提言66: 今、なぜ道徳の教科化か自校の道徳教育を見直そう!  (2013/12/20 記)

 道徳の授業は戦後、教科ではなかった。道徳の教科化は、平成19年に第1次安倍晋三政権当時の教育再生会議で提言された。いじめや自殺が相次ぎ、少年非行の低年齢化のなかで、道徳教育充実の声が高まったからである。しかし、国が児童生徒の心の内面に踏み込むことに異論が出て実現は見送られた。以来6年が経過し、「教育再生実行会議」が発足した。
 2013年2月26日、教育再生実行会議は、「いじめの問題等への対応について」第一次提言を行った。提言は5項目で構成されている。その第1に、「心と体の調和の取れた人間の育成に社会全体で取り組む。道徳を新たな枠組みによって教科化し、人間性に深く迫る教育を行う。」と記述されている。
 この提言を受け、文部科学省は、「道徳教育の充実に関する懇談会」を設置した。懇談会は、平成25年4月4日から、平成25年12月2日まで、10回の懇談会(平成25年12月17日現在)を重ねてきた。道徳教育の一層の充実に向け、道徳教育の現状や課題を検証しつつ、「道徳の教科化」や「心のノート」の全面改訂及び教師の指導力向上方策等、具体的な在り方について論議を重ねてきた。
 このような状況において、学校ではどのような取り組みをすべきか、「道徳の教科化」についての見解を述べてみたい。

