提言60: 良い授業をつくろう (2013/06/21 記)

 下村博文文部科学相は、2013年1月15日の閣議後の会見で、「学校週5日制」を見直して「学校週6日制」を実現するための具体的な検討に着手したことを明らかにした。 また、公立学校で土曜日にも授業をする学校週6日制復活について、「どんな課題があるか省内で整理している」と述べ、「学校週6日制復活」に意欲を示した。
 「学校週6日制」の実現は、新学習指導要領で増加した授業時間数や学習内容に対応し、公立の小中高校で土曜日にも授業を行い、学力の向上を目指すとしている。しかし、現行の「学校週5日制」は企業等の週休2日制とも連動して社会に定着している。教員の労働条件等についても十分に論議を重ね、定着した「学校週5日制」を変えることに対する意義や根拠を明確にしなければならない。
 「学校週6日制」について、「どんな課題があるか」については、文部科学省に委ねるだけでなく、日々、児童生徒と接している学校が、「道徳の教科化」や「英語活動の教科化」とも併せて、現場でも明らかにしていくことが重要である。
 このような状況において「学校週6日制復活」に関しての見解を述べてみたい。

1.「学校週5日制」導入の経緯
 1986(昭和61)年4月の臨時教育審議会の第2次答申で、生涯学習のための学校、家庭、地域社会の連携を推進する観点から、学校の負担の軽減や学校週5日制への移行について検討していくことが提言された。
 この提言を踏まえて、文部省は1989(昭和64)年8月に調査研究協力者会議を設け、1992(平成4)年2月に審議をまとめた。その後、公立学校の休業日を規定した学校教育法施行規則を改正し、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校、養護学校等で、1992(平成4)年9月から毎月1回土曜日を休業日とする学校週5日制を導入した。 
 1992(平成4)年4月、全国で642校の調査研究協力校を設け、月2回の学校週5日制を実施した場合の教育課程上の工夫や、地域に開かれた学校づくり、家庭や地域社会との連携や協力の在り方等について研究を行ってきた。
 調査研究協力者会議は、月1回の学校週5日制の実施状況や月2回の調査研究協力校における研究状況、さらには世論の動向や保護者の意識等について、分析・検討を行い、1994(平成6)年11月に審議をまとめた。 
 文部省(2001年から文部科学省)は、調査研究協力者会議の審議結果を踏まえて、学校教育法施行規則の一部を改正した。そして、1995(平成7)年4月から毎月2回(第2・第4土曜日)を休業日とし、2002(平成14)年度から完全学校週5日制が実現した。
 
2.完全学校週五日制の狙い
 2002(平成14)年3月4日、文部科学省は、完全学校週5日制の趣旨について、「学校、家庭、地域社会の役割を明確にし、それぞれが協力して豊かな社会体験や自然体験などの様々な活動の機会を子どもたちに提供し、自ら学び自ら考える力や豊かな人間性などの『生きる力』をはぐくむことを狙いとする。」ことを、文部科学省事務次官通知(各都道府県教育委員会宛て)で示した。 
 一方、完全学校週5日制は、「ゆとり教育」や「学力問題」とは異なる、労働政策の一環として決められた側面もある。 

 (2-1)「ゆとり教育」の実現を目指して
 1996(平成8)年の中央教育審議会は、「21世紀を展望した我が国の教育の在り方」について、第1次答申をした。その答申で、「子どもたちが『ゆとり』を確保する中で、学校・家庭・地域社会が相互に連携しつつ、子どもたちに生活体験、社会体験や自然体験など様々な活動を経験させ、自ら学び自ら考える力や豊かな人間性などの『生きる力』をはぐくむ」ことを明示した。完全学校週5日制の下で教育を行うため、授業時数の削減と教育内容の厳選を図り「ゆとり」を生み出そうとした。
 土曜日や日曜日を利用して、家庭や地域社会で、児童生徒が様々な生活体験や自然・社会体験、文化、スポーツ活動等(地域の歴史探訪、美術館や科学館の見学、母子料理教室や地域子ども会への参加等)の経験を、豊かにできるようにしたのである。

 (2-2)新しい学力観に立つ学習指導の工夫改善
 文部科学省が新たに示した学力観「自ら学ぶ意欲や思考力、判断力、表現力などの資質や能力を重視する」に立って、学習指導の工夫改善を図ることが重要となった。
 学校では、これまで知識や技能を教えこむことに偏りがちだった教育、いわゆる知識偏重型の教育から、児童生徒が自ら考え、主体的に判断し、行動するために必要な資質や能力を育成する教育への転換を図ることになったのである。

