今回は、「提言61:社会を生き抜く力の養成」に続いて、「未来への飛躍を実現する人材の養成」等について、見解を述べてみたい。
1.未来への飛躍を実現する人材の養成
第2期教育振興基本計画の策定の目的は、日本再生に資する教育再生を図ることである。今後5年間で取り組む「教育振興基本計画」と「第2期教育振興基本計画が目指す4つの基本的方向性」については、提言61(注1)で記述したので、ここでは省略する。
平成25年6月24日、閣議決定された「教育振興基本計画」の「V(2)未来への飛躍を実現する人材の養成〜変化や新たな価値を主導・創造し、社会の各分野を牽引していく人材〜(注2)」には、「…東日本大震災からの復興を成し遂げるとともに、変化の激しい社会において引き続き成長発展するためには、グローバル化等に対応しつつ新たな社会的・経済的価値を創出することが必要である。…」と記述されている。
少子高齢化社会が一層進む中で、グローバル化の進展も予想を超えたスピードで変化・多様化し、我が国の国際的な存在感は低下している。
このような状況において、今、早急に取組むべきことは、大学の教育・研究機能の質・量の充実を目指すとともに、グローバル化に対応した新たな価値を創出できる人材の養成である。
野依良治氏(注3)は、読売新聞朝刊(平成25年8月18日付け)「Nippon蘇れ」の記事の中で、「国際化とグローバル化は異なる、という点が重要だ。国際化は自国の基本を維持した上で他国と付き合う。グローバル化は世界諸国と融合する営み。」と語っている。大変含蓄に富んだ話である。大学等では、国際化とグローバル化の違いを明確にして、人材養成の戦略を練り上げ、新たな価値を主導・創造し、社会の各分野を牽引していく人材の養成に努めなければならないと考える。
(1-1)大学改革とグローバル化に対応した人材の養成
グローバル化が進行する社会における大学の重要な役割は、多様な人と関わり様々な経験を積み重ねる中で、創造性、チャレンジ精神、強い意志をもって迅速に決断し組織を統率できるリーダーシップ等を養成することである。このことは、社会にとっても重要な課題である。
平成24年8月、中央教育審議会は、「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて〜生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ〜」について答申した。この答申は、学生の主体的・能動的な学修が不十分という実態を踏まえたうえで、学生交流の推進や語学力・コミュニケーション力の強化等、グローバル化への対応を求めたものである。しかし、今、我が国にとって最も重要なことは、国際的に通用する大学・大学院教育へ向けて、質的な転換やシステムを改革することである。このことを改革の基本に関わる課題として認識し、総合的に取組むことが必要である。
また、国境を越えて人々と協働するための英語等の語学力・コミュニケーション能力、異文化に対する理解、日本人としてのアイデンティティなどを培っていく視点も一層重要になっていることを忘れてはならない。
各国は、初等中等教育から高等教育までのグローバル化への対応を進めている。学生の流動化も急速に進展している。一方、我が国では、留学する学生の減少や若者の内向き指向、大学の国際競争力の低下や外国人留学生数の伸び悩み等の問題が生じている。
(注4)
上記の「国別 学生の海外派遣者数の推移」の図表から分かるように、海外派遣者数が中国、アメリカ、インド、韓国は、年々増加しているが日本は減少している。トップの中国と日本では10倍近い差になっている。
日本人の海外留学の阻害要因としては、経済的問題、語学力、就職問題、卒業までの
年限、大学等の支援体制に関わる問題があると考えられる。各大学は内外の大学、産業界など様々な主体との連携を図りながら、派遣者数を増加させていくシステムの充実を図っていくことが重要である。
文部科学省では、人材育成の拠点づくりや学生交流の拡大、柔軟なアカデミック・カレンダーの実現等、グローバル化に対応した制度の整備を検討しているようであるが、早急に推進することが必要である。
(1-2)未来への飛躍を実現する人材の養成にあたって重視すべき点
