提言61: 「社会を生き抜く力の養成」 を目指し、自校の教育課程の改善を図ろう! (2013/07/31 記)
平成25年4月25日、中央教育審議会は、第85回総会において、「第2期教育振興基本計画について」を取りまとめ、下村博文文部科学大臣に答申した。
そして、平成25年6月14日付で、第2期の教育振興基本計画が閣議決定された。今後5年間(平成25〜29年度)の国の教育政策の基本となる。
今後5年間に実施すべき教育振興基本計画の策定に向け、「教育行政の4つの基本的方向性:1)社会を生き抜く力の養成、2)未来への飛躍を実現する人材の養成、3)学びのセーフティネットの構築、4)絆づくりと活力あるコミュニティの形成」と「今後の社会の方向性」が示された。
そこで、4つの基本的方向性の第1に掲げられている「社会を生き抜く力の養成」についての見解を述べてみたい。
1.教育振興基本計画
教育振興基本計画とは、10年間を通じて目指す教育の姿を示し、その実現に向けて5年間で取り組む教育政策の道筋を明らかにする計画である。
教育振興基本計画は、改正教育基本法第17条に基づき政府が策定する、日本の教育の振興に関する総合計画である。(第1期計画期間:平成20〜24年度、第2期計画期間:平成25〜29年度)
第2期教育振興基本計画の策定において、教育行政の4つの基本的方向性には、縦割りではなく、各学校段階を貫く横断的視点として、8つの政策目標と30の基本施策が盛り込まれている。
今後の社会の方向性と教育の在り方では、多様性を基調として様々な人々や自然と共生する成熟社会に適合した新たなモデルが必要であること、持続可能で活力のある社会を構築するための「自立、協働、創造」の3つの理念が示された。
第2期教育振興基本計画の策定の取組から、今、我が国に求められていることは、自立・協働・創造に向けた一人一人の主体的な学習の確立が必要であること。そして、教育こそが人々の多様な個性・能力を高め人生を豊かにするとともに、社会全体の発展を実現する基盤でもある。
(1-1)自立
自立については、「一人一人が多様な個性・能力を伸ばし、充実した人生を主体的に切り開いていくことのできる生涯学習社会」と記述されている。
各々の自立を図っていくには、すべての個人の社会的自立を保障し、社会参加の機会を確保するとともに、各々の多様な個性・能力に応じて、生き抜くために必要な力を主体的に身に付け、活かしていくことが重要である。
(1-2)協働
協働については、「個人や社会の多様性を尊重し、それぞれの強みを生かして、ともに支え合い、高め合い、社会に参画することのできる生涯学習社会」と記述されている。
協働を目指すには、多様な価値観・ライフスタイル等を受容する中で、様々な個性をもつ人々やその集団が相互に学び合い、支え合い、高め合い、新たな知識を創出することのできる環境の構築等、社会全体の絆の再構築を図っていくことが重要である。
(1-3)創造
創造については、「自立・協働を通じて更なる新たな価値を創造していくことのできる生涯学習社会」と記述されている。
創造を実現するには、イノベーションを創造する人材や、高度な能力を備えたリーダーシップを発揮する人材を育成し、最先端の場から日常生活に至るまで、多くの人々が社会の様々なステージにおいて、新たな付加価値を創出することができる環境の構築を図っていくことが重要である。
2.第2期教育振興基本計画が目指す4つの基本的方向性
政府は、閣議決定された「第2期教育振興基本計画」を十分に踏まえて、第2期教育振興基本計画の具体的な策定に当たらなければならない。その上で、我が国が置かれた危機的状況に正面から向き合い、これを乗り越えるために必要な改革・施策に、スピード感をもって取り組んでいくことが必要である。
(2-1)社会を生き抜く力の養成
「社会を生き抜く力の養成」の基本的方向性は、幼稚園から高校までの段階(初等中等教育段階の児童生徒)と大学を対象にした取組である。したがって、幼稚園から高校、大学まで一貫した課題として捉え、「教育立国」の実現に向け、教育の再生を図っていかなければならない。
学校(園)では、具体的に学校教育の何が変わるのか、既に変わりつつある内容があるのか等について注視し、自校(園)の教育課程を見直をしていくことが重要である。
人や物、経済、情報の流動化の進展等、多様で変化の激しい社会とグローバルな知識基盤社会の本格的な到来の中で、個人の自立と協働を図るための主体的・能動的な力を育成することが急務である。
(2-2)未来への飛躍を実現する人材の養成
