提言89: 過去最悪を更新した子どもの貧困率を考える
いじめ、児童虐待、不登校、中途退学、非行、学級崩壊など、教育が困難な問題に直面している。特に最近は、子どもの貧困問題が深刻である。
厚生労働省が公表した「平成25年国民生活基礎調査結果」による子どもの貧困率は、2012(平成24)年が16.3%で過去最悪となった。国民の平均的な所得の中央値を「貧困ライン」と呼ぶ。その基準に満たない所得の低い世帯の子ども、6人に1人の約325万人余りが、相対的貧困状態(注1)に該当する。2012(平成24)年の日本の貧困ラインは122万円で、豊かな先進20か国のうち、日本は16位であった。中でも深刻なのは母子家庭などの「ひとり親世帯」の子どもで、貧困率は54.6%、2人に1人を超えている。
2013(平成25)年6月、議員提出による「子どもの貧困対策の推進に関する法律」が国会において全会一致で成立し、2014(平成26)年1月から施行された。この法律の第14条は「国及び地方公共団体は対策を適正に策定し、実施するため、子どもの貧困に関する調査及び研究その他の必要な施策を講ずる」と規定している。その具体的な対策を定めた大綱が平成2014(平成26)年8月に示された。対策の柱は、「教育支援」、「生活支援」、「保護者の就労支援」、「経済的支援」の4つである。この法律が施行されて1年半を経過したが、勉強が遅れがちな子どもへの学習支援など「教育支援」が中心で、貧困家庭の解消を目指す具体的な対策は不十分である。
子どもの貧困は、虐待や不登校、非行など様々な問題につながる恐れがある。子どもの貧困に関わる問題等を早急に解決していくことが求められている。
子どもの貧困が及ぼす影響等について、筆者の見解(本提言では、教育活動を通しての貧困問題の解決までは取り上げていない)を述べてみたい。
1.相対的貧困率の年次推移
最近、子どもの貧困問題に関する報道が多くなった。難民・移民や発展途上国の貧困、70年前の終戦後の日本の貧困状況などは、多くの人たちに理解されている。しかし、平成24年の貧困率16.3%を、実感として受け止めた人たちはどれほどいたであろうか。受け止め方に違いはあっても相対的貧困状態は拡大し、子どもの心身に大きな影響を及ぼしている。
(1)相対的貧困率と子どもの貧困率
上のグラフは、厚生労働省が公表した「平成25年国民生活基礎調査結果」に示された「相対的貧困率と子どもの貧困率」である。1985(昭和60)年から2012(平成24)年までの27年間に相対的貧困率は4.1ポイント、子どもの貧困率は5.4ポイント上昇した。この27年間、国や地方公共団体は、貧困率を縮小するための具体的な施策を講じたのだろうか。大きな疑念を持たざるを得ない。
(2)子どもの人数別貧困率
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左のグラフは、「子どもの人数別貧困率」である。
(「阿部彩(2014)「相対的貧困率の動向:2006、2009、2012年」貧困統計ホー ムページ」より引用)
世帯内の子どもの人数別の貧困率は、子どもが4人以上の世帯で特に高い。
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このことは、子ども数の増加と年間所得が比例するとは限らないことを示している。子ども数が多いほど、貧困率が高くなっていくのは当然のことである。
本年9月24日、安倍首相は記者会見で、「第2の矢 夢をつむぐ子育て支援」において、結婚や出産に対する国民の希望がかなった場合の出生率(注2)1.8の実現を打ち出した。しかし、2014(平成24)年の出生率1.42に比較すると非常に厳しいと考えられる。
(3)父親・母親の年齢層別貧困率 2012(平成24)年
子どもの貧困率は、父親や母親の年齢にも関係している。上のグラフで父親年齢別の貧困率をみると、20歳代後半から50歳代前半にかけて、子どもの貧困率は縮小している。しかし、50歳代後半に再び上昇している。この傾向は労働市場における男性の状況(50歳代後半の昇級がストップ、リストラ)などを反映しているものと考えられる。
20歳代前半の父親を持つ子どもの貧困率は非常に高い。子どもを養育していくために必要な経済力が備わっていないからである。この調査で生活が苦しいとした世帯は、59.9%にも上がっている。
貧困率が過去最悪を更新したのは、長引くデフレの下で子育て世帯の所得が減少したこと、母子世帯が増加する中で働く母親の多くが、給与水準の低い非正規雇用であるなどが影響していると考えられる。いまや母子家庭の66%、父子家庭の約20%は貧困である。
