提言52:  柔道の授業を通して武道の心と楽しさを体験させよう

(2012/10/23記)  
 平成20年3月の中学校学習指導要領改訂により、中学校保健体育科においては、平成24年度から、第3学年になるまでに全ての中学生が武道及びダンスを学習することになった。このため、中学校保健体育教員は、男子生徒、女子生徒にかかわらず全ての生徒に武道及びダンスを指導することとなった。都教委は平成23年3月に「武道・ダンス体育理論指導事例集」を作成し、都内中学校、中等教育学校、高校、特別支援学校の保健体育教員約7,100人に配布したので、同科の先生方はこの事例集に目を通していると思う。
 文科省の調査によると、今年度から中学1、2年生の保健体育科の授業で必修化された武道 ━ とくに柔道の授業を行う中学校の93.8%にあたる6,411校が授業の開始時点で「一定の指導歴か研修歴を持つ教員が指導する体制になっている」と回答していることが分かった。3%にあたる206校では、「外部指導者の協力を得る」と回答している。
 この調査は全国の国公私立中学校1万683校が対象。4月時点の柔道の指導体制を聞いたもの。柔道の授業を実施すると答えたのは、全中学校の64.0%にあたる6,837校。割合が高かったのは山形県(97.2%)、秋田県(96.7%)の順で、東京都は83.8%だった。剣道の多い岐阜県が9.6%で最も低かった。
 必修化されたねらいを授業に生かすために、限られた時間のなかで指導に当たる教師はどうあるべきか、見解を以下に述べる。

1. 武道必修化の意義を理解しよう
 武道は、我が国固有の文化であり、相手の動きに応じて、基本動作や基本技を身に付け、相手を攻めたり相手の技を防御したりすることによって、勝敗などを競い合う楽しさや喜びを味わうことのできる運動である。
 武道を学ぶことによって、「礼」に代表される伝統的な考え方などを理解することが期待される。また、相手の動きに応じて対応する中で、相手を尊重する態度がはぐくまれることも期待される。(平成24年 文科省「柔道の授業の安全な実施に向けて」から)

 (1-1)柔道の源流
 古武道のなかでは、「柔術」と言われた。武士が戦場で刀折れ、矢尽きたとき、素手で戦うための実践的な組み打ちの技術だった。
 講道館に残る記録によると、最も古い流派は、戦国時代に誕生。江戸時代の終わりころには、約170もの流派があったという。こうした流派の中から[投げ技]が特徴の「起倒流」、[固め技]に優れた「天神真楊流」を修業した東京大学の学生だった加納治五郎が、卒業後の1882年(明治15年)に「人をつくる教育の道」として提唱したのが柔道である。
 柔道は、誕生から数年後に開かれた警視庁の武術大会でその名をとどろかせた。そこで加納の門下生が柔術の猛者たちを次々に倒したのだ。柔道はこれをきっかけに警察官の訓練科目として採用され、普及していく。
 1964年(昭和39年)の東京オリンピックからは、正式なオリンピック種目になり、現在、国際柔道連盟には200の国・地域が加盟して、大きく国際化が進んでいる。 

 (1-2)礼節の心
 柔道が「柔術」から発展進化したのは、心身の鍛練や人間教育など「道」の部分を重視したからに他ならない。加納治五郎が唱えた「精力善用、自他共栄」の精神に象徴される礼節の心を生徒に育むことが大切である。中学時代に相手をいたわる心を畳の上で学び合うことが10年、20年先を考えた柔道の底辺拡大を目指すのもよいだろう。
 中学校における武道の必修化の根本目標は「日本人が忘れてしまった『礼節の心』を武道を通じて呼び起こす」ことではなかろうか。

 (1-3)柔道とJUDOの違い
 今夏のロンドン五輪大会では日本の男子柔道は残念な結果に終わったが、柔道競技を見る機会が中学生を含め、体育教師にも多くあったと思う。テレビで見るJUDOと今年度から中学校で必修種目になった柔道とは究極は同じでも、そこにたどりつく過程は、全く違うことを教師は知る必要がある。
 本来の柔道は、五輪大会を頂点とする勝負優先の競技スポーツ「JUDO」とは異なる。指導に当たる教師は武道(柔道)がなぜ「必修化」されたのかを含めて柔道の存在意義を指導理念の主眼にすべきであろう。 

2. 柔道の授業の進め方をデザインしよう
 (2-1)指導のねらいを焦点化
 中学校の柔道は、「柔道って意外に面白いな!」「もっとやってみたいな!」「柔道やるとケガが少なくなるのか!」と生徒が感じる程度の授業で良いと思う。生徒が柔道を好きになる授業を目指すことが重要である。柔道を専門外とする教師が柔道指導で困惑することの一つに、実技指導書(書名─ワンダフルスポーツ、図解中学体育等)には、記述されていない微妙なポイントが指導しきれないことだと考える。また、どこまで指導するのか、実技指導書に記載されている全ての技を生徒に指導するのか、多くの戸惑いがあろう。指導書の技を全てマスターするには、授業内ではとうてい不可能なことである。配布済みの都教委の『武道・ダンス・体育理論 指導事例集2011.03発行』を手近に置いて参照してほしい。
 (2-2)指導時期を総合的に検討 
 中学校3年間を通した柔道履修の中長期的な見通しを持っこと、また生徒の健康・安全を考慮して、室温が極端な時期を避けるべきだろう。
 (2-3)授業形態の検討
 指導スタッフと授業形態の検討 ─ 男女別修か共修か。外部指導員の導入とТТ指導