未来への飛躍を実現する人材の養成をするための考え方・方策として、「第2期教育振興計画」には、次の事項を重視すると記述されている。
・若い段階で海外に出て、外から日本を見る機会を増加させること
・優れた能力と多様な個性を伸ばす環境を醸成すること
・異能の人たちの融合を生みやすい環境を構築すること
・既存の枠、常識にとらわれない、多くの価値観から生まれる高い志をもつ多様な背景の若者たちが切磋琢磨する場を構築すること
・「育振興計画」で示された上記までの観点は非常に重要である。未来への飛躍を実現する人材を養成するために、早急に取組むことが必要である。
(1-3)「グローバル高校」 来春100校指定
平成25年8月15日、朝日新聞は朝刊で、「海外でも活躍できる『グローバル人材』を育てるため、文部科学省は来春から、先進的な高校を『スーパーグローバルハイスクール(SGH)』に指定して、支援する。……」と報じた。
文部科学省のSGHに関する施策は、安倍政権が「教育再生実行会議」第3次提言(平成25年5月28日)で示した「グローバル・リーダーを育成する先進的な高校を『スーパーグローバルハイスクール』(仮称)に指定する方針」を、6月にまとめた成長戦略に盛り込んだことを受けて、公表したものと考えられる。
初年度は全国の100校を指定し、英語力だけでなく、幅広い教養や問題解決力も身につけた生徒の育成を促すということである。
文部科学省は、100校の指定を前提に、留学経費や人件費等を支える国費として、20億〜30億円程度を来年度予算の概算要求に盛り込む予定のようである。
SGHは、「世界と戦えるグローバルリーダーを育てる新しいタイプの高校」として、英語を中心とした外国語力に加え、課題を見つけて解決する能力や歴史・文化等の教養も重視して指導することになる。また、必要に応じて、学習指導要領によらない教育が可能な「教育課程特例校」の指定を考えているようである。
2.これからの大学教育等の在り方について
「教育再生実行会議」第3次提言では、「これからの大学教育等の在り方について」提言をしている。
提言の「はじめ」の中で、「…大学のグローバル化の遅れは危機的状況にあります。大学は、知の蓄積を基としつつ、未踏の地への挑戦により新たな知を創造し、社会を変革していく中核となっていくことが期待されています。我が国の大学を絶えざる挑戦と創造の場へと再生することは、日本が再び世界の中で競争力を高め、輝きを取り戻す「日本再生」のための大きな柱の一つです。…」と記述されている。
これは中央教育審議会(平成25年4月25日)が「第2期教育振興基本計画について」を取りまとめた内容であるが、政府が国家戦略として直ちに取組むべき施策として、取り上げたことは、政府のやる気の現れであると考えられる。
(2-1)グローバル化に対応した教育環境づくりの推進
会の多様な場面でグローバル化が進展している今、大学は教育内容と教育環境の国際化を徹底的に進め、世界で活躍できるグローバル・リーダーを養成していかなければならない。また、グローバルな視点をもって地域社会の活性化を担う人材の養成を図ることも重要である。
大学のグローバル化を大きく進展させてきた現行の「大学の国際化のためのネットワーク形成推進事業(注5)」等の経験と知見に基づいて、国際化に積極的な大学との連携を図り、我が国の大学の国際化を推進することが必要である。国内外の優秀な学生の受入を促進し、グローバルな社会で活躍できる人材の養成を図っていかなければならない。
外国人教員の積極的な採用、海外大学との連携、英語による授業のみで卒業可能な学位課程の拡充等、国際化を断行する大学(スーパーグローバル大学)を早急に創り上げることも必要である。
外国人教員の積極的な採用、海外大学との連携、英語による授業のみで卒業可能な学位課程の拡充等、国際化を断行する大学(スーパーグローバル大学)を早急に創り上げることも必要である。
(2-2)社会を牽引するイノベーション創出のための教育・研究環境づくりの推進
イノベーションの創出には、高い技術力、発想力、経営力等の複合的な力を備え、新たな付加価値を生み出していく人材の養成が必要である。それには、理工系分野を強化することが重要である。また、科学や技術では世界の現実がどうなっているかを把握できなければ、世界から取り残されてしまう。日本人は細かな点を精細に捉えることには長けているが、全体を捉えることは難しいという傾向がある。学生には世界を俯瞰する力を培っていくことも重要である。大学は、こうした人材の養成を担うとともに、産学連携による持続的なイノベーションを創出し、我が国の成長を牽引していくことが重要である。
