2.審議事項の枠組み
文科省が、中教審に諮問した審議事項の柱は、次の(1)から(3)までの3つの枠組みで構成されている。
(1) 教育目標・内容、学習・指導方法、学習評価の在り方などを一体として捉えた、新しい時代にふさわしい学習指導要領等の基本的な考え方
① これからの時代を、自立した人間として多様な価値観を有する他者と協働しながら、創造的に生き抜くために必要な資質・能力の育成に向けた教育目標・内容の改善
② 課題の発見・解決に向けて主体的・協同的に学ぶ学習、いわゆる「アクティブ・ラ*ニング《の充実と学習・指導方法を教育内容と関連付けた具体化の方策
③ 育成すべき資質・能力を育む観点からの学習評価の在り方
(2) 育成すべき資質・能力を踏まえた、新たな教科・科目等の在り方、既存の教科・科目等の目標・内容の見直し
① 新たな教科・科目等の在り方
② 幼児教育と小学校教育のより円滑な接続と方策
(3) 学習指導要領等の理念を実現するための、各学校におけるカリキュラム・マネジメント、学習・指導方法及び評価方法などの改善を支援する方策と普及
3.審議事項の骨子
文科省が中教審に対して示した審議の骨子は、次の8項目にまとめられている。中教審は、文科省から諮問の骨子として示された各項目に基づいて十分に審議を重ね、答申として示すことが重要である。
◆ 課題解決型授業(アクティブ・ラーニング)の充実
◆ 小学校高学年からの英語の教科化
◆ 中学校における英語授業の基本
◆ 高校における英語教育の改善
◆ 高校における日本史の必修化
◆ 高校における新科目の創設
◆ 幼児教育と小学校教育のより円滑な接続と方策
◆ カリキュラム・マネジメントの普及
各学校は、次期学指導要領が答申される2016(平成28)年度から、完全実施に至る2020(平成32)度(移行措置期間も含めて)までに、自校の「教育課程の編成、実施、評価、改善《など、一連のカリキュラム・マネジメント(注2)を着実にデザインしていかなければならない。
4.審議の枠組み 1: 新しい時代にふさわしい学習指導要領等の基本的な考え方
我が国は、世界でも類を見ない少子・超高齢社会に突入した。国立社会保障・人口問題研究所の推計(注3)によると、「日本の人口は、2000年の国勢調査では1億2700万人前後で推移していたが、2020年には1億2410万人、2030年には1億1662万人、2050年には1億人、2060年には9000万人を割り込む《と予想している。
児童生徒が成人して社会で活躍する頃には、生産年齢人口の減少やグローバル化の進展や絶え間ない技術革新などにより、社会構造や雇用環境は大きく変化し、児童生徒が就く職業の在り方も、現在とは様変わりしていると考えられる。
そのような時代と社会における学習指導要領等はどうあるべきか、根本的に見直す必要がある。これまでの学習指導要領は教科ごとに、教育目標・内容を縦割りで系統的に示してきたが、これでは、厳しい挑戦の時代を生き抜く児童生徒の育成は難しい。したがって、次期学習指導要領は、「育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方《など、学習の成果を検証し、指導改善を図るための学習評価も充実させ、構造化していくことが重要である。
中教審においては、教育目標・内容、学習・指導方法、学習評価の充実を一体的に進めていくための学習指導要領等の在り方について、十分に審議し児童生徒が生き抜く力を獲得できる答申を作成することが求められている。
教育関係者は、現行学習指導要領が、知識の創出と価値の創造が構造化されているかという観点からも見直すことを期待している。
これからの厳しい時代と社会において、自立した人間として多様な価値観を有する他者と協働しながら創造的に生きていくために必要な資質・能力をどのように捉えるか。またそれらの能力と、各教科等の役割や相互の関係はどのようにデザインしたらよいかなどについても検討し、教育現場が意欲的に取り組める答申を期待するものである。
(1) 「アクティブ・ラーニング《の充実
文科省は、「アクティブ・ラーニング《すなわち、児童生徒が討論や体験学習などを通し自ら課題を見つけたり、主体的に取り組む意欲やチームワークなどの「必要な資質《を育む学習方法として、「アクティブ・ラーニング《を例示し諮問に加えた。