3. 柔道の授業前における留意・点検事項 
(3-1)実技練習環境(施設・設備、用具など)の安全確認
(3-2)事故発生対応策
  Œ応急手当(捻挫・骨折など/AED操作)の確認  
  緊急連絡先の確認  
(3-3)外部指導員との協力体制
(3-4)指導計画の点検
 Œ指導のねらいは明確か?
 指導時期は妥当か?
 Ž外部指導員を導入した場合のТТ指導は?
参考資料; 都教委「外部指導員の導入による成果」「外部指導員を活用する武道モデル事業 実践事例」では、下記のように記述されている。
 a) 伝統文化の伝承としての柔道における作法/礼法や講道館の精神について、分かりやすい説明が可能となる。
 b) 技の説明を身体構造の視点で行い、力で相手を投げるのではないことを説明した。
 c) ТТにすることで女性教師も指導できる。
 d) はじめて学習する女生徒の柔道に対する不安が少なくなり、意欲的に取り組んだ。
 e) 女性教師は次年度から、自ら指導の中心となって授業を行える意識が高まった。

4. 柔道の授業内容
 中学校で学ぶ武道は、これまで選択領域だったが、新学習指導要領に示された「武道」では、第1学年と第2学年において、「武道とダンス」を含めた全ての領域(柔道・剣道・弓道)が必修となった。
 柔道の授業内容は、各学校や地教委の裁量に委ねられているが、「武道」に割ける時間は保健体育の授業として1、2学年とも年間10時間程度である。この限られた時間で、礼法、受け身、基本技などを学ぶとすると、教える側も手いっぱいであろう。  

 (4-1)オリエンテーション  
 最初の授業が肝腎で、初めて学ぶ生徒の目線に立脚して次の項目等を簡潔に指導したい。
 Œ 柔道の歴史  
  柔道着の準備・着方・たたみ方
 Ž 授業規律の維持・確保
 武道のどの種目にも共通していることだが、一番大切なことは、授業規律である。勝手なことをやっている集団に柔道を教えることは、生徒に凶器を持たせることと同じだといっても過言ではない。始めに、強調した柔道を通して「心」を教えることに尽きるといってよい。ほかの種目にない支え手(かばい手は、相撲にもある)がある唯一の種目である。そこに、柔道の素晴らしさがある。残念ながら、生徒がマスメディアで見聴きする柔道は、JUDOである。相手の心を考えずガッツポーズをしたり、反則を取りにいったりするのがJUDOである。勝つことが一番だというのがスポーツJUDOである。中学校で指導するのは、柔道であり、その違いと基本理念を徹底させれば、中身が濃く、ケガのない授業になると考える。  

 (4-2)礼法の指導
 柔道を指導する上で、最も重要なことは、「礼法」を通して、「心」を指導することである。このことこそ、中学校の体育に「武道」が導入された根本の考え方である。柔道指導で初めに指導しなければならないことは、ケガの予防、導入段階の基礎である礼法と基礎的な補助運動と受け身の指導である。その基礎を完全に習得させてから、基本的な投げ技、固め技の指導に発展させることが重要である。   
加納治五郎の柔道精神に「礼法は、常に相手を尊重し、敬意を表し、感謝の念を持たねばならない。また、自分も謙虚で、冷静を保たなければならない。礼法は、このような礼の気持ちを形で表したものである。技の上達とともに、人間性の向上を目指すことが大切である。」とある。この礼法の理念は、「敵(相手)にも仲間にも敬意を払う」フェアプレーの精神と共通している。このことを繰り返し指導することが大切である。  

 (4-3) 準備運動を兼ねた補助運動
 実際に投げられると、体の回転で天地が逆さまになることが多い。非常に恐怖感をおぼえる。恐怖感を和らげるために、前転・後転・開脚前転・開脚後転・側方倒立回転は、準備運動を兼ねて行うと良い。また、柔道の特異な運動である脇締め・エビ等を取り入れると、生徒の興味・関心が深まるであろう。

(4-4)受け身の基本
 [実技指導書]に記載されている受け身は、試合実践で使われる受け身とは違いがあることを指導者は理解することが必要だ。実技指導書に書かれている受け身の全てをマスターしたら、実際に投げられたときに受け身が取れるようになっているが、授業時数が限られた中では、受け身の練習に多くの時間をかけることは難しい。

