提言67:小学校英語活動の教科化を考える  (2014/03/30 記)

 2013年5月28日、教育再生実行会議第3次提言の中に、小学校英語活動を教科化する方針が盛り込まれた。さらに大学入試にTOEFL(注1)等の導入を政府が前向きに検討する等、急速に進むグローバル化を背景に英語教育改革への議論が活発になってきた。
 2013年10月23日、読売新聞は、「英語授業 小3から文部科学省方針 20年度にも5・6年正式教科」の見出しで、「…小学校の英語教育の開始時期を現行の5年生から3年生に引き下げ、5年生から正式な教科にする方針を決めた。」と報じる等、文部科学省の公表より新聞報道が先行しているように思えてならない。
 2013年12月13日、文部科学省は初等中等教育段階からのグローバル化に対応した教育環境づくりを進めるため、小・中・高の「英語教育改革実施計画」を公表した。このような状況において、「英語の教科化」についての見解を述べてみたい。

1.初等教育における英語教科化の経緯
 初等教育に英語教育の重要性が指摘されて以来、英語活動の教科化に至るまでの主な経緯は次の通りである。
ア 小学校における外国語教育は、1986年(昭和61年)の臨時教育審議会の答申「第  二次答申」(注2)においては、国際化の進展に伴い自らの意思を伝達することにより、相互理解を深める必要性が高まっているとして、英語教育の重要性が指摘された。  この答申を踏まえて、1990年代以降、英語教育に関する論議が盛んになった。
イ ゆとり教育を導入した1998年(平成10年)改訂学習指導要領の中で、「総合的  な学習の時間」等を利用して、国際理解教育の一環として外国語活動を行うことが可能となった。
ウ 2002年(平成14年)7月、英語教育改善のための総合的な戦略として「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」(注3)が策定された。続いて具体化のための「『英語が使える日本人』行動計画」が作成された。コミュニケーション能力重視の方向性が明確に示され、現在の外国語教育施策に大きな影響を与えることになった。
エ 2008年(平成20年)3月告示の学習指導要領により、2011年(平成23年)4月から小学校5・6 年生を対象に外国語活動(英語)が導入された。本格実施に向  けて、2009年(平成21年)4月から2年間の移行措置期間が設けられ、多くの小学校が前倒しで英語活動を行うようになった。
 2011年度の小学校学習指導要領完全実施に伴って、小学校5・6年生を対象に英語活動の授業が必修となった。
オ 2013年5月28日、教育再生実行会議第3次提言の中に、小学校英語活動を教科化する方針が盛り込まれた。
カ 2013年12月13日、文部科学省は小・中・高等学校を通じた英語教育改革を計画的に進めるための「英語教育改革実施計画」を公表した。

2.グローバル化に対応した英語教育の充実  
 教育再生実行会議が2013年5月にまとめた第3次提言では、小・中・高校の段階からグローバル化に対応した教育を充実させるため、小学校では「実施学年の早期化、指導時間増、教科化、専任教員配置等」による英語学習の抜本的拡充を行うよう提案した。
 文部科学省は、教育再生実行会議第3次提言を受けて、2013年12月13日、「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」(注4)を公表した。
 「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」には、初等中等教育段階からグローバル化に対応した教育環境づくりを進めるため、小学校における英語教育の拡充強化、中・高等学校における英語教育の高度化等、小・中・高校を通じた英語教育全体の抜本的充実を図るとしている。
 2020年(平成32年)の東京オリンピック・パラリンピックを見据え、新たな英語教育を本格的に展開できるよう、本計画に基づき体制整備等を含め2014年度から逐次改革を推進するとしている。
 グローバル化に対応した英語教育改革実施計画においては、具体的な内容は次のように示されている。
(1)グローバル化に対応した新たな英語教育の在り方
  ○ 小学校中学年:活動型・週1〜2コマ程度道
  ・コミュニケーション素地を養う ・学級担任を中心に指導毎
  ○ 小学校高学年:教科型・週3コマ程度、モジュール(15分)授業も活用
  ・初歩的な英語の運用能力を養う 
  ・英語指導力を備えた学級担任に加えて専科教員の積極的活用
  ※小・中・高校を通じて一貫した学習到達目標を設定することにより、英語によるコミュニケーション能 力を確実に養う
 ※日本人としてのアイデンティティに関する教育の充実(伝統文化・歴史の重視等)
  ○ 中学校
  ・身近な話題についての理解や簡単な情報交換、表現ができる能力を養う
  ・授業を英語で行うことを基本とする
  ○ 高等学校
  ・幅広い話題について抽象的な内容を理解し、英語話者とある程度流暢にやり取りができる能力を養 う
  ・授業を英語で行うとともに、言語活動を高度化(発表、討論、交渉等)
 (2)新たな英語教育の在り方実現のための体制整備(平成26年度から強力に推進)
 ○ 小学校における指導体制強化
  ・小学校英語教育推進リーダーの加配措置と養成研修 ・専科教員の指導力向上
  ・小学校学級担任の英語指導力向上 ・研修用映像の教材等の開発と提供
  ・教員養成課程・採用の改善充実
 ○ 中学校、高等学校における指導体制強化
  ・中学校、高等学校英語教育推進リーダーの養成  
  ・中学校、高等学校英語教員の指導力向上平
  ・外部検定試験を活用し、県等ごとの教員の英語力の達成状況を定期的に検証
  ※全ての英語教員について、英検準1級、TOEFL80点程度等以上の英語力を確保
  ○ 外部人材の活用促進
  ・外国語指導助手(ALT)の配置拡大、地域人材等の活用促進(ガイドラインの策定など)・ALT等向け の研修教科と充実  
  ○ 指導用教材の開発
  ・先行実施のための教材整備   ・モジュール指導用ICT教材の開発と整備
 文部科学省は、英語教育の在り方に関する有識者会議(2014年2月4日設置)や中央教育審議会での審議を経て、2016年頃に指導要領改訂を考えているようである。
 先行実施等で段階的に導入し、2020年度から、小学校の英語教育の開始時期を現行の5年生から3年生に引き下げ、5・6年生では英語を正式な教科とする方針である。現在の中学校の学習内容を一部取り入れ、基礎的な読み書きを学習することになる。3・4年生では、現在の外国語(英語)活動がそのまま移行するような形で、学級担任が中心に指導を行うことになる。
 中学校の英語教育に高校の内容を一部導入することによって、中学校から英語による授業を行うことになる。  
 高校では、英字新聞の記事や時事問題についての発表や討論等、より高度な英語を使えることを目指している。