中教審は、今後の「アクティブ・ラーニング《の考え方と児童生徒の発達に即した具体的な方策などについて、特に、課題解決等のプロセスを通して、児童生徒の学習成果をどのような方法で把握し、評価していくかを明確に示すことが必要である。その際、現行学習指導要領で示されている言語活動や探究的な学習活動、社会との繋がりをより意識した体験的な活動の成果、ICTを活用した指導の現状などを踏まえながら、審議を深めることが重要と考える。
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自ら学び、困難に挑戦する人材を育成するためには、主体的に課題解決を目指す授業をデザインすることが重要である。中学校や高校では、「総合的な学習の時間《を充実させなければならない。例えば、教科の枠を超えて関心のあるテーマを掘り下げる課題解決の学習をデザインするようにしたい。
生徒たちが個人あるいはグループで、テーマを選び、観察・実験、研究を行って論文にまとめるのである。知識、思考力、学習意欲が高まり、大学進学後や社会に出てからも、困難な課題に挑む素地が鍛えられると考えるからである。
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5.審議の枠組み2: 新たな教科・科目等の在り方や、既存の教科・科目等の目標・内容 の見直し
文科省は、育成すべき資質・能力を踏まえた、新たな教科・科目等の在り方や、既存の教科・科目等の目標・内容の見直しについても諮問した。特に「小学校から高校までの英語教育の充実《、教科・科目については、高校の「日本史《の必修化を含めた「地理・歴史の見直し《、「国民投票の投票権が18歳以上に引き下げられることを踏まえ、社会参画に必要な力を身につける新科目《など、高校の教育内容についての諮問が多い。
(1) 英語教育の充実
グローバル化の進展の中で、国際共通語と言われている英語力の向上は日本の将来にとって極めて重要である。実生活で英語を使う機会は増えつつある。早い時期から英語に親しませ、日本の伝統・文化、最新の科学技術などを背景にしたコミュニケーション能力を高めていくことが必要である。
我が国の英語教育は、現行の学習指導要領に基づいた改善は見られる。しかし、コミュニケーション能力の育成については、より一層の改善を要する課題も多い。
このような状況において、文科省が中教審に対して、東京オリンピック・パラリンピックを迎える2020(平成32)年を見据え、児童生徒の英語による日本文化の発信、国際交流・ボランティア活動などの取り組みの強化、日本人としてのアイデンティティに関する教育の充実など、新たな英語教育改革を順次実施できるよう検討を求めたことは、妥当である。
教育再生実行会議は、2013年5月にまとめた第3次提言で、小・中・高の段階からグローバル化に対応した教育を充実させるため、小学校では「実施学年の早期化、指導の時間増、教科化、専任教員配置《などによる英語教育の抜本的拡充を行うよう提案した。
また、2014年9月26日、英語教育の在り方に関する有識者会議は、「グローバル化に対応した英語教育改革の五つの提言『改革1:国が示す教育目標・内容の改善』『改革2:学校における指導と評価の改善』『改革3:高等学校・大学の英語力の評価及び入学者選抜の改善』『改革4:教科書・教材の充実』『改革5:学校における指導体制の充実』《などをまとめ報告した。
中教審は、教育再生実行会議の第3次提言や英語教育の在り方に関する有識者会議の報告、文科省の諮問の趣旨などを踏まえて、今後の英語教育改革について、審議を深め、答申としてまとめることが重要である。
① 小学校高学年からの英語教科化
現在の小学校英語教育は、教科外の活動として小学校高学年から導入されている。今回の諮問では、「外国語活動《を小学校中学年から前倒しをし、「外国語を用いてコミュニケーションを図る楽しさや積極的に英語を聞いたり、話したりすること《に、慣れ親しませることや、小学校中学年から「外国語活動《を行うには、児童の発達段階を考慮した教材を開発することも必要となる。高学年は学習の系統性をもたせる観点から教科として行い、身近で簡単なことについて、互いの考えや気持ちを伝え合う能力を養うことについて検討を求めている。したがって、中教審は音声や映像が含まれた教科書・教材開発等についても審議し答申としてまとめることが求められている。
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早期からの英語教育はメリットがある一方で、さらなる競争激化で児童を疲弊させてしまい、早くから英語嫌いを生んでしまう可能性もある。教科になった場合の指導内容等について、慎重に検討されなければならない。
