2020年のオリンピック・パラリンピックの開催都市に決まったことを受けて、政府東京都、日本オリンピック委員会(JOC)、スポーツ団体、経団連等が、開催に向けて諸準備に入った。
3−1)2020年オリンピック・パラリンピック東京大会推進室の設置
政府は2013年10月4日午前、2020年東京五輪開催に向けて各省庁間の調整等を担う「2020年オリンピック・パラリンピック東京大会推進室」を内閣官房に設置した。室長には早大大学院教授で
日本サッカー協会元専務理事の平田竹男内閣官房参与が就任した。
開所式には安倍晋三首相と五輪担当相に任命された下村博文文部科学相らが出席した。
推進室は文科省や厚生労働省の職員を中心に約20人で構成される。下村博文文科相のもと、競技施設整備や警備計画、出入国審査等、円滑な大会運営に向け各省庁間の連絡と調整に当たることになる。
3−2)東京都が「大会準備部」を新たに設置
東京都は2013年10月1日、これまで招致活動に当たってきたスポーツ振興局にある「招致推進部」を廃止し、開催に向けた準備を進める「大会準備部」を新たに設置し、7年後に向けて本格的な準備を
進めることになった。「大会準備部」はおよそ60人の職員からなり、組織委員会を設立するための準備や、2014年1月までにIOCに提出する「大会基本計画」の策定等を担う。
東京都やJOC等は、大会の運営に当たる「組織委員会」を2014年2月に設立する予定になっている。
3−3)五輪選手を経団連が応援
2013年10月3日、読売新聞は/、「東京で開かれる2020年夏季五輪・パラリンピックに向け、経団連は11月、スポーツ振興のための委員会を発足させる。現在は個別の企業が自主的に行っている
選手の活動支援を、経済界全体でバックアップすることで、日本のメダルラッシュにつなげる。経団連が2013年11月11日に開く理事会で正式決定する。」と報じた。
トップ選手が所属する企業を資金面で支援したり、活動拠点を求めるトップ選手に競技を続けやすい企業を紹介したりして、日本の金メダル獲得に応援するということである。
3−4)東京五輪総合計画
政府が2013年10月4日に設置した「2020年オリンピック・パラリンピック東京大会推進室」が、今後、関係省庁と連携してまとめる「総合計画」の概要を下記のように公表した。
◆五輪総合計画で検討する主な項目
(a) 選手強化策 (b) 競技場や鉄道・道路等の建設 (c) 東日本大震災被災地との連携 (d) 警備体制の強化 (e) 地方への経済効果波及策 (f) 市街地のバリアフリー化 (g)日本文化の発信
五輪総合計画で検討する主な項目に関連して、下村博文文部科学相は、2020年に向けて推進するグローバル人材の育成や文化芸術施策等の検討に入った。
3−5)スポーツ庁文科省外局に設置
2013年11月18日、読売新聞は「スポーツ行政を一元化するためのスポーツ庁について、政府が文部科学省の外局として創設する方針であることが17日分かった。スポーツ庁創設には、
2020年夏季五輪・パラリンピックに向け、スポーツ関連の予算を効率的に確保する狙いがある。・・・」と報道した。スポーツ庁の設置は、2011年に成立したスポーツ基本法の附則第2条に示されている。
設置検討がスポーツ行政や選手強化だけではなく、国民へのスポーツの普及や健康福祉、医療分野への貢献等、広い役割を担う組織にしていくことが重要である。
4.2020東京オリンピック・パラリンピック開催と学校教育
2020東京オリンピック・パラリンピック招致の最終プレゼンテーションに、多くの日本人は、自分が日本人であることの誇りをもち、感動したに違いない。胸を張って堂々と自分の考えを伝える姿、
英語で人に届くメッセージを伝えることが、日本人でもできるという自信を多くの日本人がもったに違いない。
筆者は、改めてコミュニケーション能力の重要性を実感した。これからの日本人のコミュニケーションスタイルを変える大きな契機になった。
2020東京オリンピック・パラリンピック開催までの7年間、各学校では学校教育で推進すべき事柄を明確にすることが最も重要である。そして、文部科学省や教育委員会の施策に基づいて、具体的に
取組んでいくことが必要である。
4−1)外国語等グローバル化に対応する教育の充実
2020東京五輪開催に向けて、社会のグローバル化は一層加速する。東京五輪開催は、グローバルな社会で、「生き抜く力」を養成するチャンスでもある。特に、五輪を契機として継続的に英語力のアップを
図ることが必要である。このことは、過去の五輪開催国にも見られた。例えば中国では、2008年北京五輪の際に、タクシー運転手や警察官、ボランティアスタッフに向けての英語クラスを提供し、英語力の強化に
努めた。また、2014年のソチ冬季五輪に向けて、ロシアも英語強化を行っているようである。
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7年後の五輪に向けて、グローバル化を背景に「使える英語」が必須である。そして、一過性の取組に終わらないように配慮しなければならない。
2011年度の小学校学習指導要領完全実施に伴って、小学校5〜6年生を対象に外国語(英語)活動の授業が週に1回、年間35時間必修となった。東京五輪開催の7年後は次期学習指導要領が改訂されている