3.「外国語活動」と普通の教科との違い
 2009、2010(平成21、22)年度の先行実施を経て、2011(平成23)年度の学習指導要領施行に伴って、小学5・6年生を対象に必修化された英語活動の授業は週に1回、年間35時間必修となった。
 学習指導要領における英語活動の目標は、「外国語を通じて、言語や文化について体験的に理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら、コミュニケーション能力の素地を養う。」と示されている。
   現在、5・6年生は英語活動には、文部科学省が全国の国公私立の小学校に文部科学省著作物として配布したテキスト「Hi,friends!」を使用している学校が多い。しかし、これは教科書ではなく「教材」である。教科書は必ず授業で使わなければいけないという義務があるが、教材である「Hi,friends!」は教科書ではないため、使わなければいけないという義務はない。そして「Hi,friends!」の活用に当たって、「Hi,friends!1年間指導計画例」や「学習指導案Hi, friends! Lesson 1」等の活用例も示されている。
 英語活動は「教科」ではなく、道徳等と同じ扱いにあたる「領域」である。教科と領域の違いは、「提言66:今、なぜ道徳の教科化か自校の道徳教育を見直そう」の「3.なぜ道徳が『特別の教科』なのか」で、「教科は、原則として、ア 数値による評価を行うこと、イ 検定教科書を使用すること、ウ 中学校以上の担当教員については、教科ごとの免許を設けること等が必要条件とされている。」と記述した。「教科」と「領域」では、大きな違いがある。   英語活動が教科となれば、記述等による評価はあっても、数値等による評定がないということである。そのためテストもない。しかし、英語活動が教科になれば他の教科と同じ ようにテストが行われ、成績表には数字等で成績がつけられることになる。また、教科になれば中学受験の入試科目に英語が導入される可能性もある。
 英語活動では、児童は普通の教科と違ってリラックスして授業に臨んでいるが、その反面、学習という意識が弱いことが課題視されてもいる。遊び感覚で楽しんでいた英語活動は、中学校に入った瞬間、一気に勉強モードに変わるかも知れない。そうなった場合、現状の中学受験全般でも課題視されている詰め込み学習が、小学校英語でも行われることが危惧される。
 早期からの英語教育はメリットがある一方で、更なる競争激化で児童を疲弊させてしまい、早くから英語嫌いを生んでしまう可能性もある。教科になった場合の指導内容等が慎重に検討されることが必要である。 
 3・4年生の段階で総合的な学習の時間を外国語活動に当てて英語活動を行っている自治体もある。また、教育課程特例校という制度(注5)等を用いて、1年生から英語活動を行っている自治体もある。1年生から取り入れている学校では、1・2年生で英語を使った歌や踊り等の活動を経て、3・4年生ではある程度の表現活動として、簡単な会話ができるようになっている。
 