高学年で英語が教科になれば、教科書を作成することになる。それによって、中学校や高校の教科書も当然新たに作成し直さればならない。教科書が変わり、授業が変われば、高校や大学の入試問題も大幅な見直しが迫られることになる。このことについても、中教審では、具体的に答申することが必要である。
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小学校の指導体制においては、中学年は、学級担任が ALT:Assistant Language Teacher(外国語指導助手)や英語が堪能な外部人材とのチーム・ティーチングを行い、高学年では、英語の専科教員による専門性を重視した指導体制を構築することが必要となる。少なくとも次期学習指導要領の実施が想定される2020年(平成32)年度の前年度までに、すべての小学校にALTを確保し、指導の万全を期さなければならない。また、教員養成課程を見直し、小・中・高校の教員すべてが、必要な英語指の導力を身に付けることが必要である。
② 中学校における英語授業の基本
中学校では、小学校段階での英語教育を通じて育成された素地を踏まえ、「聞くこと《、「話すこと《に関して、簡単な話しかけに対して正しく応答したり、身の回りのできごとなどについて、事実関係を伝え合ったり、自分の考えを述べ合ったりすることができるよう、指導の改善を図ることが重要である。そのための施策についても十分な審議が必要である。
中学校では、授業は英語で行うことを基本としている。文科省は、短い新聞記事を読んだり、テレビのニュースを見たりして、身近な事柄を中心に、コミュニケーションを図ることができる能力を高めることを求めている。
③ 高校における英語教育の改善
高校では、授業を英語で行うとともに、ある程度の長さの新聞記事を速読して必要な情報を取り出したり、社会的な問題や時事問題について課題研究をしたことを発表したりすることができるようにするなど、英語を通じて情報や考えなどを的確に理解したり、適切に伝えたりするコミュニケーション能力を養うことを求めている。また、大学への進学希望者の英語力については、「発信力《の育成がより重要となっている。自らの考えなどを相手に伝えるための「聞くこと《、「読むこと《、「話すこと《、「書くこと《、すなわち、4技能を総合的に育成する指導を充実する方向で改善を図ることが重要である。また、コミュニケーション能力が適切に評価されることを基本とし、入学者選抜を改善していくことも重要なことである。
(2) 高校における日本史の必修化
現在の高校では、地理歴史科の科目として「日本史A《が2単位、「日本史B《が4単位、それぞれ履修する内容となっている。そして、歴史について思考力を育むことが重視されている。
地理歴史科では世界史が必修で、日本史は地理との選択履修という扱いになっている。これに対して、日本史を必修にすべきだという意見もある。
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東京都など4都県教育長は2006年9月、高校日本史の必修化を求めて、文科省に要望書を提出した。また、東京都教育委員会は2006年10月に文科省に意見書も提出した。その後、神奈川県、東京都の教育委員会は、独自に日本史を必修にした。神奈川県で必修化を決めた当時の松沢成文知事は「しっかりした日本人、国際人の育成に日本史は上可欠《と述べている。神奈川県では「郷土史かながわ《、東京都では「江戸から東京へ《と題する地域の歴史を充実させる独自の教科書もつくり、指導充実を図っている。
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文科省によると、約30%の生徒は、高校で日本史を学ばないとみている。したがって、日露戦争の経緯や台湾を日本が統治していたことなどを知らない若者が多い。
日本人としてのアイデンティティ*をかん養するためには、日本史教育の充実は必要である。同時に、国際情勢が複雑化する中で、世界史の知識も、諸外国と日本の関わりを正確に理解する上で欠かすことができない。
文科省は、戦後教育の中でなおざりにされてきた日本人としてのアイデンティティ*育成には、高校で自国の歴史をじっくりと学ばせる必要があると判断し、日本史の必修化を諮問したことは当然のことである。
(3) 高校における新科目の創設
国民投票の投票権が18歳以上に引き下げられる見通しが強まったことを踏まえ、社会参画に必要な力を身につける新科目の導入が検討されてきた。
