提言84: 小中一貫教育と学制改革に期待する!

 平成26年7月3日、教育再生実行会議は、「今後の学制等の在り方について」第五次の提言をした。この提言を踏まえて、平成26年12月22日、中央教育審議会(中教審)は、「子供の発達や学習者の意欲・能力等に応じた柔軟かつ効果的な教育システムの構築について」答申をした。
 現在は特例として認められている小中一貫教育を正式に制度化するための答申であった。文部科学省(文科省)は、この答申を受け、「小中一貫教育と学制改革」に必要な法律改正などを行い、平成28年度から制度の予定であったが、平成27年6月17日、「小中一貫校を制度化する学校教育法など」が参院本会議で賛成多数で可決成立した。平成28年4月から施行される。
 単線型の「6-3」制だった戦後の義務教育が大きく転換することになった。新たな学校種である「小中一貫教育学校」が制度化したことによって、これまでとは大きく異なる学校や地域の主体的な取組が期待される。平成11年度に創設された「中等教育学校」(注1)に続く新しい学校の種類ができることになった。小中一貫教育と学制改革が制度化に至るまでの筆者の見解を述べてみたい。
 
1.小中一貫教育学校の設置にいたるまでの経緯  
 昭和46(1971)年6月11日、中教審は、「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的政策について」の答申をした。答申の内容は、小学校高学年と中学校の間にはそれぞれ児童生徒の発達段階において近似したものが認められること、したがって、小学校と中学校、中学校と高等学校の区切り方を変えることによって、各学校段階の教育を効果的に行えることを示した。小中一貫教育学校の設置を示した最初の答申である。その後、平成17年10月、中教審は、「新しい時代の義務教育を創造する(答申)」において、「小学校4〜5年生段階で発達上の段差があることが伺われること」そして、「設置者の判断で9年制の義務教育学校を設置することの可能性やカリキュラム区分の弾力化など、学校種間の連携・接続を改善するための仕組みについて十分に検討する必要があること」を示した。さらに、平成20年に告示された学習指導要領には、小学校学習指導要領に参考として中学校学習指導要領の全文を掲載、中学校学習指導要領にも参考として小学校学習指導要領の全文を掲載した。
 このようなことが契機となって、平成26年10月 31日現在、国の特例などを利用して、東京都品川区をはじめ221の市町村において、1130校(注2)の小中一貫教育学校が設置された。今後小中一貫教育学校の設置を予定または検討している市町村は相当数ある。 
 このような状況の中で、小中学校が共に義務教育の一環を形成する学校として、学習指導や生徒指導において、双方の教職員が義務教育9年間の全体像を把握し、系統性・連続性に配慮した教育に取り組む機運が高まってきたと考えられる。
 国の特例などを利用した小中一貫教育学校は、児童生徒の興味関心や個性への対応の重視、指導の専門性の強化など、従来であれば中学校段階の指導の特質とされてきたものの一部分を、小学校段階に導入する取組も見られるようになってきた。また、児童生徒の様々な成長の段差に適切に対応するなどの観点から、現行の6-3制の下で、4-3-2、5-4、4-5といった学年段階の区切りを設け、一貫教育を実施する学校の取組も始まった。
 平成26年10月31日、小中一貫教育の制度化及び総合的な推進方策についての審議のまとめ「小中一貫教育の取組の成果の状況」によると、全体として、小中一貫教育の実施により、「大きな成果が認められる」と報告されている。具体的な成果は様々であるが、おおむね以下のようなことが挙げられている。 
 ◆ 学習指導上の成果
  @ 各種学力調査の結果の向上  A 学習意欲の向上、学習習慣の定着
  B 授業の理解度の向上、学習に悩みを抱える児童生徒の減少
 ◆ 生徒指導上の成果
  @「中1ギャップ」の緩和  A 学習規律・生活規律の定着、生活リズムの改善
  B 自己肯定感の向上     Cコミュニケーション能力の向上 
 