1.「道徳の時間」の経緯
 戦後、学校における道徳教育は、社会科をはじめ各教科その他の教育活動の全体を通じて行うことになった。しかし、必ずしも所期の効果をあげることはできなかった。
 昭和22年、文部省の「試案」として最初の学習指導要領が作成された。
 GHQ 指令で、「修身」・「日本歴史」・「地理」が廃止され、それに代わって「社会科」が新設された。また、小学校では男女共修の家庭科、中学校では職業科が設置され、「自由研究」も新設された。
 昭和22年、最初の学習指導要領が作成されて以来、7回の改訂を経て、平成20年に改訂された学習指導要領が、現在の学習指導要領である。
 (1-1)昭和33年の学習指導要領の改訂
 昭和33年の教育課程の改訂において、「道徳の時間」が新設された。学校の教育活動全体を通じて行う道徳教育を補充・深化・統合するための時間として、小・中学校の教育課程の一領域として「道徳の時間」が特設されたのである。
 「総則」の「第3 道徳教育」において、「学校における道徳教育は、本来、学校の教育活動全体を通じて行うことを基本とする」ことや、「道徳教育の目標は、教育基本法および学校教育法に定められた教育の根本精神に基く」こと、さらに、道徳の時間においては「道徳的実践力の向上を図る」ことが明記されている。(注1
 「第3章第1節道徳」の「目標」では、「総則」の道徳教育の目標の部分を再掲し、後段で「道徳の時間の具体的目標」として、
  ア) 基本的行動様式:日常生活の基本的な行動様式を理解し、これを身に付けるように導く
  イ )道徳的心情:道徳的心情を高め、正邪善悪を判断する能力を養うように導く。
  ウ )判断・個性伸長・創造的生活態度:個性の伸長を助け、創造的な生活態度を確立するように導く。
  エ) 民主的な国家・社会の成員:民主的な国家・社会の成員として必要な道徳的態度と実践的意欲を高めるように導く。
  として、道徳的態度と実践意欲の4つに分けて示されている。
 「内容」では、「目標」に書かれている4つの柱の下に36の内容項目をあげ、その内の26項目については、かっこ書きを付けて各学年段階の指導内容が示されている。
 「指導計画作成および指導上の留意事項」においては、道徳の時間の性格をはじめとして、具体的に指導計画作成や指導上の留意事項について記述されている。
 道徳教育の充実のために、指導は学級担任が行い、常に教師と児童生徒がお互いに人格の完成を目指して活動するという態度が大切であるとしている。また、その充実のために、「道徳の時間」を教科とするのではなく、「教科以外の活動」と位置付け、毎週1時間を設置して指導することになった。
 毎週1時間の「道徳の時間」の指導や道徳教育の研究会等を通じて、「道徳の時間」の重要性が次第に認識されてきた。しかし、修身の復活として危惧する声や、生徒指導(生活指導)で道徳教育はできるという主張もあって、「道徳の時間」は不要だ、という反対の意見もあった。
 (1-2)昭和43年の学習指導要領の改訂
 昭和43年の学習指導要領改訂では、基本的な内容や教育的役割には大きな変更はなかったが、目標に「道徳性を養う」という文言が新たに加わった。
 (1-3)昭和52年学習指導要領の改訂
 昭和51年12月には、教育課程審議会が「教育課程の基準の改善について」(答申)で、「小学校及び中学校における実際の指導に当たっては、校内における人間関係を深め、かつ、日常生活におけるしつけの指導をはじめとする道徳的な実践の指導を充実させること等に特に留意しなければならない。」と明示された。
 この答申に基づいて、昭和52年に学習指導要領が改訂された。道徳教育については、総則で「道徳教育の実践力の育成」が道徳教育の目標としてあげられた。これは、「ひとりひとりの児童が道徳的諸価値を自己の自覚として主体的に把握し、将来出会うであろう様々な場面、状況においても、価値を実現するための最も適切な行為を選択し実践することが可能となる内面的資質」と解釈された。(注2
 (1-4)平成元年の学習指導要領の改訂
 平成元年には5回目の学習指導要領が改訂された。 道徳教育は教育活動全体で実施することや、担任教諭が指導することは、昭和52年と変わらなかったが、道徳教育の目標として「生命に対する畏敬の念」や「主体性」のある日本人の育成について等が新しい文言として入った。また、それを受けて「道徳の時間」の目標として「道徳的心情を豊かにすること」が強調された。
 (1-5)平成10年の学習指導要領の改訂
 平成10年の改訂では、学校の教育活動全体で行う道徳教育の趣旨を明確にし、それを充実する観点から、道徳教育の目標を「第1章総則」に掲げるとともに、従来の趣旨に加えて、「豊かな心」と「未来を拓く」を新たに加えた。また、道徳教育推進に当たって、ボランティア活動や自然体験活動等の豊かな体験や道徳的実践を充実させ、児童の内面に根ざした道徳性の育成に一層努めるよう示した。
 「第3章道徳」の「目標」では、「道徳的な心情や判断力、実践意欲と態度」の記述を道徳教育の全体目標の部分に移行させるとともに、道徳の時間の特質を一層明確にするため、「道徳的価値の自覚を深め」を加える等の改善を図った。(注3
 また、「道徳の時間」においては、体験活動を生かした教材・指導法の開発や活用が一層促進された。また、地域や家庭の人々の参加や協力についても示された。
 (1-6)平成20年の学習指導要領の改訂
 平成20年の改訂された学習指導要領での「道徳の時間」の目標は下記の通りである。(注4
  ア) 計画的、発展的に指導すること
  イ) 学校の教育活動全体で行う道徳教育を補充、深化、統合すること
  ウ) 道徳的価値の自覚及び自己の生き方について考えを深めること
  エ) 道徳的実践力を育成すること

2.新たな枠組みによる教科化  
 平成25年10月17日、第8回の「道徳教育の充実に関する懇談会」において、文部科学省は、「資料2−1:道徳教育充実のための改善策について−新たな枠組みによる教科化を中心に」で、これまでの懇談会委員の主な意見を公表した。下記が公表された意見である
 ● 道徳の時間が形骸化しているのは、教科でないからである。戦後、道徳教育に関する改善の方針は出尽くしており、それでも活性化させるためには枠組みを変えるしかない。
 ● 道徳を教科化という場合には、算数・数学や国語とは違って、もう少し緩やかな意味で使われているのではないか。緩やかな形にしながらも、各学校において指導が確実に行われるようにすることとの兼ね合いを検討すべき。
 ● 道徳という領域がもっている特質をもう一度確認して、その必要性を前面に出しながら、新しい枠組みの道徳教育を、どういう形でカリキュラムの中に編成していくのかという議論が必要。
 ● 「新しい枠組み」による教科化に当たっても、その教科を「道徳教育の要」にしつつ、基本的には学校教育全体で道徳を行うという方針で良い。その意味で、他の教科と横並びでない「特別教科」としての枠組みになるのではないか。
 ● 道徳は教科でないために、大学においても専門家が育たず、理論が構築されていない。 教科になれば、目的と内容と方法を体系化しなくてはならなくなる。
 ● 道徳を教科とした場合に私学の「宗教」をどう扱うかについても検討が必要。
 このように、道徳教育の充実に関する懇談会委員の大半は、新しい枠組みによる「教科化」を求めているように考えられる。