かも知れない。
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2013年5月、政府が公表した教育再生実行会議第3次提言の中に、小学校英語活動を教科化する方針が盛り込まれた。さらに大学入試にTOEFL(英語学力検定)等の導入を政府が前向きに検討する等、
急速に進むグローバル化を背景に英語教育改革への議論が活発になってきた。
2013年10月23日、読売新聞は「英語授業小3から 文科省方針20年度にも 5・6年正式教科」の見出で、「・・・小学校の英語教育の開始時期を現行の5年生から3年生に引き下げ、5年生から
正式な教科にする方針を決めた。」と報じた。
各学校では、文部科学省の方針や英語教育の議論等にしっかりと耳を傾け、英語教育の在り方について、自校ではどうするか、明確なビジョンをもつことが重要である。例えば、小学校の英語活動を1年生から
実施する、中学校の英語の授業を英語で行う、高校では英語によるコミュニケーション能力、論理的思考力の検証の取組を早急に図っていく等、次の学習指導要領改訂に向けて、教育課程の大胆な改革を目指すことが
必要である。
英語力のアップは、オリンピック対策のみならず、わが国の国際競争力の強化にも必要である。
4−2)異文化と自国文化の相互理解
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五輪憲章には、「スポーツを文化と教育の融合」(注2)が明記されている。オリンピックはもともとスポーツの祭典だけではなく、文化と教育の表現の場でもあった。2020東京五輪を契機に、相手の国の文化を
理解するとともに、自国の文化を他の国の人たちにも正しく理解してもらうことも大切である。
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それには、例えば、1998年の長野冬季五輪の際に実施された「1校1国運動」(1つの学校が1つの参加国を選んで文化等を学ぶとともに、その国を応援し相互理解を深めていく教育活動)を教育課程に位置付け
ることも必要と考える。長野大会で参加した小中学、養護学校78校のうち、今も十数校が交流を続けている。一過性に終わらせず、継続することが大切である。
五輪には国際理解の推進による世界平和への貢献という使命もある。このことについても、児童生徒にきちんと指導をしていくことが必要である。
4−3)夢と未来を結ぶ「一日校長先生」の実施
当 東京都教育委員会は、アスリートによる「一日校長先生」の事業を2011年から実施してきた。「一日校長先生」事業の趣旨として、「アスリートを『一日校長先生』として学校に派遣し、児童・生徒が
スポーツ選手との直接交流や触れ合いを通して、運動やスポーツにより一層親しみ、スポーツへの興味・関心を高めることにより、健康増進や体力向上に資する。」と記述されている。
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2013年度の「一日校長先生」は、6月5日〜8月30日にわたって、全区市町村の62地区に拡大して実施された。児童生徒がアスリートの考え方や生き方に直接触れたことによって、スポーツへの興味関心が
高められ、夢に向かって努力したり、困難を克服したりする意欲が培われと考える。また、児童生徒の体力向上の取組に対する教職員の意識も高まり、学校におけるスポーツ教育の一層の推進が図られるに違いない。
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4−4)スポーツ教育振興絶好のチャンス
東京五輪開催が決った直後、マスコミは日本中に「僕も金メダルを狙うんだ」と目を輝かせている子どもたちの様子を報道した。大きな夢をもって頑張っている姿は素晴らしいことである。このような子どもたちの
希望が、叶えられるように、国を挙げて取組んでいくことが重要である。
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7年後という明確な目標ができたため、12歳くらいの子どもでも才能に恵まれ、7年間にわたり適切なトレーニングを行えば、世界レベルに達することはできる。したがって、今後、中学総体、高校総体、国民体育大会、
各種世界選手権等における成績が、五輪出場に向けてのステップとして注目され、メダル獲得に向けての選手強化策が講じられると考える。
しかし、今年に入り、学校現場での体罰、女子柔道界や天理大柔道部での暴力指導が相次いで発覚した。我慢や根性、厳しい上下関係が美徳とされる日本では体罰容認の傾向が根強いが、「人間の尊厳保持」が
最も重要であるとする「五輪精神」に反するのは明白である。体罰や暴力は「指導」ではない。いかなることがあっても許してはならない。
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2013年9月21日、毎日新聞(東京朝刊)は、「・・・最近は、体育会系の大学や高校での『体罰』という名の暴力指導が問題になる一方、世界のスポーツ界で優れた活躍をする日本人選手は、水泳、体操、サッカー等、