2.現行の小中一貫教育学校の実際   
 現在、小中一貫教育に取り組んでいる学校や教育委員会は全国に広がり、多くの取組から顕著な成果が報告されている。「中1ギャップ」の緩和に関連する成果、学年・学校の枠を越えた継続的な指導の必要性、教職員の意識改革に関わる事項などである。一方、教職員の負担の軽減や負担感・多忙感の解消、研修・打合せ時間の確保など、小中一貫教育を推進する上で解消を図っていくべき課題もある。
 次に、平成26年8月29日、「初等中等教育分科会 小中一貫教育特別部会 資料7」に示されている「広島県呉市・東京都品川区・東京都三鷹市」の小中一貫教育の実際を紹介する。
 (1)広島県呉市の小中一貫教育  
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  平成12年度、 広島県呉市は上記の[事例1] が示すように、研究開発学校による小中一貫教育の取組を開始した。学制は、発達段階に応じた 4-3-2区分である。小1〜小4 は前期とし学級担任制、小5〜中1は中期とする一部教科担任制、中2〜中3は後期とする教科担任制である。施設は一体型と分離型である。一体型は中学校と小学校の施設が一体、分離型は中学校と小学校の施設が離れている。
 一貫教育のメリットとして、@ 小中学校間のスムーズな学習の接続が可能であること、A 教員が小学生・中学生両方をみることによって、児童生徒の具体的な学力の状況や理解力を把握できること、B より幅広い年次での交流による、思春期における自尊感情の回復、すなわち、低学年の面倒をみることによって、「自分は頼りにされている、周りの役に立っている」と思えるようになるなどを挙げている。 
 (2)東京都品川区の小中一貫教育
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  平成16年度、東京都品川区は「小中一貫特区」の取組を開始した。そして、平成18年4月から全ての区立小・中学校で、小中一貫教育を実施した。上記の[事例2] が示すように、小学校から中学校への環境の変化を緩和することを目指した。児童生徒の心や身体の発達を踏まえ、1〜4年生は基礎・基本の定着を図り、5〜9年生の前半に当たる5〜7年生は基礎・基本の徹底に重点をおいた指導を行っている。最後の8〜9年生は教科、内容の選択の幅を増やし、生徒の個性・能力を十分に伸ばす指導を重視している。   
 4年生と5年生の間に自尊感情の低下や生理的発達の顕著な変化がみられるという研究結果から考えたカリキュラムの構成である。4年生までは教科個別の学力だけではなく学習態度や学校生活についての指導も必要なことから学級担任制、教科の専門的な内容に対する関心が高まる5年生以降は段階的に教科担任制を採用している。 
 また、5年生から7年生の間には、小・中両方の教員の配置や、少しずつ中学校の授業スピードに慣れることができるような授業時間の設定、小学校と中学校の学習カリキュラムの穴を埋め合わせるための独自の学習項目が設置されている。児童生徒の変化への対応を重要視している。小学校1年から「英語科」や「市民科」など、新たな学習も取り入れている。この小中一貫教育の内容をまとめたものが「品川区小中一環教育要領」である。
 (3)東京都三鷹市の小中一貫教育
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  東京都三鷹市では、全ての学校に法的な権限と責任を有する「学校運営協議会」を設置し、市民による学校運営への参画、教育活動への支援等をはじめ、様々なコミュニティ・スクールとしての取組を通して、義務教育9年間の児童生徒の健やかな成長・発達、「人間力」「社会力」の育成を目指している。学校・家庭・地域がそれぞれ当事者意識をもち「共に」手を携えて教育にあたるシステムを構築した。
 三鷹市立小中一貫教育学校の特色は、上記の[事例3] が示すように、義務教育9年間の教育を、現行の法制度の下で、既存の小中学校を存続させた形で、コミュニティ・スクールを基盤としている。したがって、小中一貫カリキュラムに基づいて、系統性と連続性を重視し、児童生徒に「人間力」と「社会力」を培うことを目標とし、多様な教育活動や地域人材との協働を通して、「地域と共にある新しい義務教育学校」の充実・発展を目指している。  
 市内全7学園で、保護者や地域の人々、教職員が協働して学園の児童生徒の教育を進めている。小中の連携が進み、相互乗り入れ授業や学園での交流活動などについての児童生徒の評価は高く、学校間の段差解消も進んでいる。また、コミュニティ・スクールの運営においても、学園と地域の連携、協働は順調に進み、児童生徒が地域の人々から教育活動への支援を受け、ふれあいを通して地域の児童生徒として育っている。そして、それぞれの課題解決に取り組み、よりよい学園・地域を目指し、一歩一歩着実に前進している。
 