 (2-3)公務員の週休2日制の導入
 「完全学校週5日制」の導入が始まった2002(平成14)年当時、筆者は公立学校の小学校長だった。したがって、「完全学校週5日制」実施の経緯や現場の混乱は、今もよく記憶している。「完全学校週5日制」のもう一つの目的は、教員の週休2日制の導入であった
 1980(昭和55)年代、日本は貿易摩擦を背景に、欧米諸国から労働時間短縮の外圧を受けていた。特に、日米貿易赤字に苦しむ米国は、市場開放と同時に非課税障壁(貿易の障壁となる政策手段や制度、規定等)の撤廃を要求してきた。そして、日本の労働時間の長さが非課税障壁の1つとして問題になったのである。
 1980(昭和55)年代になると、大企業を中心に週休2日制が広く採用されるようになった。労働時間の短縮や週休2日制は、民間企業で普及し、拡大してきたのである。その結果、勤労者の95%は何らかの週休2日制を採り、58%は完全週休2日制の企業に働いていることが明らかになった。(厚生労働省:2001<平成13〉年度就労条件総合調査)
 国家公務員の完全週休2日制は、1992(平成4)年5月1日に始まった。日本の多くの職業分野で土曜休日が進み、最後に残ったのが学校であった。教員の週休2日制をどうするかが問題であった。
 2002(平成14)年、「完全学校週5日制」の導入によって、教員の勤務問題を処理して、週休2日制が実現したが、その当時、教員の多くは「学校週5日制」に反対をした。「完全学校週5日制」は、日本社会の週休2日制の完成を目指していたことにもなる。

 (2-4)学校休業日
 学校休業日は、学校教育法施行規則で決められている。公立学校においては、国民の祝日に関する法律に規定する日、日曜日及び土曜日、学校教育法施行令の規定により教育委員会が定める日が休業日となっている。
 これに対して、私立学校は、学則で定めるとされており、事実上、導入の可否は学校設置者の裁量に委ねられている。そのめ、公立学校の土曜休業が法的に義務化されたのに対して、私立学校は、従来通り、週6日制の継続を選択した学校も少なくなかった。一度は週5日制に移行したものの、学力低下を招くという批判の中で、再び週6日制へと戻した学校もある。このことが、公立私立間の学力格差の一因として批判された要因でもあった。
 
3.「学校週5日制」の評価
 「ゆとり」教育が学力の低下を招いていると以前からよく言われてきたが、完全学校週5日制がそれに輪をかけ、学力低下の論争が拡大していった。
 完全学校週5日制導入にともない、週2時間の授業時間の削減を行うとともに、学習内容の削減も大幅に行われた。削減後の内容が新学習指導要領として、2002年から実施されることになった。週2時間だけなら、それほど減っていないようにも考えられる。しかし、総授業時間数を過去と比較すると、小学校の主要4科目(国語・算数・理科・社会)では、1997(昭和52)年のゆとり以前と比べて、3,659時間から2,941時間(2002年)へと、718時間の減少となっている。中学校の主要5科目(4科目に英語を加えた)では、1,890時間から1,565時間へと325時間の減少となっている。時間数以上に学習内容の削減が行われたため、全教科の内容は30%くらい減少したと言われている。

 (3-1)「ゆとり」期間の学習指導要領
 文部科学省は、2002(平成14)年度改正の学習指導要領で、「授業内容を大幅に削減したため、子どもはゆとりをもって学習ができる。授業が分からない子ども、授業についていけない子どもが減り、結果的に学力が向上する」と説明していたが、指導時間が小学校で718時間、中学校で325時間も減少すると、いくら内容を減らしたとしても学習すべき内容を十分に習得することは難しかった。
 指導時間の減少は、家庭の階層や地域による教育格差を広げた。保護者がしっかり指導できる家庭、塾に通わせるだけの経済力がある家庭、塾が利用できる地域の児童生徒は、救われるが、これらの条件が整っていないと、取り残される可能性があったからである。保護者の階層や学歴が、児童生徒の学歴にそのまま引き継がれる傾向が、年々顕著になってきたとも考えられる。  