3.なぜ道徳が「特別の教科」なのか
 平成25年10月8日の「道徳教育の充実に関する懇談会」(第8回)では、道徳を「特別の教科」にする案が示された。この案に対して、マスコミは、「道徳の教科化今度は逃げずに実現せよ(産経ニュース)」、「なぜ道徳が特別の教科に?(ベネッセ教育情報サイト)」、「道徳の教科化 必要だと思う(読売新聞)」等、それぞれの立場を主張している。
 平成25年11月29日、読売新聞(朝刊)は、「文科省は、小中学校の道徳を国語や算数などとは異なる『特別の教科』として新設し、教科化する方針。同省の有識者会議『道徳教育の充実に関する懇談会』が12月中に教科化を求める報告をまとめ、これを受けて文科相が中央教育審議会に諮問し、2015年度からの教科化を目指す。」と報じた。
 ところで、なぜ「特別の教科」なのか。「教科」とは何かを改めて考えることが重要である。特に学校では、この問題に対して真っ正面から取り組む必要がある。
 昭和22年学習指導要領(試案)一般編には、「社会の要求を考え、そこから教育目標をどこにおくべきかを考えた。この教育の目標に達するためには、多面的な内容をもった指導がなされなくてはならない。この内容をその性質によって分類し、それで幾つかのまとまりを作ったものが教科である」と記述されている。そして、「<小学校の教科>は、 国語、社会、算数、理科、音楽、図画工作、家庭、体育、自由研究」「<中学校の教科>は、必修科目:国語、習字、社会、国史、数学、理科、音楽、図画工作、体育、職業(農業、商業、水産、工業、家庭)選択科目:外国語、習字、職業、自由研究」と明記されている。 「自由研究」が教科であって、「道徳」は教科ではなかったのである。
 学習指導要領が現在のような形になった昭和33年の学習指導要領の「解説」では、教科は原則として、ア)数値による評価を行うこと、イ)検定教科書を使用すること、ウ)中学校以上の担当教員については、教科ごとの免許を設けること等が必要条件とされている。
 「道徳教育の充実に関する懇談会」では、道徳の教科化に当たって、評価について児童生徒の意欲や可能性を引き出すような記述式にする案も出ている。検定教科書を作成するかどうかについては、作成しない場合、学習指導要領の指導内容に沿った教材を使用する。(各教育委員会で作成されている郷土の教材等)、中学校においても、小学校同様、道徳の担当教員は設けず、学級担任が指導することを原則として、大学の教員養成課程の見直しを求めている。
 また、教師の力量向上が欠かせないとして、リーダー教師制度の創設や大学の教員養成課程の拡充等についても議論がされた。