子どもを産んだ後、離婚や死別などで1人になった場合、貧困を覚悟したほうがよいといっても過言ではない世の中になってしまったのである。
男性の非正規職員の割合は2013(平成25)年に21.2%(厚生労働省「労働力調査)で、2002(平成14)年の15%から約6ポイント上昇し人数では約180万人増加した。35〜44歳でも同期間に5.6%から9.2%へと上昇した。
非正規雇用が多いという点では、女性も置かれている状況は同じであるが、男性雇用状況の変化も加わって子どもの貧困率が上昇したと考えられる。
現在、人手不足で、本年6月の有効求人倍率(季節調整済み)は1.1倍と求人数が求職者数を上回る状況である。しかし大きく改善しているとは言えない。正社員の有効求人倍率は昨年より上昇したとはいえ0.68倍に止まっているからである。人手不足でも安定的で高い所得の職はなかなか見つけられないのが現状である。
(4)相対的貧困率の国際比較
経済規模で世界第3位の日本、物質的には豊かで平等な社会と言われてきたが、国民の多くが「中流家庭」と自認していたのは、ひと昔以上も前の話である。今や所得格差の拡大やワーキングプアの出現などを背景に、日本の「貧困率」は世界的にみても高い。
OECDの統計によると、日本の相対的貧困率は、1985(昭和60)年代頃から一貫して上昇傾向にあり、OECDの平均を上回るようになった。2000(平成12)年代には、OECD加盟国30か国のうち、相対的貧困率が最も高かったのはメキシコ、次いでがトルコ、米国と続き、4番目が日本であった。貧困率が最も低かったのはデンマークだった。
2010(平成22)年の日本の相対的貧困率は15% でOECD加盟国34か国中10番目である。厚生労働白書は、各国と比較した日本の特徴として、@相対的貧困率が高く増加傾向にある、Aジニ係数(注3)もOECD諸国の平均より高く推移している、B就業率の男女差が大きく、長期失業者の比率がOECD平均より高い、C男女間賃金格差が大きいなどの点を挙げている。
2012(平成24)年の日本の「貧困ライン」は、前述したように122万円であった。中でも深刻なのは母子家庭などの「ひとり親世帯」の子どもで、貧困率は54.6%、2人に1人を超えた。「ひとり親世帯」の貧困率が際立って高いことも、日本の特徴である。データがある1986年以降、50%を超えている。母親のほとんどは就労しているが、子育てで転勤や残業などが難しく、パートや派遣など非正規雇用で働き、賃金が低いからである。
2.就学援助を受ける子どもの増加
子どもの貧困率の上昇に伴って、小・中学校では給食や学用品、修学旅行などの費用を市区町村が肩代わりする「就学援助」を受ける子どもが増えた。
1997(平成9)年度就学援助者数は、77万人、2012(平成24)年度は155万人に達している。少子化で子ども数が減っているにも関わらず15年間で2倍に増えたことになる。
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本年10月9日、読売新聞は、「就学援助費昨年度より縮小した自治体は、全国27市町村に上ることが文科省の調査で分かった」と報じた。
学校教育法19条では、「経済的理由によって修学困難と認められる学齢児童又は学齢生徒の保護者に対しては、必要な援助を与えなければならない」とされており、生活保護法第6条2項に規定する保護者と、それに準ずる程度に困窮していると市町村教育委員会が認めた者に対して、就学援助が行われている。
就学援助が受けられない子どもが増えることが懸念される。
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3.両親の学歴と子どもの貧困率
子どもの貧困率は両親の学歴によっても大きな影響を受けている。この背景には所得格差の拡大がある。
(1)父親の学歴別による子どもの貧困率
父親の学歴別に子どもの貧困率をみると、まず、小・中学校卒の父親を持つ子どもの貧困率が極めて高いことが分かる。高卒、専門学校卒、短大・高専卒では、子どもの貧困率はほぼ変わらないが、大学卒では6.3%、大学院卒では1.4%と、子どもの貧困率は大幅に縮小している。父親が高学歴になるほど大企業等に勤め、所得が高く、豊かな生活を営んでいると考えられる。
(2)母親の学歴別による子どもの貧困率
母親の学歴別に子どもの貧困率をみると、小・中学校卒の母親を持つ子どもの貧困率は42.8%で極めて高い。父親が小・中学校卒の場合よりも9.5ポイントも高くなっている。高卒の場合は、20.3%と小・中学校卒に比べ半減するが、依然として高い数値である。
専門学校卒、短大・高専卒では、高卒よりも低い貧困率である。母親が大学卒、大学院卒の場合は、共に低い貧困率(約7%)となっているが、父親が大卒・大学院卒の場合に比べると若干高くなっている。高学歴の父親には、安定した所得が保証されているからであると考えられる。