 (3-2)国際学習到達度調査の結果
 2007(平成19)年12月4日、OECDは、57の国・地域(OECD加盟30カ国、非加盟27カ国・地域)の15歳男女約40万人を対象にした、2006年国際学習到達度調査(PISA)の結果を世界同時発表した。日本からは高校1年生が約6,000人(無作為で選出)参加した。
 3回目の今回、日本は「科学的応用力」が6位(2000年2位、2003年2位)、「数学的応用力」が10位(2000年1位、2003年6位)、「読解力」が15位(2000年8位、2003年14位)と全分野で、順位を下げた。学力が世界のトップレベルから転落していることが明確になった。
 今回、調査対象となった高校1年の生徒は、詰め込み教育からの脱却を図った「ゆとり教育」を掲げた学習指導要領の下で、小学校6年生の時から授業を受けてきた世代である。「生きる力」をはぐくむという理念に基づいて「確かな学力」を育成する教育であったが、十分な学力は身についているとは言えない結果であった。

 (3-3)全国学力・学習状況調査の結果
 文部科学省は2007(平成19)年4月に全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)を実施し、その結果を2007年10月に公表した。調査結果は、計算等の基本的知識は身についていたものの、表現力や思考力を十分に身につけていない児童生徒が多い実態が明確になった。国際学習到達度調査の結果と共通している。
 また、文部科学省は、国際学習到達度調査で「読解力」が14位から15位になったことを受け、「我が国の学力は世界トップレベルではない」との認識を示し、「ゆとり教育」からの転換を目指す次期学習指導要領で、思考力・表現力等、言語力の育成や、理数の授業時間増を盛り込むことにし、中央教育審議会は、「教育課程部会におけるこれまでの審議のまとめ」を2007(平成19)年11月7日に公表した。

 (3-4)「ゆとり教育」が教員の「ゆとり」を奪った
 学校週5日制完全実施後の「教員勤務実態調査報告」によると、「学校5日制が教員の仕事からゆとりを奪っている」ということについて、小中学校ともに58%、過半数の教員が賛意を表した。
 教員にとってのゆとりの欠如は、授業準備にも影響を及ぼす。「忙しすぎて授業準備に十分な時間を割けない」という意見は、小学校で78%、中学校で82%に達した。これでは、児童生徒の「ゆとり」のために、教員が逆に「ゆとり」をなくし、授業準備に影響を及ぼしていることが明らかである。このことは、授業自体にも影響し、児童生徒を十分に指導できないという状況を有していたと考えることもできる。

4.学校週6日制の復活に向けて
 (4-1)土曜休業日の授業
 日曜日及び土曜日の授業については、「特別の必要がある場合」、公立学校においても授業を行うことが例外的に認められている。(学校教育法施行規則61条)
 東京都教育委員会は、2010(平成22)年、月2回を上限に「土曜日における教育課程に位置付けられた授業の実施」を容認する旨を通知した。(「小・中学校における土曜日の授業の実施に係わる留意点について」〈通知〉21教指企第1001号 2010年1月14日)
 「家庭や地域の教育力が必ずしも十分ではない地域等においては、無目的に過ごしたり、生活のリズムを乱したりする子供への対応が必要」というのが、その理由である。
 土曜日の授業は、「すべての学校で一律に実施するもではなく、必要とする区市町村教育委員会や学校の自主判断」で決定することになっている。
 東京都教育委員会の調査によると、2012(平成24)年度に、年間6回以上、土曜日の授業をしている学校は、小・中学校共に40%にまで達していることが分かった。
 「ゆとり」教育の中で進められた完全学校週5日制は、確かな学力を保証するための授業時間を確保するには、無理があったようである。

 (4-2)新学習指導要領の告示
 中央教育審議会は、2008(平成20)年1月17日、小中学校の主要教科の授業時間を1割以上増やすことや、小学校での英語活動の実施等を盛り込んだ次期学習指導要領の最終答申を、渡海紀三朗文部科学相に提出した。「ゆとり教育」による学力低下の反省から、国語、算数・数学などの主要教科の授業時間を増やす一方、「ゆとり教育」の象徴だった総合的な学習の時間を削減し、小学5年から英語活動の時間を新設した。
 新学習指導要領に示された小学校の主要4科目(国語・算数・理科・社会)と英語活動を含めた授業総時間数は3312時間となり、「ゆとり」時の授業時間数に比べて371時間増加している。中学校の主要4科目(国語・数学・理科・社会)と英語を含めた授業総時間数は1,925時間となり、360時間増加している。授業時間が増加するのは30年ぶりである。
 文部科学省は、増加した授業時間数や学習内容に対応し、公立の小中高校で土曜日にも授業を行い、学力の向上を図ることが重要であるとしている。

