2015(平成27)年6月17日、選挙権年齢を現行の「20歳以上」から、「18歳以上」に引き下げることを内容とした「改正公職選挙法」が参議院本会議で可決、成立した。
この改正の動きが出てきた背景にあるのが「国民投票法」である。この法律は憲法改正の是非を問う国民投票についての規定であり、国民投票ができる年齢を「原則18歳以上」と定めている。国民投票での年齢と選挙権での年齢、この年齢の整合性を図ることを契機として、選挙権年齢の引き下げが行われたのである。
日本で初めて国会議員の選挙が行われたのは、1890(明治23)年で、選挙人の資格は「直接国税15円以上を納めた25歳以上の男子」となっていた。
大正時代に入り、大正デモクラシーの動きを背景に、1925(大正14)年、「25歳以上の男子」すべてに選挙権が与えられることになった。
第二次世界大戦後の1945(昭和20)年、ようやく女性にも選挙権が認められ、「20歳以上の男女」に年齢が引き下げられたのである。この選挙権は、現在まで70年という長い期間、行使されてきたが、ここに1つの区切りが付けられた。
「公職選挙法」の改正によって、現在、約240万人といわれる18歳、19歳の年齢の若者が有権者として投票できるのは、早ければ来年7月の参議院議員通常選挙(参院議員の定数242人の議員の半数が任期満了)からといわれている。今回の改正によって、新しく選挙権を得た若者たちがこの権利をどのように行使するのか、その投票行動が注目されるところである。
選挙権年齢の引き下げについては、明治時代より国民が選挙権を望んで勝ち取ってきたという歴史がある。しかし、今回は「国民投票法」とのかかわりで引き下げが決められた。このため、国民の間で権利獲得に対しての論議が行われ、引き下げに対する強い思い入れなどが十分に示されたという状況ではなかった。
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例えば、2014(平成26)年12月の衆議院議員選挙における投票率を見てみると、60代の投票率は68.3%だったが、20代は32.6%で、60代の半分以下であり、若者の政治離れが顕著であることがわかる。選挙権を有していても投票行動に出ない若者が多い時に新たに18歳以上の若者が有権者となる。
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これら若者たちの政治への関心をどう高めていくのか、選挙権の行使に対する権利と責任(義務)についてどう育てていくのかが、これからの課題となってくる。これらの課題について見解を述べる。
1. 選挙権を18歳に引き下げることの意味は何か
現在、日本は少子高齢化という流れの中にある、高齢有権者(65歳以上の高齢者)が人口に占める割合は25.9%(2014=平成26年9月現在の総務省統計局推計)である。高齢有権者の比率が若年有権者比率(20〜29歳の人口が総人口に占める割合)13%を大きく上回っている。このまま時代が推移すると、社会保障費の増大などによって、若者一人で高齢者一人の生活を支えるという時期がいずれやってくるといわれている(2060=平成48年には、1人の高齢者を1.3人の現役世代で支えると推計)。
例えば、年金問題一つを取り上げてみても、現在、世代間の利害が生じている。こうした日本の未来に横たわる諸問題を解決するために、これからの未来を担う若者を置き去りにせず、当事者として日本の未来について考え、課題解決に取り組んでもらうことが強く求められている。しかし、現在は「18歳以上」に引き下げられたばかりで、若者の政治離れという状況が存在している。
高齢有権者対若年有権者という対立構図をつくりだすことを、どの世代も望んではいない。それぞれの世代がそれぞれの良さを活かしあい、高齢者と若者が「共に参画できる社会」、「共に等しく発言できる社会」を構築する、そのために発言できる若者の数を増やす、ここに、選挙権の年齢引き下げの理由を見出すことができる。
しかし、世間では、10代は「フィーリング時代」といわれており、投票もまたその場の「フィーリング」で行うのではないかと不安視する声も聞こえてくる。
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18歳の若者に選挙権を与えるということは、投票という行為に対して有権者としての義務と責任を与えたということである。 これまで、義務と責任を与えてこなかったということで、18歳の若者には「少年法」の規定もあり、「何をやっても社会人として罰せられない」という雰囲気をつくり出してきた。