学校体育でなく地域社会のスポーツクラブ出身者が増えてきた。・・・7年後2度目の東京五輪は、日本社会全体の『体育からスポーツへ』の転換を完成する好機とすべきだろう。」と、スポーツ評論家の玉木正之氏の談話を
報道した。学校の上下関係の中で行う体育ではなく、社会で誰もが自由に楽しめるスポーツへ。そんな「広い裾野」を広げていくことに、教育現場においても検討することが必要と考える。
4−5)東京五輪・パラリンピックをボランティアも支える
五輪やパラリンピックの運営に欠かせないのがボランティアの存在である。これまでも世界中の大会で、多くの人が通訳や会場の案内等に携わった。特に、パラリンピック出場の選手を支えるボランティアは、選手と
同数必要である。競技によって使用する器具や車椅子等、異なることを十分に認識した上で、ボランティアとしての役割を果たしていかなければならない。
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東京で開催した第68回国民体育大会・第13回全国障害者スポーツ大会「スポーツ祭東京2013」では、約1万1千人を超えるボランティアが参加した。会場整理等の役割だけではなく、競技の生中継(注3)、
障害者、小学3年〜中学3年とその親の参加等、2020五輪・パラリンピックを視野に新たな取組を始めた。
2020年東京五輪では8万人が必要と見積もられている。2016年から募集を開始される。その後、ボランティアの採用を決め、五輪招致で打ち出した「おもてなしの心」を学んでもらう研修会を実施することに
なっている。
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若い世代へのボランティア教育は既に始まっている。東京都は2007年度から全都立高校で、「奉仕」を必修教科としている。東京都教育委員会が2011年に行った調査では、約6割の生徒が「将来にわたって社会貢献したい」
と回答した。しかし、実際に2020年東京五輪のボランティア活動に参加するとすれば、外国人選手や外国人観光客に対応する語学力の向上も必要である。また、「おもてなしの心」もしっかりと身に付けておかなければならない。
4−6)パラリンピックに向けて障害者スポーツへの理解
「私がここにいるのは、スポーツによって救われたからです」 最終プレゼンテーションで時折声をつまらせながら訴えたのは、宮城県気仙沼市出身で、パラリンピックに3大会連続で出場した陸上走り幅跳びの佐藤真海選手だった。
佐藤真海選手以外にも「スポーツの力」で、苦難を乗り越えた選手、同じ思いを抱いた選手は、沢山いたように思う。恵まれない環境の中で、精一杯生き抜いてきたように思えてならない。これまで、筆者をはじめ、
健常者の多くは、「スポーツの力」が、障害者のグローバル化した社会を「生き抜く力」になっていたことに気付いてはいなかったように考える。
2012年3月28日、都スポーツ振興局は、「東京都障害者スポーツ振興計画」を策定したことを公表した。その概要には、障害者スポーツの振興、障害の有無や年齢・性別に関わらず、すべての人がスポーツに親しむことの
できる社会の実現、障害のあるアスリートがもてる力を発揮し、競技に打ち込む姿は、多くの人に勇気と感動を与える等と明記している。
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2013年9月27日、政府は、第3次障害者基本計画を閣議決定した。今年度から5年間にわたる新たな障害者基本計画である。この計画には、パラリンピック等競技性の高いスポーツ選手育成の強化、障害者が利用できる
スポーツ施設を増設したり、指導者を育成して競技のレベルアップを図ったりすることが盛り込まれている。また、一定規模以上の駅やバスターミナルをバリアフリー化する計画も掲げられている。
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東京五輪・パラリンピック開催を契機に、全ての国民が、障害の有無にかかわらず、基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されることが重要である。
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◆注
(1) スポーツを通じて、友情、連帯、フェアプレーの精神を培い相互に理解し合うことにより世界の人々が手をつなぎ、世界平和を目指す運動
(2) 第1章「オリンピック・ムーブメントとその活動」 第2項「IOCの使命と役割」 15.「スポーツを文化や教育と融合させる試みを奨励支援する」
(3) 10月2日、会社員がスマートフォンで、少年男子バレーボール撮影した動画を専用ウェブサイト「スポーツ祭東京2013チャンネル」でライブ配信した。(2013年10月7日付 読売新聞)
◆参考文献
(a) 五輪憲章 (b) 東京都障害者スポーツ振興計画 (c) 第3次障害者基本計画 (d) スポーツ基本法 (e) 最終プレゼンテーション (f) 読売・朝日・毎日・日本経済新聞
◆引用画像:Google画像検索