 (4-3)読売新聞による「教育」に関する全国世論調査の結果 
 読売新聞社は「教育」に関する全国世論調査(2013年3月30・31日、面接方式)を実施し、その調査結果を、4月18日付けの朝刊で報道した。
 報じられた調査結果に基づいて、「今の学校教育」と「土曜日の授業」ついて考察する。
 4-31) 「今の学校教育に満足か」の問いに対して、「満足36%」、「不満56%」である。 不満の理由(複数回答)は、「いじめ」が54%、「教師の質」が47%、「道徳教育」が36%、「校内暴力・非行」が34%、「学力の低下」が32%であった。「学力の低下」は、2005(平成17)年の45%に比べて、13ポイント減少した。減少の根拠は、学習指導要領が2011(平成23)年度、2012(平成24)年度から小中学校で全面実施になり、授業時間が増えたことによると考えられる。
 4-32) 「公立学校での土曜日の授業をどの程度行うか」の問いに対して、「毎週行う」が41%、「月に1、2回程度行う」が38%、合計すると79%で、「行わなくてよい」17%を大きく上回っている。約80%もの人が、「学校週6日制」に賛同したことになる。
 土曜日の授業を毎週行うべきだと回答した人では、最近の児童生徒の学力が低下していると回答した割合は68%に上った。
 土曜授業を望む理由(複数回答)は、「学力向上につながる」が63%でトップ、2番目は「過密な授業スケジュールを緩和できる」が49%であった。「脱ゆとり」を目指した新学習指導要領が全面実施になったことによる、授業時間と学習内容が増えた結果と考えられる。
 「学校週6日制」によって、学校での授業時間が多くなり、授業の質的向上が図られるとともに、塾に通う児童生徒と通わない児童生徒との学力格差の解消が期待できると考える。

 (4-4)学校週6日制「児童生徒の視点で」
 2013(平成25)年4月29日付けの教育新聞は、社説で「……こうした状況にあって気になるのは、学校教育の主体者である子どもたちにとって学校週5日制とは、何だったのかという、最も中核となるべき論議が欠落しているように思われる。……」と報道した。
 筆者も、教育新聞が指摘したように、児童生徒にとって学校週5日制とは、どんな意味があったのかが問題であると考えている。学校週5日制の視点に立って、十分に論議を尽くすことが必要である。
 学校週5日制実施の趣旨は、児童生徒の学校外での生活時間に「ゆとり」もたせることであった。そして、学校・家庭・地域との連携の下、社会体験や自然体験等、様々な活動を経験させて、学習指導要領の基本理念である「生きる力」をはぐくむことにあった。
 学校週5日制実施の趣旨に基づいて、1992(平成4)年9月からの月1回土曜休業実施導入、1995(平成7)年4月からは毎月2回、2002(平成14)年4月からの完全実施を経て、10年を経過した。
 こうした学校週5日制の経緯を踏まえて、学校週6日制の論議をして欲しいと願う。
  ・これまでの学校週5日制実施が児童生徒にとって意義あるものであったかどうか、
  ・ 児童生徒の学校外での生活時間に、主体的に使える時間が増えたのかどうか、
  ・ 社会・自然体験等の活動を通して「生きる力」をはぐくむことができたかどうか、
  ・ 学校・家庭・地域、行政の取り組みは十分であったかどうか等について、点検、評価  を行わなければならない。
 改めて、学校週5日制は児童生徒に何をもたらしたかを、客観的に論議を深めることが必要である。行政や大人の都合ではなく、「児童生徒にとって」意味のある「学校週6日制」に向けての復活論議であってほしいと考える。

 (4-5)教員の負担増の問題
 現在休日の土曜日に授業をする「前倒し実施」が、都市部など一部の地域で進んでいる。しかし、教員の負担増の問題等もあり、現状は上限が月2回等と限定的である。
 2012年度、東京都の全62区市町村の公立学校で土曜授業を実施した。
 東京都教育委員会は、土曜授業導入に先立ち、2006(平成18年)年度に教員の休日に関する規則を改正し、代休を取れる期間を見直した。「休業出勤日の前後2カ月」から「前2カ月、後4カ月」に拡大した。教員が夏休み等、長期休暇中に代休を取りやすくするためである。例えば、5月初旬に土曜授業を実施した後に代休を取るには、従来なら「後2カ月」なので1学期中に取らなければならないが「授業がたてこんでいて確実に取るのは難しい」が、「後4カ月」なら夏休み中に取りやすいと言う配慮である。
 文部科学省は今後、「1日8時間、週40時間」と定められている教職員の勤務体系の見直し等を検討する必要がある。
以 上   

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