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若い世代には、より良い社会を創り出すことへの参画、同時に社会の構成員としての責任を果たす、この担い手であることへの自覚を求めていくことが重要である。
新聞各紙では、「未来を担う若い世代が主体的に考える契機となることを願いたい(産経)」、「日本の民主主義の質を高めることにもつながろう(読売)」とあるように、今回の引き下げに対しては、世間では好意的な受け止め方が多い。
しかし、問題は新しい有権者の投票率をいかに上げるかである。「国の防衛から地域の福祉に至るまで、幅広く関心を持ち、選挙を通じて政治にかかわってほしい(産経)」と、若者に期待する声も多い。若者の目をしっかりと政治に向けさせるための努力、これは政治を行う側に強く求める必要がある。同時に主権者である「18歳以上」の若者に「主権者」であることの自覚と責任についての学習を行い、自覚を深化させる。これは、学校教育に携わる者の責務である。学校はこのことを強く認識して行動する必要がある。
2. 18歳に選挙権が引き下げられた。それでは成人年齢も18歳になるのか
改正公職選挙法によって18歳に選挙権年齢が引き下げられた。このことに関連して、成人年齢の引き下げが行われるのか、注目されるところである。日本では長く20歳を成人とするとの考えが定着している。この根拠となっているのが、1894(明治29)年に制定された「民法」である。この中に「満20歳をもって成年とす」との規定があり、今日まで約100年余にわたってこの規定が国民の生活に息づいてきた。その結果、社会的通念となって定着したのである。
18歳に選挙権が引き下げられた。それでは成人年齢も18歳に引き下げられるのか。この民法の改正について、法務省の「法制審議会」が検討・審議している。2009(平成21)年7月、同法制審議会は、「成人年齢を18歳に引き下げるのは適当」とする最終報告書を取りまとめている。しかし、その報告では、大きな動きを見せなかったが、選挙権が18歳以上に引き下げられたことで、改めて注目されるようになった。
最も注目を集めているのが、少年法の年齢引き下げである。少年法では成人に達するまでが少年、すなわち未成年であり、少年保護の観点から、どのような凶悪な罪を犯しても、報道等において当事者の氏名、写真を公開することは認められていない。
親の同意がなくても結婚できる、契約ができる、勝馬投票券(馬券)等の購入ができる、飲酒、喫煙ができる。運転免許の取得年齢、国民健康保険への加入年齢、被選挙権の年齢など、成人年齢の引き下げに伴って、検討すべき課題が多々存在するのである。
2015(平成27)年11月3日の読売新聞には「少年法、年齢引き下げ」と題して、少年法に詳しい弁護士、大学教授3人からのヒアリングを行った。その内容は「選挙権年齢が18歳以上に引き下げられるからといって、これに合わせることに合理性がない」として引き下げに反対し、現行制度が有効に機能しているとする意見や「選挙権年齢が引き下げられたのに、少年法の適用年齢が20歳未満のままでは国民が混乱する」などとして、引き下げが必要だとする主張があり、成人年齢の引き下げについては、まだまだ意見の集約には時間がかかる状況にあると紹介している。今後の動向に注視していく必要がある。
もし、引き下げが実現すれば、18、19歳による少年事件は実名で報道されることになる。「18歳、19歳は立派な大人、同種犯罪(注1)の抑止のためにも、特に殺人など重大犯罪では実名を公表すべきだ」と訴える被害者の思いがある一方で、「実名が報じられれば更生の妨げになるのではないか」と懸念する声もある。同じように、飲酒・喫煙についても色々な意見が交わされることが想像される。
しかし、今すぐに成年年齢が引き下げるという流れは見えていないが、近いうちに引き下げの動きが見えてくるかもしれない。しかし、これまで20歳になってから認められてきた事柄がすぐに18歳以上に認められるという状況になっていない。
年齢によってできること、できないことについて決められている法律は300を超えるといわれている。見直し作業には、かなり時間を要するものと受け止めている。
3. 18歳の若者はどのくらい投票所に足を運ぶのか
18歳に選挙権が引き下げられたが、新たに選挙権を得た若者が投票所に足を運ばないのではないかと懸念する声が多い。