また、初等中等教育段階から理数教育を強化するため、専科指導や少人数教育、習熟別指導のための教員配置や設備等を充実するとともに、全国学力・学習調査において理科を定期的に実施することが必要である。
(2-3)学生を鍛え上げ社会に送り出す教育機能の強化
社会において求められる人材が高度化・多様化する中で、大学は、教育内容を充実し、学生が徹底して学ぶことのできる環境を整備することか必要である。
大学は、学生の能動的な活動を取り入れた授業や学習方法等、授業の質的転換を図っていくことが最重要課題である。教員の一方的な講義方式主体の授業では、もはや学生は主体的に学修しようという意欲をもつことは難しい。また、学生の学修時間の確保・増加、厳格な成績評価を徹底して行うことによって、はじめて未来への飛躍を実現する人材が養成されると考える。
(2-4)産業界における社会人の学び直し機能の強化
知識基盤社会にあっては、社会人になってからも高度な知識やキャリアを習得しようとする意欲をもち続けることが重要である。
筆者は、10年来ウェルネスクラブに通い、健康維持に努めている。多数のインストラクターの指導を受けているが、特に2人のインストラクター、IさんとWさんから学ぶことが多い。2人はインストラクターの養成にも携わっている。
Iさんは、毎年8月になると10日間アメリカへ研修に出かけている。今年で18回目になる。費用は全て個人負担である。アメリカの研修で得た高度な知識やスキルは、即、ウェルネスクラブやフィットネスクラブで活用している。
Wさんは、ウェルネスクラブのインストラクターとして活動している。またインストラクターの研修会等で講師を務めている。活動に際しては、常に「LIVE STRONG」のイエローのリングを手首に付けている。乳がん等の検診の啓蒙を図るためである。
このように、社会人であっても素晴らしい人間性を有し、新たな知識やスキルの向上を目指す人々を対象とした人材養成が必要である。産業界や地方公共団体は国民のニーズを見極め、それに対応した高度な人材や中核的な人材の養成に努めなければならない。そのためには、例えば、短期・中期間(1〜3ヶ月間)の海外派遣のプログラムを開発し、高度な知識やキャリアを習得していく人材の養成を早急に図るようにしたい。
帰国後、クローバルな社会の中で習得したより高度な知識やスキルを、多くの人々に習得させることができると考える。
3.未来への飛躍を実現する人材の受け入れ
日本は開国以来、欧米やアメリカ等に追いつき追い越すことを目標に、欧米やアメリカ等から学び、模倣し、改良し、科学技術の面においても、経済的にも発展してきた。しかし、20年くらい前頃から、これまで経験したことのない少子高齢化社会を迎えるとともに、バブル崩壊に直面し、我が国の今後の在り方を明確に描くことができなくなった。
(注6)
OECDが平成25年6月にまとめた各国の留学生受け入れ状況によると、米国は16.5%に対して、日本は3.5%で、8カ国の中では最下位である。
このような状況の中で、我が国が再び世界の中で競争力を高め、輝きを取り戻すためには、専門的な知識や技術をもつ人材、最先端技術の研究者、知識や技術を生かした新たな開発を担う人材、グローバルな企業の事業展開のための経営・管理に従事する人材等を、積極的に受け入れていくことが必要である。また、グローバルな人材の卵(留学生)を積極的に受け入れていく体制の整備を図らなければならない。
来日する留学生の93%はアジアからで、欧米からは少ない。英語での授業が基本でないと、グローバルに留学生を受け入れることは難しい。海外からの留学生の受け入れが多くなると、日本人学生の海外留学を促すことにもなると考える。
大学等の国際化や質の高い大学院教育の提供、秋季入学に向けた環境整備、英語による授業等を、産・学・官が一体となって、積極的に推進していく必要がある。
(3-1)異文化に学び、活力をつける