厚生労働省の研究班が、2014(平成26)年に小学5年生約900人に実施した調査では、「休日に朝食を食べない」または「食べないことがある」という子どもが27%、「インスタントの麺を週1回以上食べる」という子どもが26%と、いずれも4人に1人にのぼり、貧困でない世帯の子どもより10ポイントほど高くなっていることが明らかになった。
この調査では貧困世帯の子どもの食事はコメやパン、麺類といった炭水化物が多く、肉や魚のたんぱく質やビタミン、ミネラルが不足していること、食生活や栄養に偏りがあることなどが明らかになった。
また、貧困問題の研究者のグループが2012(平成24)年に小・中学生合わせて約6000人に実施した調査では、親が子どもを病院に連れて行ったほうがよいと思いながら受診させなかったケースが約1200人であった。そして、このうちの128人は「医療費の自己負担金を支払えない」という理由で受診を控えていたことが明らかになった。
このように、育ち盛りの時期に必要な栄養を摂ることができない。病気になっても病院に行くことができない子どもが、現在の日本にも存在し、今後も貧困率の上昇に伴って、さらに増えることが懸念される。
4.待ったなしの子どもの貧困対策
子どもの将来がその生まれ育った環境によって左右されることがあってはならない。貧困の状況にある子どもが健やかに育っていけるように環境を整備したり、教育の機会均等を図ったりすることは、国及び地方公共団体の責務である。
(1)教育に対する日本の支出は極めて少ない
2010(平成22)年6月18日、文部科学省は、「平成21年度の文部科学省白書」を公表した。下のグラフは、「OECD教育支出のGDP比」である。
OECDは、「OECD教育支出のGDP比2009(平成21年調査)」を発表した。
公費負担に限って比較した場合、日本は3.3%で、データが比較可能な28か国中、27位である。OECDの平均は4.9%に対して、1.6ポイントも低い。
2015(平成27)年9月24日、自民党は党本部で両院議員総会を開き、安倍首相の党総裁を正式に決定した。その後、安倍首相は記者会見をおこなった。首相は会見で、「強い経済」「子育て支援」「社会保障」を新たな3本の矢と位置付け、2020(平成32)年には国内総生産(GDP)600兆円の達成を目標に掲げた。
日本のGDPは1995(平成4)年に500兆円を超えて以降2008年まで500兆円前後で推移してきた。それがリーマンショック後471兆円に激減して以来、2013(平成25)年には478兆円前後になった。1995年以降18年間、GDPは増加するどころか逆に縮小してきたのである。政府が本年9月8日に発表した本年の4〜6月期四半期別GDP値は、年率換算で1.2%減とマイナス成長だった。このような状況下で、2020(平成32)年には600兆円を目標としているが、達成は極めて難しいのではなかろうか。
今年度のGDP500兆円を目標とし、教育支出のGDP比をOECD各国平均の4.9%にまで引き上げるなら、日本の子どもの貧困率はかなり縮小するものと考えられる。
(2)子どもの貧困対策で国民運動展開
2015年05月07日、NHK村田英明 解説委員は、時論公論(電子版)で、「……安倍政権は国民運動を展開し、民間の資金を活用して対策を進める方針を打ち出しましたが、国の予算も増額すべきだといった声が出ています。子どもの6人に1人が貧困に悩み、待ったなしの対策が求められる中で、どのような支援が必要なのかを考えます。……」と記述しているように、安部首相は、2015(平成27)年4月、総理大臣官邸に経済界や労働界の代表などを招き、国民運動を展開して、貧困対策を進めると宣言し、趣意書を取りまとめた。それによると、「貧困の連鎖によって、子どもの未来が閉ざされることがあってはならない」として、国民の力を結集し、全ての子どもたちが夢と希望を持って成長していける社会の実現を目指すことになっている。
貧困家庭の子どもを官民一体で支援する「子供の未来応援国民運動」(事務局・内閣府、日本財団など)が、本年10月1日から始まった。国や都道府県、市町村の子ども支援情報の検索ができ、企業からの寄付も受け付けるHP(ホームページ)も開設された。
しかし、貧困問題で国に求めることは経済的な支援である。日本は所得が低い人たちの社会保険料や税の負担が大きい。また、子育ての負担を減らすための社会保障の給付は少ない。こうした社会保障のあり方を見直し、国が低所得者対策に本気で取り組まない限り、子どもの貧困は解消されないと考える。
(3)「奨学金制度」の見直しが必要