改正公職選挙法は2016(平成28)年6月19日に施行される。施行後、告示されてからの適用となる。国政選挙で18歳の有権者が誕生するのは、2016(平成28)年の夏に行われる参議院議員通常選挙からということになる。
では、若者たちは日本の政治をどのように見ているのか、ここに、2015(平成27)年6月末〜7月にかけて読売新聞が行った、16都道府県の61校の中学・高校生を対象にしたアンケート(回答生徒 2万1807人)とそれへの回答がある。
この結果から、中高生の政治に対する関心が極めて高いということが読み取れる。
「18歳になったら投票に行くか」という質問に対して、「必ず行く」もしくは「なるべく行く」と回答した中高生は80%に上っている。来夏の参議院議員通常選挙において、初めて選挙権を得ることになる高校3年生のうち、80%の生徒が「行く」と回答している。この数字は男女ともに、ほぼ同様な数値となっている。投票に対して関心が高いことがわかる。
次に、日本の政治課題50項目の中から興味・関心のあるテーマについて、最大5つまで選んで回答を求めているが、中高生2万人弱が最も興味・関心を持っている課題は次のようになっている。
中高生の関心を最も集めていたのが、東京オリンピック・パラリンピックである。しかし、この祭典についても、単にスポーツの祭典と捉えているのではなく、「いくら誘致が大事だといっても、決まった後のことを考えていないのは小学生のようだ。将来の負担にならないようにしてほしい」と、計画が次々に変更になることへの批判が多かったという。また、第3位の「年金」に対する不安を訴える意見が多かったという。「私たちは将来もらえないのではないか」という不安、「今はシルバー政治、年寄りの人々の意見が反映されている。結局、負担しなければならないのは私たち」と、少子高齢化による若者世代への負担を懸念する声なども多かったという。
また、男子と女子とでは、課題の受け止め方に多少の相違が見られる。男子では、「集団的自衛権」という安保法制への関心が高い。一方、女子が注目しているのが「女性の社会進出」である。進学か就職かを決めなければならない世代であるだけに、この項目に関心が高いということは理解できる。
年配者側から、若者を見ていると、つい「今の若いものは、何をやっているのだ」という言葉が出がちである。しかし今回のアンケートを見てみると、「年金問題、憲法改正、女性の社会進出」など、身近なところから社会の動きに目を向けていることがわかる。年齢的には18歳は部活や受験勉強等に取り組み、自分の将来に対して、漠然と不安を持っている時期である。政治に対する色々な思いもある。この思いをどう投票活動につなげていくのか。学校教育への期待は大きい。学校の取り組みに期待すること大である。
4. 心理面から見た18歳という年齢は
18歳頃の年齢は、心理学的には「青年期」といわれている。おおよそ12、13歳頃からといわれており、12〜15歳前後が青年前期、16〜18歳前後が青年中期、19〜22歳、あるいは25歳程度の頃までが青年後期と分類されている。
発達心理学者のエリクソン(1902〜1994年)は、青年期をモラトリアム(注2)の時代といっている。
日本には、子どもをとても可愛がるという文化が存在する。可愛がることはとても良いことであるが、その反面、日本の若者は甘やかされ、モラトリアムの時期を有効に過ごすことができず、子ども時代からの自立ができていないとの指摘もある。
アメリカでは、子どもであっても自立性が求められている。子どもがレモネードを作って売ったり、ベビーシッターや洗車という作業に従事して小遣いを稼いだりすることは褒められるべき行為となっている。しかし、日本では子どもに金銭よりも、学習することを求めるという生活習慣が強く、勉強が優先、家事や手伝いは免除されるという状況にある。このため、家庭のなかでの自らの立ち位置が明確でないということがある。
青年に自立を促す、自らの意思で行動することを経験させるのは大切なことである。現在、高校3年生の段階で「公民科」の授業が行われている。ここでは政治に関する学習が行われ、知識としての「政治」を学んでいる。しかし、この授業で知識を身に付けるだけのものにしてはならない。「国や社会の問題を自分の問題として捉え、自ら考え、自ら判断し、行動していく」ことを通して、実際の政治に関心を持ち、政治参加へとつなげる教育、いわゆる「主権者教育」を、「公民科」の授業を通して進めていくための授業の改善、新たな取り組みを進めることが求められている。
