・職業観が培われなければならない時期である。
中学校段階におけるキャリア発達の特徴
学校の教育活動全般において、キャリア教育・職業教育がどのように教科等の学習や活動と関わり、位置付けられるかを示すのが全体的な指導計画である。キャリア教育に関する学習や活動の内容は、中学校の3年間を通した計画的、系統的なものになるよう、教育課程を横断的視点で捉え、キャリア教育・職業教育と関連する各教科・領域等相互の接点を考慮し計画することが重要である。
全教育活動における組織的・計画的な取組
学校行事や総合的な学習の時間における体験活動、道徳の時間等は、生徒の内面的価値形成やキャリア発達を促す上での有効な時間となる。学校は、それらキャリア教育・職業教育に関わる内容に配慮した年間指導計画や授業計画を工夫することが大切である。
職場体験の位置付け
職場体験等の啓発的体験学習は、現在ほとんどの中学校で実施されており、生徒のキャリア発達を促す上で極めて重要である。しかし、その実施方法や内容等についての課題として、例えば、職場体験は、イベント的要素が色濃く、学年行事として単発的に完結してしまうこと等が指摘されている。キャリア教育・職業教育では、それが3年間の系統的な計画と意図的な事前事後の指導のもとで実施していくことが必要である。そのためには、望ましい勤労観・職業観の内面的価値形成を意図した学習の計画と実施、それらが効果的に生きてはたらくような体験活動を工夫することが重要である。さらに中学校での体験が、上級学校におけるインターンシップや将来への就業意識向上につながることを意図した教育活動となるよう高等学校との連携が求められる。
キャリア・カウンセリングの充実
教員は、生徒一人一人の理解に努め、相互の人間関係を築く中でキャリア発達における個人差を認識し、個々の生徒に応じた指導に当たる必要がある。そのためには、定期的な面談やキャリア・カウンセリングの機会を設け、個々の生徒の望ましいキャリア発達を支援することが大切である。その際、学校の年間指導計画に教育相談の機会を複数配置する等、学校全体の共通理解のもとで取組むことが望まれる。また、特に問題を抱える生徒については、家庭やカウンセラーとの連携を密にする等、関わりをもつ他者との協力体制を整え対応する必要がある。
卒業後の進路の円滑な移行への支援
中学校での進路選択は、卒業後の進路先の的確な情報収集のもとに、将来を見通して、自己の個性・能力・適性に対する十分な理解と検討の上に、自らが納得のいくものにすることが重要である。そのため、進路情報の提供、体験入学への支援、三者面談等の活動を含む教員の適切な指導・援助が求められる。特に、特別な教育支援を必要とする生徒の卒業後の進路については、保護者との連携を密にし、十分な配慮のもとに対応する必要がある。
(2-3)高等学校におけるキャリア教育・職業教育
高校生は、小学校、中学校で経験してきた様々な学習や体験の上に、新たな学習や体験を積み重ね、自らの能力・適性を客観的に吟味し、将来への展望を描くことができる。しかし、精神的・社会的な成熟が遅れ、基本的な生活習慣、人間関係形成能力等を十分に身に付けていない生徒も多い。
高等学校におけるキャリア教育・職業教育は、生徒のキャリア発達を支援し、望ましい勤労観・職業観を育成しながら、多様な選択肢から自己の意志と責任において進路を主体的に選択することができるよう援助していくことが重要である。
生徒の実態把握
高等学校の場合、複数の中学校から生徒が入学してくるため、学習歴が多種多様である。したがって、高等学校における新たな学習を展開するためには、生徒の実態を掌握することが不可欠である。また、学習内容が重複する場合でも、キャリア発達の段階が異なり、身に付ける知識の深さや体験する内容も異なっているため、発達的な視点に立って学習を捉える必要がある。
高度専門職業人への対応
高度で専門的な職業能力を有する人材の養成が求められる中で、将来、スペシャリストとして活躍するための基本的な能力・態度を身に付けることもキャリア教育・職業教育に期待されている。近年の科学技術の進展や急速な技術革新、社会経済の急激な変化と多様化、複雑化、高度化、グローバル化等を受け、社会や企業から評価される付加価値を備えた人材を育成するための環境整備を進めることが必要である。
このような状況の中で、自ら考え、自己変革に励む態度を身に付けることが重要である。そのためには、現実の社会に触れたり、将来の職業生活を考えたりして、自己の個性や特徴を捉え、伸長させようとする意識をもたせるとともに、将来のスペシャリストとしての基礎的・基本的な知識・技術を養うことが必要である
上級学校への接続に対する配慮
「学ぶ」楽しさや意義を理解し、「もっと学びたい」という意欲を培うこともキャリア教育・職業教育に期待されている。生徒は自分の得意分野や能力・適性等に気付き、自分の在り方を発見するようにしたい。この「気づき」と「発見」が、上級学校への進学意欲や生涯学習の重要性を理解することに結びついていく。上級学校に進学した後も、意欲的に学習する能力・態度を身に付けさせるために、キャリア教育・職業教育を教科や総合的な学習の時間等で、意図的、継続的に展開する必要がある。また、近年、大学でも、従来の就職指導を入学当初からのキャリア支援に切り替える学校も増えており、高等学校において学習したキャリア教育・職業教育が進学先でも継続して展開されることが期待される。
キャリア・カウンセリングの実施
高等学校入学後の最初の時期は、生徒は高等学校での新生活が始まった不安感を抱えている。その心の不安定さを払拭し、学校や学級への帰属意識を培うための指導を、キャリア・カウンセリングの視点から、生徒を支援していくことが重要である。高校生になると、自己をより客観的に理解できるようになるとともに、社会情勢や将来設計の問題、職業生活に対する関心も高まってくることから、生徒の将来について生徒と教員が一緒に考えていくカウンセリングが必要になる。また、自分の生き方や在り方に悩む時期でもあり、精神的な支援・助言も欠かせない。そのためには、個性の多面的な理解と多様な価値観の受容に留意し、多くの進路情報を活用した相談活動を、継続的に実施することが望ましい。
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