主として高等教育段階の学生を対象とした取組である。それには、新たな価値を創造する人材、研究水準の卓越性や優れたグローバル人材(グローバル人材:国と国という関係を超えた地球規模の視点をもち、既存の価値観にとらわれず、チャレンジのできる人材)の育成等を目指すことが重要である。また、国際化等を通じた価値観の多様性の確保を図るとともに、国際化のための取組を支援することも必要である。さらに、英語力の目標を達成した中高生や英語教員、日本の生徒・学生の海外留学者数、外国人留学生数等の増加等を図っていかなければならない。
(2-3)学びのセーフティネットの構築
初等中等教育段階の児童生徒及び高等教育段階の学生の双方を対象にした取組である。したがって、意欲あるすべての者への学習機会を確保し、経済状況によらない進学機会の確保等、家庭の経済状況等が学力に与える影響の改善を早急に図ることが必要である。また、教育費負担軽減等を図り、学習機会の確保や安全安心な教育研究環境の確保が重要である。さらに、幼児教育の負担軽減・無償化の検討、義務教育段階の就学援助の実施、低所得世帯等の高校生への修学支援の充実、低所得世帯等の大学生、専門学校生への支援の充実を図っていくことが必要である。
(2-4)絆づくりと活力あるコミュニティの形成等
生涯の各段階を通じて推進する取組である。(2-1)〜(2-3)までの取組をより実効的に進めるためには、個々人の取組に委ねるのではなく、社会全体の協働関係において推進していくことが重要である。このため、学校教育内外の多様な環境から学び、相互に支え合い、そして様々な課題の解決や新たな価値の創出を促すことが重要である。それには、学習を通じて多様な人が集い協働するための体制やネットワークの形成、社会全体の教育力の強化、人々が主体的に社会参画し相互に支え合うための環境整備等が重要である。また、互助・共助による活力あるコミュニティの形成互助・共助による活力あるコミュニティの形成を推進することが重要である。
3.社会を生き抜く力の養成 〜多様で変化の激しい社会での個人の自立と協働〜
この1年で、日本の総人口は28万4000人減り、65歳以上の高齢者は104万1000人増えた。総人口の減少の中での少子高齢化は、今後ますます加速していくに違いない。少子高齢化社会が一層進む中で、グローバル化の進展も予想を超えたスピードで変化・多様化し、我が国の国際的な存在感も低下している。また、格差の再生産・固定化により、一人一人の意欲の減退、社会の不安定化等が起きている。
このような我が国が直面する危機を乗り越え、持続可能で活力のある社会を構築していくとが最重要課題である。
第2期教育振興基本計画の策定の目的は、日本再生に資する教育再生を図ることである。
4つの基本的方向性(ビジョン)の第1として「社会を生き抜く力の養成」が掲げられている。成果目標(ミッション)は4、基本施策(アクション)は13である。これらは、幼稚園から高校、大学まで一貫した課題である。
我が国が直面する危機を乗り越え、持続可能で活力のある社会を構築していくには、与えられた情報や知識を、再生する力だけではとても無理である。個人や社会の多様性を尊重しつつ、幅広い知識・教養と柔軟な思考力に基づいて、新たな知識の創出や価値を創造(注1)したり、異なる他者と協働したりする能力等を身に付けて、始めて可能となる。換言すれば、「グローバルな知識基盤社会を生き抜く力」を養成することが、最大の課題である。
中央教育審議会が、4つの基本的方向性(ビジョン)の第1として「社会を生き抜く力の養成」を掲げたのは、東日本大震災の教訓を踏まえ、これからの予測不能な社会に乗り出していく児童生徒が備えるべき能力として、重視したものと考える。
(3-1)成果目標1:生きる力の確実な育成(幼稚園〜高校)
「成果目標1:生きる力の確実な育成」の中には、7つの基本施策「1)確かな学力を身に付けるための教育内容・方法の充実、2)豊かな心の育成、3) 健やかな体の育成、4)教員の資質能力の総合的な向上、5)幼児教育の充実、6)特別なニーズに対応した教育の推進、7)各学校段階における継続的な検証改善サイクルの確立」が示されている。
「グローバルな知識基盤社会」を生き抜くには、逞しく「生きる力」を育成することが重要である。生涯にわたる学習の基礎となる「自ら学び、考え、行動する力」等を確実に育成しなければならない。
「生きる力」は、いわゆる「ゆとり教育」と批判された学習指導要領(2002〜03<平成14〜15>年度)以来、新しい学習指導要領(2011〜13<平成23〜25>年度)に至るまで、一貫して掲げてきた学校教育の目的である。