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思春期、青年期は問題を起こしやすい時期でもある。日本でも18〜19歳の青年の非行が社会的な問題となっている。このような時期の若者に選挙権を与えることの是非については、様々な意見があるが、18歳以上に選挙権が引き下げられたことを踏まえて、学校教育全体で18歳の選挙権にどう取り組むのか、教育の観点からの論議が湧き上がることが必要であると考える。一部の教科に任せず、学校全体で取り組むということを認識して、指導体制を創る必要がある。
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5. 主権者教育の推進と教員の政治的中立性の確保について考える。
2015(平成27)年6月、改正公職選挙法の成立後、共同通信社が17、18歳を対象に行った世論調査によると、2016(平成28)年に行われる参議院議員通常選挙に、65.7%の若者が投票に行くとの意向を示した。9月に行われた読売新聞のアンケートでは、80%に上るという。いま、若者の間に参政権に対する関心が高まっている。このような若者の選挙に対する関心は現在高いが、これを一過性のものとして終わらせないことが大切である。そのため、これからは「主権者教育」の充実・推進が強く求められている。
文部科学省は7月、改正公職選挙法の成立を受けて、高校3年生を対象とした副教材『私たちが拓く日本の未来』の作成に取り組んでいる。副教材は選挙や投票の仕組み等をまとめた「解説編」、参加実践型授業にそのまま使える「実践編」、公職選挙法等の留意点をまとめた「参考資料編」の3部構成となっている。
2015(平成27)年8月には、中央教育審議会の教育課程企画特別部会が次期学習指導要領の論点整理(案)を示した。この中で、主体的に社会参画を行うに当たって必要な力を、人間としての在り方、生き方の考察と関わらせながら実践的に育むための新教科「公共(仮称)」の設置が検討されていることが明らかになった。この科目の学習活動の例として、「討論、ディベート、模擬選挙、模擬投票、模擬裁判、外部の専門家の講演、新聞を題材にした学習」が示されている。今後さらに検討を行い、2016(平成28)年度中に答申としてまとめる動きになっている。
2015(平成27)年7月、自由民主党は「選挙権年齢の引き下げに伴う学校教育の混乱を防ぐための提言」を政務調査会でまとめ、公表した。
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2016(平成28)年夏には、これまでの学校教育では経験したことのない状況、高校3年生のクラスに有権者が存在しているという状況が生まれる。生徒たちが知らないままに行動し、選挙違反に問われるケースがあると仮定して、「10の事例」を示し、懸念を示している。 このように、主権者教育については、多方面からの色々な実施計画や要望が出されている。このことを把握して、教員は指導にあたる必要がある。
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有権者である高校3年生が、主権者としての自覚を持って責任を果たす、その意欲と態度を育む、今後、政治参加に関する教育の充実を図る、このことは、高校3年生になってからの学習だけでは十分ではない。小学校・中学校の早い段階から、「主権者教育」が重要であることを学校は自覚することが大切であり、そのことに取り組む努力が重要である。
生徒に政治的教養を涵養するための教育を充実していくには、教員もまた幅広い政治的教養を身に付ける必要がある。これからは、教員に対して政治的中立を求める声が今まで以上に厳しくなってくる。「教員として行うべきこと、行ってはならないこと」を認識し、そのための研修を積むこと等を教員は自覚し、行動することが大切である。
「主権者教育」を必要とする生徒、政治的中立が求められる教職員、この2つが噛み合って、望ましい有権者を育て、政治に活力が生まれてくることを強く期待する。
◆ 注 釈
注1: 成年者の犯罪に適用されている死刑、懲役または禁錮といった刑罰は、現在、18〜19歳の未成年者
には適用されず、少年法が適用され、同一犯罪、同一刑罰になるということ。
注2:モラトリアムとは、身体的には大人であっても大人としての社会的責任を猶予されている時期を指す。
◆ 参考資料
1:文部科学省 ホームページ 「主権教育」
「政治的教養をはぐくむ教育(政治や選挙に関する高校生向け副教材等について)」
2:新聞報道記事
読売新聞、産経新聞、朝日新聞、毎日新聞等、
◆ 引用画像:yahoo