3.コミュニティ・スクールが2,389校に増加 
 三鷹市立小中一貫教育学校は、コミュニティ・スクールを基盤としているが、平成27年6月16日、文科省は、学校の運営に保護者や地域住民が参画する「コミュニティ・スクール」に指定された公立小中学校は、平成27年4月1日現在で、2271校で、1年前から466校(24%)増えたと公表した。高校などを含めると、導入したのは2389校となった。   
 政府は、平成29年度までに全公立小中学校の10%(約3000校)に拡大することを目標に掲げている。
 
4.小中一貫教育の制度化 〜参院本会議で可決、成立〜 
 我が国を支え担う人材は、戦後70年にわたり、6-3-3-4制の学制の下で育成されてきた。しかし、社会や時代の状況の変化に伴って、小中学校の「6-3制」が現代の児童生徒の発達に適合していない実態が目立つようになった。児童生徒の成長の早期化や自己肯定感の低下をはじめ、小1プロブレム(注3)、中1ギャップ(注4)などの問題が指摘されるようにもなった。また、グローバル化への対応やイノベーションの創出を活性化するため、英語教育の充実や理数教育の強化、ICT教育の充実なども求められている。
 このような課題へ適切に対応するため、現在の学制が、今後の我が国にとって見合うものであるかどうかを見直すことが必要不可欠となってきた。
 小中一貫教育学校はこれまで、東京都品川区など各地の市区町村が独自に1130校を設置している。現行の小中一貫教育学校の実践から、いじめや不登校といった問題行動が中1で激増する「中1ギャップ」の解消に成果があったと評価する声があるように、義務教育の質の向上が期待できると考えられる。しかし、課題もある。通常の学校から一貫教育学校へ、一貫教育学校から通常の学校へ転校する場合、カリキュラムが異なり対応が難しくなる。カリキュラムのデザインには相当の工夫が必要である。教職員間の意思決定の調整システムなどを十分に生かして、解決を図っていかなければならない。いずれにしても、現行制度の下で実践されてきた小中一貫教育学校の4-3-2、5-4、4-5などの学制について、十分時間をかけて検討されてきた。
 このような状況の中で、平成27年6月17日、読売新聞夕刊は、「『小中一貫校』を制度化 来年4月施行 改正学校教育法成立」という見出しで、「小中一貫校」を小中学校などと同じ「学校」として明記すると報じた。前述したように、「小中一貫校を制度化する改正学校教育法など」が、6月17日午前の参院本会議で賛成多数で可決成立した。これによって、学年の区切りを柔軟に変更したり、中学校の内容を小学校段階で、先取りして教えるなどの6-3にとらわれずに指導可能な「義務教育学校」を新設し、各自治体などの判断で学年の区切りを4-3-2、5-4、4-5などの学制などに変更できるようになった。
 児童生徒数の減少により、学校機能の低下が懸念される過疎地域では、設置が加速する可能性がある。

5.小中一貫校の制度化への期待
 中教審の答申では、学校制度は児童生徒の発達や学習者の意欲・能力等に応じた柔軟かつ効果的なものとすることによって、制度的な選択肢を広げることを提言した。 
 義務教育学校は地域の実情に応じ、学年の区切りを「4-3-2」「5-4」「4-5」など、柔軟に変更できる。学習指導要領で定めた学年の範囲を超えて、前倒しで授業をするには特区申請が必要だが、文科省は省令を改正して、義務教育学校については申請を不要にし、弾力的なカリキュラムを可能とする方針である。
 校長は1人で、教員は原則として小中両方の免許が必要である。校舎は離れていても、一体でも設置できる。
 従来の6-3制は、中学校に進学した際にいじめや不登校が増える「中1ギャップ」や、児童生徒の発達の早期化で、現状の学年の区切りでは対応できていない点などが課題に挙げられていた。
 これらの課題解決や、学力の向上などのために、一部の自治体が既に小中一貫教育を実施しており、制度化で一貫教育の浸透を図る狙いがあるように考えられる。
 今後、小中一貫教育学校において、カリキュラムの特例が明確に認められれば、学年間で教育内容の入れ替えができるため、途中で転校した場合、小中一貫教育学校で先送りされた内容を転校先の小中学校で学べないといった事態も起こる可能性がある。したがって、義務教育にふさわしいカリキュラムの特例をどう設定するか、転校先での指導をどうするかなどの課題がある。
 小中一貫教育学校は、地域の実情に応じて導入することが重要である。特に、小中学校の教員が一貫した教育指導観に立脚して児童生徒の指導に当たることが最も重要である。それには、小中学校の教員が互いの授業を参観し、認め合うことから始め、授業研究等を深めていかなければならない。
 