多くの知識を習得したとしても、実社会で活用できなければ、グローバルな知識基盤社会を「生き抜く」ことは難しい。
新しい学習指導要領が全面実施に入って、小学校3年目、中学校2年目、高校1年目であるが、「生き抜く力の養成」は新学習指導要領の趣旨の徹底という形で進めていく必要がある。既に国語や算数・数学、理科の授業では全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)のB問題で問われている「活用」に力を入れるようになってきた。「総合的な学習の時間」はもとより、他の教科でも新学習指導要領が求める「言語活動」を充実させ、「確かな学力」を身に付けていかなければならない。特に、各種調査等で明らかとなった課題も踏まえ、自ら課題を発見し解決する力、他者と協働するためのコミュニケーション能力、物事を多様な観点から論理的に考察する力などを重視する必要がある。併せて、「豊かな心」、「健やかな体」を育成していかなければならない。
(3-2)成果目標2:課題探求能力の修得(大学〜)
「成果目標2:課題探求能力の修得」の中には、2つの基本施策「1)学生の主体的な学びの確立に向けた大学教育の質的転換、2)大学教育の質の保証」が示されている。
大学以降で修得すべき「社会を生き抜く力」として「課題探求能力」が挙げられている。予測困難な時代にあって、高等教育段階においては、「生きる力」の基礎に立ち、「答えのない問題」を発見してその原因について考え、最善解を導くために必要な専門的知識及び汎用的能力を重視している。これは、どんな環境でも「答えのない問題」に対して、自分で解決方法を見出す力がなければ、「社会を生き抜く力」を習得できないからである。また、実習や体験活動等を伴う質の高い効果的な教育によって、知的な基礎に裏付けられた技術や技能等を身に付けていくことが求められている。さらに、グローバル化が進行する産業社会においては、英語や情報活用能力も不可欠なものとなってきている。
大学等の教育については、改善のための様々な工夫が進展している。しかし、すべての大学等が社会から求められる役割の変化に対応し、学生や国民の期待に応えて十分な成果を出しているとは言い難い。主体的な学びに欠かすことができない学生の学修時間が少ない等、厳しい評価や調査結果が示されているからである。
大学院においては、世界の多様な分野において活躍する高度な人材を輩出するため、大学院の教育課程の組織的展開の強化を図ることが必要である。
(3-3)成果目標3:自立・協働・創造に向けた力の修得(生涯全体)
「成果目標3:自立・協働・創造に向けた力の修得」の中には、2つの基本施策「1)現代的・社会的な課題に対応した学習等の推進、2)学習の質の保証と学習成果の評価・活用の推進」が示されている。
社会を生き抜く上で必要な自立・協働・創造に向けた力を生涯を通じて身に付けられるようにすることを求めたものである。
新学習指導要領では「言語活動」が国語だけでなく各教科で展開されている。社会で役立つ力は教科を越えて育成しなければならないからである。この考え方は、教育現場の学校にもかなり浸透してきている。変化の激しいこれからの時代にはそうした力を備えていることが不可欠であり、先取りしてでも一刻も早く取りかからなければならないという認識をもつことが重要である。
(3-4)成果目標4:社会的・職業的自立に向けた力の育成
「成果目標4:社会的・職業的自立に向けた力の育成」には、基本施策「キャリア教育の充実、職業教育の充実、社会への接続支援、産学官連携による中核的専門人材、高度職業人の育成の充実・強化」が示されている。
現在の雇用・労働環境の変化や流動性等を踏まえると、個々人が希望する多様な職業生活に必要な知識・技能を生涯のどの時点においても身に付け、能力の向上や職業の選択・変更が可能となる柔軟な学習環境の整備が大学等において求められている。即ち、大学は、社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる能力の育成を図っていくことが使命なのである。また、研究成果を活用して新産業を創出する等、具体的な社会貢献を図っていくことも必要である。特に理工系分野での人材育成は、日本経済成長の原動力になることが期待されている。
4.自校の教育課程に「生き抜く力」が位置付けらているか見直そう。