大学の学費が高くなる一方、親の収入が減少しているため、現在は大学生の2人に1人以上が奨学金を利用している。しかし、その大半は日本学生支援機構の「貸与型」の奨学金で卒業後に返済義務がある。昔はすべて「無利子」だったのが、財政難を理由に利息の付いた「有利子」の奨学金が拡大され、返済が困難になる学生が増え問題になっている。中には、返済のリスクを考え、大学進学を断念する人もいる。
貧困対策に力を入れるのであれば、負担が軽い「無利子」の奨学金を増やすとともに、欧米で普及している返済を必要としない「給付型」の奨学金の導入も検討する必要がある。
(4)無料学習塾が貧困家庭の子ども支援
貧困の家庭の子どもは、塾に通えないなど学習面で不利な状況に置かれ、学力が身に付かず、高校中退や大学進学をあきらめる生徒が増えている。そのことは就職にも影響し、生まれ育った家庭と同じように経済的に困窮する「貧困の連鎖」を生む恐れがある。
貧困家庭の子どもの「学力向上」支援の施策として、NPO法人や市民グループなどが、公民館などで実施する「無料学習塾」が開設されるようになった。厚生労働省の調査によると、本年4月現在で無料学習塾がある自治体は300か所となった。同省と自治体は本年4月から運営費を補助している。講師は、定年退職したシニアや以前「無料学習塾」で学び、大学受験を果たした学生などのボランティアが多い。
5.子どもの貧困をなくす自治体の取組
子どもの貧困を解消するには自治体の取組も大きなカギとなる。そうした中で、注目されているのが東京都足立区である。
足立区では、平成27度から、子どもの貧困対策に取り組む専門の部署を設けて、「早期発見・早期支援」に乗り出した。
2015(平成27)年9月23日、読売新聞は、東京大学大学院医学系研究科教授 橋本秀樹氏執筆の論点を「子どもの貧困実態把握急げ」の見出しで報じた。その内容は、「東京都足立区では、区内公立小学校の1年生を全員対象とする健康調査と世帯実態調査を実施し、子どもの貧困対策に取り組むと発表した。貧困の影響から子どもを救うには、まず、住民の中でどれだけの子どもが相対的貧困状態にあり、発達・健康にどのような影響が出ているのかを把握する必要があるからだ。個人情報保護の観点から、一部で懸念する声もあるが、実態調査は不可欠である。足立区は、個人情報と調査情報の分離管理、データ利用に関する規定の明確化、独立した外部機関による分析など、考え得る対策を幾重にも講じている。十分な情報保護の下で調査を進めて施策立案に生かす。足立区の取組を他の自治体にも広げるべきだ。」と記述されている。
足立区は10月5日、「貧困対策実施計画案」を発表した。子どもの学習習慣の定着、家庭の環境の改善を図る主要事業など80項目を盛り込み貧困からの脱却を目指すとしている。
筆者も、子どもの貧困は、虐待や不登校、非行など様々な問題につながる恐れがあると前述したように、子どもの将来に大きな影響を与えるからこそ、深刻化する前に支援の手を差し伸べようと、足立区が取り組んだことに全面的に賛同する。特に「個人のプライバシーに踏み込んで情報を集めること」には、いくつもの課題が出てくるかも知れない。しかし、区民と共に乗り越えていって欲しいと思う。大きな期待を持っている。
6.資料
平成27年度文部科学省における子供の貧困対策の総合的な推進」
◆ 注釈
注1 相対的貧困状態:経済開発機構(OECD)の定義では、手取りの所得が中央値(国民を所得の多い順に並べたときの真ん中の半分に満たない状態
注2 出生率:一定人口に対するその年の出生数の割合。通常、人口1000人あたりの出生数、これを普通出生率と呼んでいる。
注3 ジニ係数:主に社会における所得分配の不平等さを測る指標で、1936年にイタリア の統計学者、コッラド・ジニによって考案された。 所得分配の不平等さ以外にも、 富の偏在性やエネルギー消費における不平等さなどに応用される。
◆ 参考文献
1:平成25年国民生活基礎調査結果(厚生労働省)
2:「平成25年国民生活基礎調査」を用いた 相対的貧困率の動向の分析(「阿部彩」(2014) 「相対的貧困率の動向:2006、2009、2012年」貧困統計ホームページ」)
3:子どもの貧困対策の推進に関する法律 平成25年6月
4:平成21年度文部科学省白書
5:平成26年版 子ども・若者白書 第3節 子どもの貧困(内閣府)
6:平成27年版 子ども・若者白書 (内閣府)
7:時論公論(電子版)NHK解説委員 村田秀明
8:国民経済計算(内閣府:GDP統計)平成26年12月25日
9:子どもの未来応援国民運動趣意書 平成27年4月2日
10:朝日新聞、読売新聞、毎日新聞
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