5 予測されるケガの種類と防止のキーポイント
 柔道は、ケガの多いスポーツだと言われてるが、実際は、受け身を身に付けることで、他の種目でのケガの防止にもつながる。すなわち、受け身を身に付けることで、倒れたときの体のバランスをとり、衝撃を和らげることができる。柔道選手があれほどの勢いで投げられてもケガをしない理由がそこにある。ではどんなケガがあるのか以下に示す。 
 (5-1)体幹のケガ
 脳しんとう、加速損傷、SIS(セカンドインパクトシンドローム)体幹のケガは、重大な後遺症を残すか、死に至りかねない。特に、頭部のケガは、未然に防ぐことが重要である。最近の生徒は、首の筋力が弱く、後方に倒れると、頭の重さに耐えられず、後頭部を強打することが多々ある。特に、女子は、その傾向が強い。後ろに投げられる技、大外刈り、大内刈り、小内刈り等は、首の筋力を鍛えてから指導することが望ましい。また固め技でも、けさ固めも頚椎損傷の危険があり、指導に細心の注意が必要である。
 (5-2)上体のケガ
 Œ 鎖骨骨折
 上体のケガでこれまで中学生の試合で最も多いのは、鎖骨骨折である。無理な巻き込み技、投げた選手が相手に勢いのまま乗ってしまう技(払い腰、内股に多い)に多いケガで、体の大きい選手が投げたときに多い。投げたら、引き手を十分引かせることを徹底させる必要がある。残念ながら[実技指導書]での技の解説には、書かれていないことが多い。
  腕のケガ
 腕のケガで多いのは、肘関節脱臼、上腕骨骨折、橈骨骨折等である。これらのケガの多くは、右組の選手が左技で投げられたときに、手を突くことで発生することが多い。また、肩から直接落ち、強打したときに、肩鎖間接脱臼も多く発生する。
 Ž 脚(足)のケガ
 脚のケガで、多いのは、足首の捻挫。また膝のケガは、完治に時間のかかるケガが多く、すぐに専門医の診断を仰ぐことが必要である。膝の靭帯断裂は、早期に治療しないと一生のケガになりかねないので注意が必要である。
 ケガの予防と早期対応は重要なことである。生徒には、軽いケガでも必ず報告させること。授業者は素人判断せずに、まず養護教諭に相談することが大切である。早期対応が保護者とのトラブル防止の基本である。このことは、柔道に限ったことではないが、世間では、柔道は、危険なスポーツと思われることが多く、特に、細心の注意が必要である。
 柔道における事故は指導者の油断や配慮のなさに起因するとも言われている。街の道場や柔道教室で見かける派手な立ち技を見せたり、初心者に乱取りをさせたり、技に憧れる生徒の好奇心をくすぐるような指導は事故と背中合わせになるので、やってはいけないと考える。

6. 中学校における柔道の必修化に対応した全日本柔道連盟の動き
 これまで柔道を指導するための、用具・施設・設備と指導者の確保が各学校で十分にできているか若干懸念する新聞報道もあった。柔道の授業でケガをし、柔道は危険な武道だという印象を植え付けて、柔道人口がますます減少することを危惧する声もある。  
 全日本柔道連盟(以下、全柔連)では部活動や授業で頭部外傷や脳しんとうを起こした選手や生徒の症状などを登録する届け出制度を始める。 
 全柔連の医科学委員会では、柔道の中学必修化をきっかけに、頭部を打った全ての例を集めて、どのような特徴があるか調べることにした。町の柔道教室や部活動の選手だけでなく、授業中の事故についても教育委員会を通して報告してもらう。指導者や保護者に、事故前の体調や事故後の症状、医師の診断、画像などのデータを提出してもらう。  
 5月から徳島、熊本、福岡3県で届け出に基づいた登録を始め、3年間のモデル事業を行った後、全国に広げていくという。学校管理職や指導に当たる教師は、このような全柔連の対応を十分理解・認識しておくことが大事である。    

7. 受け身の効能論
 高校、大学そして企業の柔道部に所属していた作家の高橋秀実氏は、ある新聞のコラムで次のように語っている。  
 “ 私は受け身が、とても上手いと自負している。投げられたら、すかさず畳を手で叩く。手が使えないときは、足で叩く。いかなる体勢でも、ほとんど無意識のうちに受け身をとる。試合においても、勝ち負けより大切なのは、身の安全である。
 そもそも、柔道は護身術の一つである。たとえ勝ってもケガをしたら元も子もないし、きちんと受け身をとれば、すぐに立ち上がって反撃に出られるのだ。私は柔道そのものが受け身といってもよい。学校ではぜひ受け身の指導を徹底的に行ってほしい。極端だが、教えるのは受け身だけでもよいくらいで、とにかく生徒たちにはケガをさせず、この世に生を受けた者、つまり生まれながらの受け身としての自覚を持たせてほしい
”と。   
 ともかく、学校における指導者にとって、含蓄のある内容である。

引用資料】 文科省スポーツ・青年局;『柔道の授業の安全な実施に向けて』平成24年3月(刊)
        /都教委;『武道・ダンス・体育理論 指導事例集』平成23年3月(刊)
協 力】 東京都中学校体育連盟
以 上   

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