6.カリキュラム・マネジメントの構築   
 小中一貫教育を制度化されたことによって、校長や教職員等が学習指導要領やカリキュラムについての理解を深め、カリキュラムの開発や経営に関する能力を養うことが極めて重要である。カリキュラム・マネジメントは、学校の教育目標の実現に向けて、児童生徒や地域の実態を踏まえ、カリキュラムを編成・実施・改善を図る一連のサイクルを計画的・組織的に推進していかなければならない。
 小中一貫教育学校において、学習指導要領等の理念が実現できるかどうかは、カリキュラム・マネジメントの基盤が学校にあるかどうかに大きく関わってくる。
 小中一貫教育学校においては、育成すべき資質・能力を踏まえたカリキュラムをデザインし、カリキュラム・マネジメントを確立することが必要である。
 カリキュラム・マネジメントが、小中一貫教育学校において機能できるようになれば、教職員に意識改革がもたらされると考えられる。  
 
7.小中一貫教育学校と中高一貫教育学校との違いを明確に!
 小中一貫教育学校は、教育委員会等、学校の設置者が地域の実情を踏まえて有効だと判断した場合に設けることができる。公立の場合は、これまで通り児童生徒が住んでいる学区によって入学する学校が決まる「就学指定」の対象になる。もちろん入試は行わない。市町村内の全部を小中一貫教育学校にするか、一部にとどめて小学校や中学校と併存させるかは、教育委員会が適切に判断すべきだとしている。 
 他方、中高一貫教育制度は、平成9年6月、中教審第2次答申において、その基本的な考え方や制度の骨格が示された。中学校から入試を経て高校に進学するという従来の制度に加え、中学校教育と高等学校教育を6年間一貫して学べる機会を構築した学校である。
 教育を多様化することによって、生徒や保護者などの選択の幅を広げ、学校制度の複線化構造を進める観点から、中学校と高等学校の6年間を接続したのである。6年間の学校生活の中で計画的・継続的な教育課程を展開することにより、生徒の個性や創造性を伸ばすことを目的として、中高一貫教育制度が平成11年度から選択的に導入された。
  
 ◆ 注 釈
注1: 中高一貫教育の課程で、前期中等教育(中学校などにおける教育)と後期中等教育 (高等学校などに おける教育)を一貫して施すシステムをとる学校
注2: 初等中等教育分科会小中一貫教育特別部会「小中一貫教育の制度化及び総合的な推進方策につい て(審議のまとめ)」 平成26年10月31日
注3: 小学校1年生が教室において、学習に集中できない、教師の話が聞けずに授業が成立しないなど学級 が機能しない状況
注4: 小学校から中学校への進学において、新しい環境での学習や生活へ移行する段階で、不登校などの 生徒指導上の諸問題に繋がっていく事態等  

 ◆ 参考文献
1: 教育再生実行会議「今後の学制等の在り方について第五次提言」 平成26年7月2日
2: 中教審答申「子供の発達や学習者の意欲・能力等に応じた柔軟かつ効果的な教育システムの構築について」 平成26年12月22日
3: 中教審答申「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的政策について」
  昭和46(1971)年6月11日
4: 小中一貫教育の制度化及び総合的な推進方策についての審議のまとめ 平成26年10 月31日
5: 画像:「初等中等教育分科会小中一貫教育特別部会資料7」 平成26年8 月29日
  ・ 呉市の小中一貫教育
  ・ 品川区の小中一貫教育
  ・ 三鷹市の小中一貫教育
6: 中教審小中一貫校の審議のまとめ
7: 小中一貫校は新「学校」と「一貫型」の2本立て ベネッセ教育情報サイト 渡辺敦司 平成27年01月23日
8: 教育新聞・朝日新聞・読売新聞・日本経済新聞・産経新聞
9: コミュニティ・スクールの指定状況(文科省 平成27年4月1日)  
( 2015/06/25 記)  

以 上


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