学校(園)は、前回の学習指導要領から引き続いて、学校教育の理念である「生きる力」の育成を目指している。ところが、2011年3月11日の東日本大震災以降、防災教育の関係者等の間で「生き抜く力」という言葉が使われだした。
このような状況の中で、「第2期教育振興基本計画」の基本的方向性の第1に、「社会を生き抜く力の養成」が示された。「社会を生きる力の養成」ではなく、「社会を生き抜く力の養成」である。(下線は筆者)
「生き抜く力」としたのは、「生きる力」を上回る強靱な意志を示したものと考えることができる。
今後、目指すべき教育の姿の1つとして、「社会を生き抜く力の養成〜多様で変化の激しい社会での個人の自立と協働〜」の中で、「個人や社会の多様性を尊重しつつ、幅広い知識と柔軟な思考力に基づき、主体的に課題を解決したり、他者とコミュニケーションを図ったり、協働したりしていく能力等が必要」と記述されているように、少子高齢化社会が一層進み、グローバル化した知識基盤社会を「生き抜く」ためには、個人や社会の多様性を尊重しつつ、幅広い知識と柔軟な思考力に基づき、主体的に課題を解決したり、他者とのコミュニケーションを図ったり、協働したりしていく能力等の育成が最重要課題である。
(4-1)「生きる力」から「生き抜く力」へ
これからの児童生徒には、震災をはじめとした想定外の事態に直面した際に、「自分の命は、自分で守ることができる力」が求められている。予測不能な社会で、どんな状況になっても逞しく生き抜いていける力を獲得することが必要である。このように先行き不透明な時代と社会を生きていく児童生徒には、日本人として逞しく「生き抜く力」の養成が求められているのである。
(4-2)「生き抜く力」を身に付けるには
グローバル化や情報化の進展などにより予想を超えたスピードで変化し多様化が一層進む社会を生き抜くためには、これまでの大量生産や消費等のニーズに対応し、与えられた情報を短期間に理解、再生、反復する力だけでは「生き抜く」ことはできない。個人や社会の多様性を尊重しつつ、幅広い知識・教養と柔軟な思考力に基づいて新しい価値を創造したり、異なる他者と協働したりする能力等を養成していかなければならない。
換言すれば、多様な知識が生み出され、流通し、課題も一層複雑化し、一律の正解が必ずしも見いだせない中で、学習者自身が、生涯にわたり、自身に必要な知識や能力を認識し、身に付け、他者との関わり合いや実生活の中で活用し、実践できるような主体的・能動的な力を養成していくことが求められているのである。特に、非日常的、想定外の事象や社会生活・職業生活上の様々な困難に直面しても、諦めることなく、状況を主体的かつ的確に判断し臨機応変に行動する力やコミュニケーション力等の必要性が改めて浮き彫りになったのである。
(4-3)「自律」「協働」「イノベーション」
「自律」・「協働」については、「1.教育振興基本計画」の今後の社会性の方向性の中でも記述したように、どんな困難が待ち受けていても、この厳しい社会と時代を児童生徒が生き抜いていける力。そして、思い描いた未来を創っていける力を、すべての学校、家庭、地域で目指していくことが重要である。
学校(園)において、「自律」・「協働」「イノベーション」の視点から、「生き抜く力の養成」について取り組んでいかなければならない。
4-31)自律
どんな環境においても、「未来は自分自身で創り出せる」という期待感を持ち続け、自ら目標を定めて目の前の「やるべきこと」から逃げずに向き合い、最後までやり抜く力を養成することが重要である。
4-32)協働
周りを思いやり、「地域」や「社会」などコミュニティのため共に助け合う。他者による環境の改善を期待するのではなく、当事者として参加する意欲や態度を、全教育活動を通して育成していくことが必要である。
4-33)イノベーション
イノベーションと言うと、技術的な革新と捉えがちであるが、そのことだけにとどまらず、製品・仕組み・社会等に対して、全く新しい技術や考え方を取り入れて、新たな価値を生み出して社会的に大きな変化を起こすことが重要である。したがって、教育においては、自ら考え、課題を設定し、その解決に向けてリーダーシップをとりながら変革を進め、新しい価値を産み出していける児童生徒を養成していくことが求められる。
以上で記述したことがらが、自校(園)の教育課程にどのように位置付けられているかを検討し、教育課程の改善を図ることが必要と考える。
注1: 提言46「知識基盤社会を構築する学校教育の在り方」参照
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