このような状況において、2014年6月13日、日本学術会議は、日本史と世界史を統合し、近現代のアジア太平洋を重点的に指導する必修科目の新設を提言した。また、第2次世界大戦をめぐり、中国や韓国が日本への批判を強めていることは、日本人は周知している。したがって、明治以降の日本の近代化の歩みを世界史と関連付けながら深く学ばせることによって、国際社会で自国の立場をきちんと主張できる日本人を育成していかなければならない。
中教審は、現在必修の世界史と合わせた新科目を創設するかどうかなども含め、全体的な制度設計を議論し、厳しい挑戦の時代を生き抜く力を育成するための目標・内容を答申に盛り込むことが重要である。
(4) 幼児教育と小学校教育の円滑な接続
2010(平成22)年11月11日、幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続の在り方に関する調査研究協力者会議は、「幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続の在り方(報告)《をまとめた。その報告を受けて、文科省・厚労省は、共同で事例集を作成・周知するなどの取り組みを行ってきた。しかし、ほとんどの地方公共団体は幼小接続の重要性を認識しているものの、その取り組みは、十分とはいえない状況にある。
このような状況において、文科省は、幼児児童の発達の早期化をめぐる現象や幼児教育の特性等を踏まえ、幼児教育と小学校教育の円滑な接続について諮問した。
中教審会は、それらの事情を十分に認識し、審議を深め具体的なビジョンと方策を答申することが必要である。
6.審議の枠組み3: カリキュラム・マネジメントや学習・指導方法及び評価方法の改善を支援する方策
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2003(平成15)年の中教審の答申には、「校長や教員等が学習指導要領や教育課程についての理解を深め、教育課程の開発や経営に関する能力を養うことが極めて重要である《と記述されているように、カリキュラム・マネジメントは、学校の教育目標の実現に向けて、児童生徒や地域の実態を踏まえ、カリキュラムを編成・実施・改善を図る一連のサイクルを計画的・組織的に推進していく上で、極めて重要である。
したがって、学習指導要領等の理念が実現できるかどうかは、カリキュラム・マネジメントの基盤が学校にあるかどうかが大きく関わってくる。各学校において育成すべき資質・能力を踏まえた教育課程を編成するためには、カリキュラム・マネジメントを普及さていくことが必要である。
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文科省が中教審会に対して、カリキュラム・マネジメントを普及させていくために、どのような支援が必要かを求めたことは、大きな意義がある。
カリキュラム・マネジメントが、各学校において機能できるようになれば、各学校における教員に意識改革がもたらされると考えられる。
◆ 注釈
注1: 諮問の理由:「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について《26文科初第852号 平成26年11月20日 文部科学大臣・下村博文
注2: カリキュラム・マネジメント:学校の教育目標の実現に向けて、子供や地域の実態を踏まえ、教育課程(カリキュラム)を編成・実施・評価し、改善を図る一連のサイクルを計画的・組織的に推進していくこと。
注3: 2010年までは総務省「国勢調査《、2015年以降は国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)《の出生中位・死亡中位仮定による推計結果
◆ 参考文献
1 初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(2014年11月20日諮問)
2 「社会保障・人口問題研究所《ホームページ
3 幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続の在り方に関する調査研究協力者会議報告書(2010 (平成22)年11月11日
4 読売新聞、朝日新聞、日本経済新聞、産経新聞、毎日新聞
◆ 画像引用
1 「アクティブ・ラーニング《(Google)
2 「小学校の英語教育《(Google)
3 「高等学校日本史教科書《(Google)
4 「カリキュラム・マネジメント《(Google)