 4.教科書の作成とグロ−バル化に対応した英語教育  
 英語活動の完全実施から、間もなく3年を経過することになる。教材の作成、時間割の編成等多くの学校では様々な課題に対応しながら、ようやく軌道に乗ってきたように考える。 
 この成果や課題等の評価が明らかになるのは、恐らく数年先のことであろう。このような状況の中での、「英語の教科化」は、教育現場の実態を考慮していると考えてよいのか疑問が残る。 
 教科化となれば教科書を作成しなければならない。教科として指導するからには、学習指導要領で目標を設定し、指導を行うために適切な教科書を作成することになる。
 児童が英語の学習において、消化不良になったり、英語嫌いの児童が増えたのでは、本末転倒である。小学校での英語の読み書きはどのように取り扱うのか、十分に考慮しなければならない。小学校の英語の授業では、楽しく英語を学べる工夫をすることが最も重要である。
 小学校で英語の教科書を作成することになれば、中学校や高校の教科書も当然新たに作成し直さればならない。教科書が変わり、授業が変われば、高校や大学の入試問題も大幅な見直しが迫られることになる。 
 2014年2月22日、読売新聞は、「高校[グローバル化]へ本腰」の見出しで、「2012年8月、韓国・ソウルの高校で開かれた国際シンポジウムで、日本、中国、シンガポールなど7か国の高校生約170人が環境問題について討論した。初めて参加した女子高校(東京都)チームは、海外の生徒たちの質問に打ちのめされた。」と報じた。英語による説得力のある主張力と発信力に欠けていたからである。高校においても[グローバル化]へ本腰を入れて取り組むことが重要である。 
 国際会議において司会者が会議を成功させる秘訣は「発言が極端に多い外国人を黙らせて、日本人には発言をさせることだ」と言われているように、日本人は国際会議等での発言が少ないようである。グローバル社会において、日本人自身が積極的に説得力のある主張を発信しできる英語力の習得とコミュニケーション能力を身に付けなければならない。
 中学校の英語教育に高校の内容を一部導入し新聞やテレビのニュースを題材にした簡単な情報交換や会話ができるようにするには、現在の英検「3級程度」から「準2級程度」に引き上げなければならなくなる。
 高校では、英字新聞の記事や時事問題についての発表や討論等、より高度な英語を使えるようにならなければ、グローバル社会で周囲が納得する主張を発信できなくなる。 

 5.教師の指導力の向上と指導体制の確立 
 将来を担う児童生徒に確かな英語力を身に付けさせるためには、教師の英語力の力量が問われる。 これまで以上に教師の英語力と資質能力を向上させていかなければならない。 小学校の教師の多くは、大学の教員養成課程で英語の指導法を十分に学んでいない。英語を教科として教えるための内容も履修していない。
 正式な教科として英語を指導するのであれば、専任教師の確保が必要となる。担任の教師が英語も指導するのであれば、再研修は必須となる。全ての教師の英語のレベルアップを図っていくことが重要である。その養成には時間とコストがかかる。
 全小学校に英語の専科教師を配置するには、約7万3000人が必要だと言われている。これだけの人数を2020年まで確保するのは、非常に難しい。早急に大学の小学校教員養成課程に、英語を教科として指導する必修科目を設置することが急務である。 
 文部科学省は、教員研修の実施に加え、海外経験が豊富な元商社マン等外部の人材やALTの配置拡大を積極的に活用するとしている。しかし、2020年度に間に合わせるには、非常に困難を伴うと考えられる。外部講師が英語の指導をするとしても、資格の認定についても配慮しなければならない問題が出てくるに違いない。教師の資質向上に向けた研修のタイムスケジュールも早急に作っていくことが重要である。課題は山積している。 
 文部科学省、大学における小学校英語教師の養成課程の充実、教育委員会、教育現場等の一層の連携と努力を進めていくことが何よりも重要である。
 各学校では、文部科学省の方針や英語教育の推進等にしっかりと耳を傾け、英語教育の在り方について、自校ではどうするか、明確なビジョンに基づいて、推進することが重要である。
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注1:TOEFL(Test of English as a Foreign Language)1964年に英語を母国語としない人々の英語コミュニ
   ケーション能力を測るテスト 
注2:臨時教育審議会の答申第2次答申「第3部 時代の変化に対応するための改革第1章 国際化への
   対応のための諸改革 3.外国語教育・日本語教育の充実」 
注3:平成14年7月12日、日本人に対する英語教育を抜本的に改善する目的で、具体的なアク
   ションプランとして「[英語が使える日本人]の育成のための戦略構想」として文部科学省が作成
注4:グローバル化に対応した「英語教育改革実施計画」(PDF)
注5:学習指導要領等の教育課程の基準によらない特別の教育課程の編成・実施を可能とする特例(平
   成20年4月から文部科学大臣の指定により行うことが可能になった) 

 ◆ 参考文献  ・教育再生実行会議第3次提言
            ・臨時教育審議会の答申「第二次答申」
           ・グローバル化に対応した英語教育改革実施計画 文部科学省 
            ・日経新聞、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞    


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