日本に招聘した研究者や留学生から、学ぶことは多くある。学んだ知識や技術を単に真似をしたり、受け入れたりするだけでは意味がない。学んだ知識を蓄積するだけではなく、自ら知恵を出して新しい知識の創出や新しい価値を創りあげていくことが重要である。
研究者や留学生として、海外の大学や研究所に派遣された場合も同じことである。幅広く世界と触れ、触発される環境の構築を図ることが急務である。
(3-2)異質を受け入れ豊かな社会の構築
世界のほとんどの国は、科学立国を目指している。このことを我が国もしっかりと認識していなければ足下をすくわれる。
科学技術の役割はイノベーションである。新しい価値を創り上げることにある、そのためには、多様な文化的背景をもつ人材を確保し、活用することが必要である。
しかし、どの国も自国だけで多様な人材を養成することは難しい。現在、世界では頭脳の争奪戦になっている。アメリカが繁栄しているのは、その争奪戦に勝利していると言うこともできる。
(3-3)海外からの研究者受け入れのための待遇や研究体制の確立
平成25年8月25日付けの読売新聞(朝刊)に、「日本の応用研究をリードする東京大学工学部・工学系研究科。そこに教授155人中外国人は2人しかいない。」と報じられていた。外国人教授の比率はあまりにも低い。日本人の教授・研究者が外国人よりも優れているという結果ではないように考えられる。おそらく待遇や研究体制等、海外の人材が日本を敬遠しているのではなかろうか。
(3-4)大学世界ランク入り支援
読売新聞は、平成25年7月29日付記事で、「文部科学省は、日本の大学10校以上の世界大学ランキング上位100校入りを支援するため、10国公私立大学に対し、年100億円補助することを2014年度予算の概算要求に盛り込む方針を固めた」と報じた。
英国の専門誌による「世界大学ランキング」は、上位を米英の大学が独占している。日本の大学は東大が27位、京都大学が54位の2校だけである。
日本の有力大学は、外国人教員比率や留学生比率が低い。また、国際共著の論文が少ない等、世界での存在感を示せていないからである。
政府は、海外からの教員や留学生等、グローバル人材を受け入れるとともに、新たな未来を築くための大学教育の質的転換図ることが重要である。
4.グローバル人材養成推進のための義務教育の充実
小中高を通した英語教育の強化等、初等中等教育段階からグローバル人材の育成に向けた取組を強化する必要がある。それには、例えば、小学校の英語活動を1年生から実施する、中学校の英語の授業を英語で行う等、次の学習指導要領改訂に向けて、教育課程の大胆な改革を目指すことが重要である。特に、英語によるコミュニケーション能力、論理的思考力の検証の取組を早急に図っていかなければならない。
グローバル化の社会を生き抜くには、相手の国の文化を理解することが必要になる。他の国の文化を理解するだけでなく、自分の国の文化を他の国の人達に正しく理解してもらうことも大切である。自分の文化が他人に受け入れてもらえないと思いこむことは、文化の相互理解ができなくなる原因になる。学校では、総合的学習の時間等で、異文化についての学習を教育課程に位置付け、着実に推進していくことが必要である。
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※注1:
提言61「1.教育振興基本計画」と「2.第2期教育振興基本計画が目指す4つの基本的方向性」参照
※注2:
「教育基本振興計画P20」参照
※注3:
平成13年10月ノーベル化学賞受賞者/平成15年7月〜現在 (独立行政法人)理化学研究所 理事長
※注4:
「グローバル化に対応した人材育成と大学改革 文部科学省高等教育局(2013年1月12日)」参照
※注5:
国際化の拠点となる大学間のネットワーク化、国際化に積極的な大学との連携を図り、我が国の大学の国際化を推進することにより、国内外の優秀な学生の受入を促進し、グローバルな社会で活躍できる人材の育成を図ることを目的としている。
※注6:
読売新聞(平成25年8月21日付)「Nippon 蘇れ 吸収4」参照
◆参考文献・引用;
1)教育振興基本計画
2)「これからの大学教育等の在り方につて」(第三次提言)教育再生実行会議
3) 読売新聞記事「Nippon 蘇れ 吸収1〜5」
4) 朝日新聞記事(平成25年8月15日付)