4.「道徳の授業」を充実するための学校の取り組み   
 これまで、学校での道徳教育は国語や算数などの教科とは別の位置づけで展開されてきた。評価はしない。検定教科書も使わない。その代わり「道徳の時間」だけでなく学校教育全体のなかで、道徳教育を行うというのが基本的な考え方である。
 文部科学省は、平成21年度から、各学校に年間指導計画の作成等を担当する「道徳教育推進教師」の配置を義務づけた。また、副教材「心のノート」も配布されている。
※    第9回道徳教育の充実に関する懇談会(平成25年11月11日)では、全面改訂版「心のノート」の小・中学校の原稿(案)が示され、改訂作業が進められている。
 このような状況において、読売新聞(平成25年11月29日付け朝刊)は、「文部科学省は優れた指導力を持つ教員を『道徳教育推進リーダー教師』に指定する制度を新設し、来年度から配置する方針を固めた。来年度中に200人を配置し、7年計画で2000人を目指す。」と報じた。 
 一方、平成25年4月、東京都教育委員会は、「東京都教育ビジョン(第3次)」を策定した。そのビジョンの「主要施策5」において、「道徳心や社会性を身に付ける推進」を掲げている。  
 文部科学省、教育委員会等が、道徳教育の充実を目指して、いろいろな施策を講じているにもかかわらず、道徳教育が充実しないのはなぜなのか、改めて考えることが必要である。
 学校では、「道徳教育推進教師」を経験の少ない教師が担当している場合も多いとされている。また、現在の「道徳の時間」については、熱心に取り組まない教師がいたり、教材が不十分であったり等の問題も指摘されている。副教材「心のノート」が配布されているが、担任教師が他教科の補習に充ててしまうという声も聞かれる。 
 しかし、本当にこれらが学校の実態なのだろうか。文部科学省や教育委員会から、「道徳教育は形骸化」していると指摘されないようにするには、学校ではどのような取り組みをすべきなのか、「校長・副校長・道徳教育推進教師」を、中心に全教師が一体となって取り組み、道徳教育の充実を図ることが重要である。 実践を通して育ってきた児童生徒の実態、実践から何が明らかになったのか、課題は何か全員で明らかにし、それに基づいて次の手立てを講じていけば、必ず道徳教育の成果は上がる。児童生徒の満ち足りた姿が、学校をより豊かなものに変えていくはずである。 
 文部科学省や教育委員会から、「道徳教育は形骸化」していると指摘されないようにするには、学校ではどのような取り組みをすべきなのか、「校長・副校長・道徳教育推進教師」を、中心に全教師が一体となって取り組み、道徳教育の充実を図ることが重要である。 実践を通して育ってきた児童生徒の実態、実践から何が明らかになったのか、課題は何か全員で明らかにし、それに基づいて次の手立てを講じていけば、必ず道徳教育の成果は上がる。児童生徒の満ち足りた姿が、学校をより豊かなものに変えていくはずである。
 このような確かな実践によって培われた道徳性を備えた児童生徒の実態を、家庭、地域、関係機関に、実感として受け止められるように発信することが必要である。学校の努力を期待したい。 
 筆者は、教師の中には「教科化する必要はない」と考えている教師も多くいるように思えてならない 
 「道徳の時間」が教科でないことが問題ではないのである。必要なのは、名称を「道徳科」に変えることではなく、今ある「道徳の授業」をより充実させ、児童生徒の心と体に響く効果あるものにしていくことが重要なのである。そのための具体策を構想、実行する取り組みがなければ、学校の実態は変わらない。 。
 今、学校に求められていることは、「教育再生実行会議」の提案、「道徳教育の充実に関する懇談会」が示している内容、あるいは教育委員会の施策等を十分に吟味し、検討することである。そして、学校の実態や課題等に応じて、学校として推進すべき事柄を明らかにした上で、全教師の参画、分担、協力の下に道徳教育を推進していくことが重要である。

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 注1:小学校学習指導要領(昭和33年10月)「第1章総則」「第3章道徳」
 注2:小学校指導書 道徳編(昭和53年5月)
 注3:小学校学習指導要領(平成10年12月)「第1章総則」「第3章道徳」
 注4:小学校学習指導要領解説 道徳編

◆参考文献
 1 「教育再生実行会議」第一次提言            
 2 「道徳教育の充実に関する懇談会」の討議内容
 3 昭和22年 学習指導要領(試案)一般編 (文科省)            
 4 小学校学習指導要領(昭和26、33、43、52、平成元年、10年、20年)
 5 資料2−2「教科」について(文科省)             
 6 東京都教育ビジョン 平成25年4月(第3次)
 7 朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、産経新聞、毎日新聞
 8 ベネッセ教育情報サイト
◆ 画像の引用:Google画像検索
以 上  

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